7.現在:最強女辺境伯、パーティーの準備を整える
「皇帝陛下は未だに誰を皇太子にするのかを決めていませんが、一番有力なのは第一皇子殿下だと言われています」
カフィーの言葉に、カルロッタは頷いた。
「皇后陛下の第一子だからな。それに人格者と評判もいい。その評判の良さも社交界のみにとどまらず、国民たちにも及ぶようだ。なんでも各地に視察にも出向き、南部の干ばつ話題も片付けたとか」
「カルロッタ様の仰る通りです」
「ふぅん。まあ僕は、第二皇妃の息子である第二皇子が皇太子にさえならなければ、誰がなったとしても気にしないけどね」
「こらこら……君も関係していることなんだから、もっと気にかけろ、テリウス」
唇を尖らせ、つまらなそうに言うテリウスを嗜めながら、カルロッタはカフィーとリフィーを眩しく思った。
(とても落ち着いた態度ながら、他人に好感を抱かれやすい表情管理が徹底しているな。すっかりこの仕事が板についたようだ。六年前までは、私を前にしてぷるぷると子鹿のように震えていたのにな……)
別にカルロッタも最初から、服飾店を情報屋にしようと思っていたわけではない。
しかし話を進めていくうちに、顧客が貴族層を中心となること。また、テリウスにオーナーや従業員の選出を任せたためか、彼を熱心に慕う人間が集まったこともあり、思ったのだ。
これは、いけるのではないか、と。
そこで問題となるのは、皇都で得たその情報をどのようにしてレッサリアムまで届けるか、だ。
情報の伝達に関しては、魔力の豊富な食料を食べているおかげか知能の高い北部の動物の力を借りれば容易い。
なので一番ネックだったのが、情報収集方法だった。
というのも北部は、魔鉱山によって集まってくる魔物が他所の土地へ侵入しないように、という配慮もあり、交通の便があまり整っていないのである。
また、魔鉱山から発せられる魔力が環境に大きく影響を与えるためか、通信魔導具の使える範囲が限られてもいる。レッサリアム内であればまだなんとかなるが、外部と連絡を取るとなると、魔導具では難しいのだ。
そのため、各所から入ってくる情報が著しく制限されることの多い土地だった。そこを解消できる、というのは、大きな利点だ。
「また、今回の皇都での一大イベントは、テリウス様の社交界デビューである宮廷のパーティーということになっておりますが、貴族会議も臨時で開かれる予定です」
「はぁ? そんな話、これっぽっちも聞いていないんだけど?」
何よりありがたいのは、魔鉱山と魔物の素材の売買以外で、レッサリウム辺境伯領に入る収入源ができた、という点だった。
(他領は、皇族を凌ぐほどの富を築くことができる魔鉱山の存在を羨み、レッサリウムを含めた魔鉱山所有者を目の敵にしがちだが、それは同時に依存度が高い、ということだからな)
もちろん、レッサリウムにとって、自分たちが魔物と戦ってきたおかげで国の安寧が保たれているという点に関しては胸を張るべきだと思う。しかし収入源をそこにばかり頼ってしまえば、自分の首を絞めることにも繋がるのだ。
事実、金欲しさに魔鉱山に入れる魔核の量を増やし、そのせいで大量発生した魔物のせいで国家の一大事にまで発展した、なんていう話は世界中の歴史書に刻まれている。
欲張り過ぎたら身を滅ぼす、ということを教えてくれるなんて、本当にありがたいことだ。領地を納める上で歴史を学ぶことは大切なのだぞ、ということを、先人が身をもって教えてくれる。
「どうやら皇帝陛下が突発的に言い出したようです。なんでも、レッサリウム卿が久方ぶりに皇都に来たのだから、当然開くべきだと……」
「それに対して、他の貴族方も賛同を示したとか。おそらく近々、レッサリウムのタウンハウスに招集連絡が届くかと……」
「何を考えてるんだ、あのクソ皇帝……チッ。そんなことなら、昨日はもっと丁寧に嫌がらせをしてやればよかった……」
何より嬉しいのは、このレースや刺繍に使われている素材は、アラクネと呼ばれる蜘蛛型の魔物から取れる糸や、ボンバックスと呼ばれる蚕型の魔物から取れる糸で作られるものということだ。
他領に素材を依存しないという点においても、この事業は素晴らしかった。
(魔物素材を使っているというだけで、価値が上がるからな)
魔物の糸で作られた素材は、通常の繊維よりも丈夫で軽いのが特徴だ。また魔力量が豊富なので、緊急時には魔術を使う際の補助具にもなる優れものだ。そのため貴族の夫人や令嬢だけでなく、魔術師さえも欲しがる一級品なのだ。
しかも、オーナーはあくまでカフィーとリフィーなので貴族たちはレッサリウムに対して「魔物退治で金を稼いでるのに、それ以外でも金策に走るなんて!」とは表立って言えない。
その上で、レッサリウムの領民たちに魔物狩りよりも安全な収入源を作ることもできた。
(テリウスがいなかったら、こんな形にはなってなかっただろう。本当にテリウス様様だな!)
なんて、カルロッタがうんうんと頷きながら過去に思いを馳せていると、テリウスがじとりと彼女を見る。
「……あのさ、カルロッタ」
「なんだ、テリウス」
「ものすごく頷いて聞いてるふうに見えるけど、別のこと考えてるでしょ?」
(バレた。なぜだ)
カルロッタが思わず目を逸らすと、テリウスはわざとらしいくらい大きなため息を吐き出した。
「あのさぁ! 貴族会議に関しては、僕じゃなくカルロッタにとって重要な案件でしょ? なのになんで他人事なのさ!」
「何故って……ある程度予想していたからだが?」
「え?」
カルロッタは肩をすくめた。
「テリウスも知ってると思うが、レッサリウムは私に代替わりをしてから、多忙を理由に貴族会議に出席していない。そんな中、年若いレッサリウム辺境伯が皇都に現れたとなれば、貴族たちがつついてくるのは当然だろう」
それを敢えてこのタイミングで、さも今思いついたかのように提案した皇帝の性格の悪さが出ているが、相手が小娘なのをいいことにそれに乗っかった貴族たちも貴族たちだ。揃いも揃って意地の悪い。
(まあ私も、多忙さとテリウスの安全を第一に考えて領地に引きこもっていたのだから、そのツケが回ってきたと考えるべきだな)
とは、テリウスには言わない。気にするからだ。
代わりに、安心させるために笑いかける。
「テリウス、別にこれは危機ではない。何故か分かるか?」
「……分からない」
「向こうが私のことを、完全に侮っているからだ」
「あ……」
テリウスがハッとした顔をする。
カルロッタは頷いた。
「そう。こちらを侮っている相手ほど、隙の多い生き物はいない。そしてそういう奴らの横っ面を叩いてやったときほど、面白いものもないんだ。なにより大体そういう奴らは、捨て駒の小者だからな、罪悪感もない」
「確かに。それに、危機的状況で臨機応変に対応し、相手の鼻を明かしたカルロッタへのその後の出方次第で、こっちも誰と仲良くすればいいのか分かりやすいしね。さすがカルロッタ」
別にそこまですごいことをするわけではないが、テリウスにキラキラした瞳で褒められると、悪い気はしない。
そんな二人が和やかに笑いながら、あれやこれや物騒な話をし始めたのを見たカフィーリフィー兄妹は、ニコニコしながら思う。
このお二人についていくことを決めてよかった、と。
そして、この二人が社交界をどんなふうに荒らしていくのかを考えるだけで、胸が躍るようです、と――




