5.現在:第三皇子、宮廷に舞い戻る
宮廷に到着したテリウスは、六年ぶりに戻った城を無感情に見上げた。
ざわざわと、宮廷勤めの者たちがざわついているのが分かる。
(相変わらずだな、ここは。躾のなっていない人間ばかりだ)
昔は怯えているだけでしかなかった居心地の悪い場所だが、今は多少不愉快にはなるものの、そこまでではなかった。
だって今のテリウスは幸せだし、何より去り際にカルロッタが、婚約指輪に仕込んでくれた魔法がある。
(ほんと、カルロッタのこういうところに、僕が一体何度救われたか)
彼女は分からないだろう。だってそれくらい、いつもスマートで、本人も全く気にしていないのだから。
だからこそ、彼女に相応しいと思えるくらい、自分も強くなりたいのだ。
そのためにも、戻って早々だが、血縁上の父親である皇帝に挨拶しに行かなければならない。
既に謁見の許可は得ていたため、テリウスが謁見の間へと向かうべく廊下を進んでいたとき、だった。
廊下のど真ん中に立っている、けばけばしい女に出会ったのは。
テリウスは目を細めた。
(第二皇妃)
相変わらず派手な化粧と、華美なドレス、そしてトレードマークの目にうるさい扇子を持っている。
特に彼女の持つ扇子は、テリウスにとって恐怖そのものだった。
だってあれで、何度も殴られたのだから。
しかし今となっては、嫌悪の象徴でしかない。
六年前から変わらないキツい印象を与えてくるミルフィア・サリスのことが、テリウスは心底嫌いだった。
が、さらに嫌いになったのは、彼女がレッサリウム辺境伯家を一方的に毛嫌いしているサリス侯爵家の人間だからだ。
(カルロッタにとっての敵は、僕にとっての敵だ)
そう思いながら、テリウスは笑みを貼り付けてぺこりと頭を下げた。
「お久しぶりです、第二皇妃殿下」
「よく戻ってこられたわね。薄汚いネズミ風情が」
開口一番、品性のかけらもないことを言われたテリウスは、内心でミルフィアを鼻で笑った。
(けど、この女と同類にはなりたくないからね)
そう思い、自身は態度を崩さないまま応対する。
「後見人であるレッサリウム卿が素晴らしい方でしたので、無事に戻ることが叶いました」
「あら、随分とあの女辺境伯を慕っているようね? お前のような年下に懸想した情けない小娘なのに」
(頭がおかしいのか? この女は)
テリウスを怒らせたくて、わざと言っているのだろうか。
どちらにせよ、自分への侮辱ならともかく、カルロッタへの侮辱に関して我慢するつもりはない。
かといって、同じような口汚い言葉を発して、この下品極まりない第二皇妃と同格に扱われるのは癪だ。
ということで、テリウスは満面の笑みをたたえながら、言葉に皮肉を込めるだけ込めることにする。
「これはこれは。第二皇妃殿下ともあろうお方が、北部の防衛戦を守り抜く偉大なる方に対して、そのようなことをおっしゃるとは……きっと陛下も嘆かれることでしょうね」
「なんですってっ?」
(大したことを言っていないのにこれで逆上するなんて、随分と短気だな)
テリウスが戻ってきたことが、そんなにも気に食わないのだろうか。それとも、他に気分を害するようなことがあったとか?
しかし、相手が食いついてくれたのであれば、テリウスとしては都合がいい。
嫌いな人間にダメージを与える方法は、別に悪口じゃない。
相手が最も欲しがるものと嫌がることを知り、そこを的確に攻めることだ。
そして第二皇妃が求めているものは何か?
決まっている。皇位と、皇帝からの信任だ。
だから、皇帝からの信頼が落ちるようなことを仄めかせば、それが自ずと彼女の逆鱗になるわけだ。
そう考えたテリウスは、目を細めながら声の調子を上げるを
「そうです、これからちょうど、陛下に帰還のご挨拶をしに行くところだったのです。土産話にはちょうど良いかもしれませんね」
「このネズミが……! 嘘を言うんじゃないわよ!」
「嘘? 本当ですよ。ですからこうして、陛下の執務室に繋がる廊下を歩いているのではありませんか」
「そん、な……アタクシが直接赴いたときは断ってきたというのに、なぜ……!」
テリウスは、合点がいった。
(なるほど。妙にイライラしてるなと思ったら、皇帝への謁見を断られたのか)
腐っても第二皇妃だ、申請の必要があることくらいは知っているはず。そのことを踏まえて再考すると、何度も申請を出したが断られ、痺れを切らして直接赴き、それすら断られたという感じだろう。
わずかな情報で、ミルフィアがここにいる理由と神経質になっていた理由を導き出したテリウスは、内心にやりと笑った。
(ちょうどいいや。カルロッタへの暴言を謝らせるついでに、皇帝への嫌がらせでもしよう)
そう思ったテリウスは、今にも扇子をへし折りそうなほど怒り心頭なミルフィアに向かって声をかけた。
「第二皇妃殿下。もしよろしければ、ご一緒しませんか?」
「…………は?」
「ああ、もちろん、レッサリウム卿に対する謂れのないお言葉を撤回し、謝罪していただいたら、ですが……」
「………………っ」
テリウスには、ミルフィアの心が手に取るように分かる。
自身のプライドか、それとも皇帝と謁見する機会を得ることか。
(そして、放蕩息子と名高い息子を、少しでも帝位に近い位置へと押しやりたい第二皇妃が取る行動なんて、決まっている)
そう。
「……分かったわ……いえ、分かりましたわ。先ほどの発言を撤回し、ここに謝罪をいたします。申し訳ございません、でした……」
後者である。
テリウスは、ギリギリと歯を食いしばりながらも、頭を下げて謝罪の姿勢を取るミルフィアを見て、心の底から満足した。
「謝罪を受け入れましょう」
「……チッ」
「では、共に参りましょうか。第二皇妃殿下」
手を差し出せば、わずかながらも顔が歪む。しかしそれをこらえ、ミルフィアはテリウスの手を取った。
(皇帝が一緒に入室するのを許可するのかは知らないけど、上手くいけばあの男を苛立たせることくらいはできる。だって謁見の申請を断り続けるくらい、第二皇妃のことを疎ましく思ってるみたいだし)
まあ、もし入室を拒否されたとしても、テリウスとしては痛くも痒くもない。損をするのは謝った第二皇妃だし、テリウスが彼女とした取引の内容は「一緒に謁見できるよう聞いてみる」くらいの曖昧なものだからだ。
どちらに転んでも損にはならない展開に、テリウスは内心鼻歌を歌いながら、皇帝がいる部屋へと続く道を進んだのだった。




