6.現在:最強女辺境伯、第三皇子と共に礼服の確認をする(けど実は?)
翌日。
「〜〜〜♪」
レッサリウム邸にやってきて早々上機嫌なテリウスを見て、カルロッタは内心首を傾げた。
「テリウスがそこまで機嫌がいいのは予想外だな。宮廷でそんなにもいいことがあったのか?」
カルロッタが聞くと、テリウスは表情を固まらせてぴくりと肩を揺らした後、バツの悪そうな顔をする。
「……そんなに態度に出てた?」
「私でなくても気づきそうなくらいには」
「うわ……恥ずかしい。見なかったことにして」
「君がそう言うなら」
何かあったのは確実らしいが、テリウスからすると恥ずかしいことらしい。
(この感じからすると、皇帝か皇妃の誰かとやり合ったのか? 初日から絡んでくるとしたら、第二皇妃くらいだが……)
テリウスは割と昔から、そういった駆け引きの場で勝利をおさめたことを、カルロッタに隠そうとするところがある。
カルロッタは善き心を持とうと心がけている人間ではあるが、同時に貴族でもあるため、政治的なやりとりで勝利をおさめたのであれば、それは喜ぶことでしかなく、むしろ「よくやった」と褒めてやりたいし、テリウスは何をしていてもカルロッタにとって天使のような存在であることは変わらないのだが、本人が嫌がっていること、またテリウスの性質が悪に寄りやすいことを踏まえて、あまり追及しないようにはしていた。
なので話を変える、というか、戻すことにする。
そう思い、カルロッタは視線を目の前の、山のように運び込まれてくる礼服たちに向けた。
「それで? 『カフィスリフィス』に作らせた礼服は、君のお眼鏡に適うものだったのかな?」
それに対して、テリウスは話が嬉々として(理由はおそらく、気まずい話題から乗り切れたことと、自分の関心が強い話題だったため)口を開く。
「そ、それはもちろん! だって『カフィスリフィス』の本当のオーナーは僕だし、これらの品を作ってるのはそんな僕が認めた弟子たちだからね!」
そもそもテリウスがレッサリウム邸にやってきたのは、宮廷のパーティーで着る礼服を、レッサリウム御用達の服飾店に作ってもらっていたからだ。
そしてテリウスが言ったように、この服飾店『カフィスリフィス』はレッサリウム領から皇都へと進出した店であり、ひょんなことからテリウスが手がけることになった事業の一つでもあった。
この服飾店における名物は、魔物素材や魔鉱石のビーズを惜しげもなく使って作られた美しい刺繍細工――レッサリアム刺繍と、それを使って作られた、奇抜ながらもセンスが光る洋服だった。
特に冬服のセンスは抜群で、皇都でも「冬のドレスを誂えるなら、『カフィスリフィス』!」と貴婦人方に断言されているほどである。
テリウスがオーナーであることを隠すのは、これが皇帝や彼を目の敵にする相手の耳に入ると厄介なことになるからだ。
(実際、当時の規模からは考えられないくらい巨大な事業になったしな……)
ちなみにここに至るまで、この事業は様々な経緯を経ている。
――発端は、カルロッタが当主になったのをきっかけに始めた、女性たちのための手仕事からだった。
魔物や魔鉱山から出る魔石のおかげで潤っているレッサリウム領だが、冬場は雪に閉ざされて暇になる。
しかし、レッサリウムの冬は長い。そんな長い間暇になれば人は怠けてしまうし、働き者で自ら前に出ることを好む女性の領民たちの不満が溜まってしまう。
これは、カルロッタが当主になる以前から問題視されていたことで、「ならばその期間に、レース編みや刺繍といった手仕事をやってもらうのはどうか?」と彼女が提案したのだった。
そう。いわゆる、現代知識による発展である。
可愛いものが好きな前世のカルロッタの趣味である、ぬいぐるみ作りや人形の服作りで培った知識を、彼女が遺憾なく発揮したのである。
フリルや、糸のみでの刺繍による飾りが多かったこの時代において、細かな意匠が美しいレースと、魔石を加工する際に出る破片を使ったビーズを織り交ぜ美しく仕上げた刺繍は真新しいので、絶対に商売になると考えたのだ。
――カルロッタのその予感は正しく、今ではレッサリアムは、刺繍細工の町として、その名を知られることになった。
ただそれは、カルロッタだけの功績ではない。
そんな彼女の意見を受け、好奇心を刺激された働き者な女性たちの熱意とアイディア力が、本当に素晴らしかったのだ。
彼女たちはカルロッタが教えた作り方から様々にアレンジを出し、想定していたよりもずっと素晴らしい品物を生み出したのだから。
そんな品物をどう売り出すのか考えていた矢先、カルロッタとテリウスと出会う。
そして彼が言ったのだ。
『こんないい物をよそに回すだけなんてもったいないよ! やるなら、服飾店を作って大々的に広報し、レッサリウムが社交界を牽引する勢いで布教するべきだ!』
カルロッタは同意した。
ぶっちゃけ、職人の選出から育成まで、かなりの金が絡む大事業になったが、何を隠そうここはレッサリウム辺境伯家、金だけは腐るほどある家なのだ。金で解決できることは全て金で押し切った。
そうして、テリウスの持ち前の美的センスが合わさり、職人や商人を選出。
これ幸い、とカルロッタが新聞社の最大スポンサーになって広告にも力を入れた結果、『カフィスリフィス服飾店』というブランドが誕生した、というわけだった。
ご覧の通り、この事業はあまりにも上手くいった。今では『カフィスリフィス服飾店』の名前を知らない貴族はいないだろう。
「……まあまさか、カルロッタのお金の使い方があそこまで荒いとは思わなかったけど」
どうやら、カルロッタと同じで当時のことを思い出していたらしいテリウスが、遠い目をしながら言う。
それに対し、カルロッタは首を傾げた。
「なんだ、金なんて使うときに使わないと」
「それはそうだけど……」
「それに、うちの領地は金にだけは困らないんだ。魔物狩りと魔鉱山は、この世で最も稼ぎのいい商売だからな」
魔物と魔鉱山。
これらは、切っても切り離せない関係にあるものだ。
というのも、魔物の死体から出る魔核を鉱山に埋めると、それにより魔力が満ちて魔鉱石ができるからだ。
しかしこれを行なうには長い時間が必要になるので、普通の鉱山を魔鉱山化する者はそう多くない。
同時に、魔力に満ちた場所を魔物が好んで繁殖地にするため、魔物が集まりやすくなるリスクも出てくる。なので魔物を定期的に狩らなければならないわけだ。
そして魔物を狩らないままでいると、さらに魔物の数が増え、やがて生息範囲を広げてより多くの人たちを襲うようになる。
魔物から出る素材も魔鉱石も、流通が少なく高値で取引される品物なので、それはもう莫大な富を得ることができる。
だがその周辺に住んで経済活動をするには、兵士たちの育成費や魔核を定期的に撒いて魔鉱山が枯れることがないようにする、また学者たちを雇い経過観察をする……といった膨大な維持費がかかるわけだ。
莫大な富を得る代わりに国の守護者として、魔物と正面切って戦い続けなければならない。
そんな誰もが嫌がるそれらの役割を担ったのがレッサリウム辺境伯家、というわけだった。
なので人によっては金の亡者という貴族もいるらしいが、レッサリウム領に住む人たちは皆、自分たちの役割に誇りを持ち、カルロッタを尊敬してくれる気のいい人たちだ。
(まあ若干、いやかなり喧嘩っぱやくて仲間意識が強いから、かなりヒヤヒヤさせられるが)
それも含めて、カルロッタはレッサリウムを愛しているし、領民たちのことが大好きだ。
だから、そんなレッサリウムの良さを社交界に喧伝できる『カフィスリフィス服飾店』という事業を展開しようと言ってくれたテリウスに、彼女は心から感謝しているのだ。
すると、礼服をすべて運び終えた双子が、にこりと微笑みながら頭を下げる。
「「すべてお気に召していただけましたか? テリウス様」」
「もちろん。今回もいい腕だね、カフィー、リフィー」
「「そう仰っていただけると、我々も鼻が高いです」」
二人の着ている礼服は、スカートスタイル、パンツスタイルという違いこそあったが、どちらもレースや刺繍、フリルがたくさん使われているものというのもあり、ぱっと見性別が分からない。
が、実を言うと、二人は男女の双子なのだ。兄をカフィー、妹をリフィーという。
そして二人には、服飾店のオーナー兼デザイナーという立場以外に、もう一つの顔があった。
それは――
「では、礼服のほうはご満足いただけたようですので、」
「これより本題、」
「「社交界の情報についての報告を開始します」」
そう。彼らはレッサリウムきっての服飾店であるのと同時に――貴族社会のありとあらゆる情報を抱える情報屋であり、レッサリウムお抱えのスパイなのだ。




