3.現在:最強女辺境伯、第三皇子を天使にすることに成功する(けど実は?)
視察から戻ったカルロッタが馬から降りていると、声が聞こえた。
「カルロッター!」
「……テリウス?」
見れば、白い薔薇の花束を大量に抱えたテリウスが走ってくるのが見えた。
しかし、前が見えていないらしく、その足取りは危うい。
「わっ⁉︎」
「っと」
案の定、転びかけたテリウスを、カルロッタは全身を使って支えた。
それにより花びらが舞い散り、全身が花まみれになるが、テリウスはにこにこ嬉しそうにしている。
「おかえり、カルロッタ! まるで白薔薇の精みたいだね」
「ただいま、テリウス。熱烈な歓迎をしてくれるのは嬉しいが、抱えるのは前が見える量にしなさい。危ないだろう?」
「ごめんごめん! でも、僕が育てた白薔薇をカルロッタにも見せたくて!」
(可愛い……眩しい……)
天使のような美しい顔で微笑む青年の顔に、過去の仄暗い面影はない。
それもそのはず。あの日からカルロッタと婚約関係を結んだテリウスは、まだ幼いという理由でレッサリウム辺境伯領に身を置き、こんにちまで過ごしてきたのだから。
その間に様々なことが起きたが、カルロッタが部下たちと共にすべて撃退してきた。
(ほら、愛情を注げば、どんな悪役だって変われるし、美しくなるんだ)
元から愛らしいテリウスなら尚更だろう。
そう思いながら頭を撫でれば、彼は嬉しそうに顔を擦り寄せてくる。まるで上機嫌の猫のようだ。
すると、テリウスはカルロッタの髪を見てぱあっと表情を明るくする。
「あ! 今日は僕が結った髪をぐちゃぐちゃにしてきてない!」
「ウッ」
カルロッタは、思わず顔を逸らした。
「今日は交戦もなかったからな。それにぐちゃぐちゃにして帰ってくると、君が怒るだろう……」
「へー僕のために? ふふ、嬉しいな」
(そう、この顔を見せられると弱いんだ……)
だからか、なんでもしてあげたくなってしまう。
カルロッタが、思わず緩みそうになる顔を引き締めていると、花を抱き締めたテリウスがにっこりと微笑んだ。
「けど、カルロッタが無事で帰ってくるのが一番嬉しいよ」
「……ありがとう、テリウス」
(私はテリウスを救ったのではなく、テリウスが私を救ってくれたのだろうな)
思う。あの日、あの小さな手を取っていなければ、きっとカルロッタは孤独の淵に沈み、ありとあらゆる重責によって押し潰されていただろう、と。
それくらい、若き女当主にかかる負担はかなりのものだった。
だがその度に、テリウスがそばにいることを感じてなんとか踏ん張れたのだ。
一緒に歩きながら、カルロッタは改めて問いかけた。
「テリウス。今度開かれる宮廷パーティー、君は本当に参加するつもりなのか?」
「もちろんだよ。皇后や皇妃たちからの催促を抑えておくのも、もう限界でしょ?」
図星だった。十八歳が成人とされているため、いい加減テリウスを宮廷に連れてこいと言われていた。
(だが、今のテリウスを見れば、きっと多くの人間が彼を放ってはおかないだろう)
その輝かしい美貌もそうだが、テリウスはとても賢い。彼の知識のおかげで、レッサリウム領は幾度となく危機を逃れてきたのだから。
また、テリウスが持つ『植物魔法』も魅力的だろう。植物の育成促進もそうだが、土地に合わせた品種改良を最も容易く行なうことができる。その上、自身の魔力によって育てた植物を自在に操ることもできるのだ。
領地改革と領地守護、その両側面で、彼の植物魔法は何度もカルロッタとこのレッサリウムを救ってくれた。
その価値に気づいた貴族たちの中にはきっと、彼を皇帝に推すために近づいてくる人間がいるはず。
同時に、それを脅威だと恐れ、テリウスを排除しようとする者も今以上に増えるだろう。
皇都には多くの貴族たちがいる。どんなに警戒しても、悔しいが、カルロッタだけでは彼らから向けられる悪意を退けられないのは明白。
「私は、君がまた傷ついてしまわないのか心配なんだ」
愛情に飢えているのに、数多くの悪意に晒されたせいで誰も信じられなくなってしまった、傷だらけの少年。
それが、カルロッタにとってのテリウスだ。
思わず思い出し、顔を曇らせていると、テリウスが覗き込んでくる。
「大丈夫だよ。僕はもう、あの頃の子どもじゃない」
「それはそうだが……」
「それに、カルロッタが守ってくれるんでしょ?」
言いながら、テリウスは自身の左手の薬指に嵌められている婚約指輪を見せた。
それは、彼との婚約が決まったときに購入した魔導具だ。
体の大きさに合わせてサイズを合わせてくれるそれを、テリウスが毎日丁寧に磨いてくれていることを知っている。
カルロッタは微笑みながら、自身も同じように左手を上げて、婚約指輪を見せる。
「もちろんだ、テリウス。あの日の約束は、君が望む限り有効だから」
「じゃあ、永遠だね!」
(永遠とは、これまた大きく出たな)
成人を迎えたとはいえ、テリウスはまだ子どもだ。
それにレッサリウム領では、上の年代の者たちと過ごすことのほうが多かった。だからパーティーに参加した結果、同世代の他の誰かを好きになってしまうことも出てくるだろう。だって二人の歳の差は六歳だ、姉だと思われていてもおかしくない。
(そのときは潔く身を引かなければな)
それに気になるのは、原作でカルロッタの存在が出てこなかったことだ。
(私の存在がテリウスにとっていい方に働くのかどうかを、今一度見極めなければ)
どうかそれまでは、この笑顔が向けられる相手が自分であって欲しい。
そう思いながら。カルロッタはテリウスの手に引かれるがまま、屋敷の廊下を進んだのである。
*****
その日の夜。
テリウス・ラヴランディは、庭にいた。
そして、自身が育てている薔薇に引っかかっている愚かな暗殺者の姿を見つけ、嗤う。
「今日もご苦労様。でもさ、いい加減、この屋敷には一歩も足を踏み入れることができないってこと、分かったら?」
テリウスの魔力を注ぎ、丹精込めて育てた薔薇たちは、屋敷に蔓延る不純因子を決して許さない。
しかしそれを知るのはテリウスと、彼が厳選してこっそり作り上げた諜報員たちだけだろう。
(カルロッタは強い。でも、隙がないわけじゃない)
カルロッタの剣術は卓越しているため、よっぽどでない限り勝機はない。同時に正攻法には強いが、搦手は不得手としているのだ。
何より、情が深い彼女は、一度気を許した者に対しての許容範囲が広くなる。それにより寝首をかかれたことがあった。
――死なないでと泣くテリウスに、血まみれになったカルロッタが「大丈夫だ」と笑いかけてくれた日。テリウスは自身が、彼女の目が届かない場所からやってくる敵を排除することを誓った。
それがたとえ、どんなに後ろ暗い方法だったとしても、だ。
同時に、彼女の前では彼女が好きな、可愛らしい自分でいるつもりだった。
(だって愛する人の前では、一番綺麗な姿でいたいから)
そう思いながら。
「……連れて行け。そして、得られるだけの情報を吐かせろ」
「御意」
テリウスは決してカルロッタには見せない冷たい顔をして部下に指示を出す。
暗殺者が連れて行かれるのを見届けてから、誰もいなくなった庭で輝く満月を見上げた。
「……カルロッタは渡さないよ」
それだけ呟くと、彼は夜闇の中に溶け込むようにゆっくりと姿を消したのだった。




