2.過去:最強女辺境伯、第三皇子と婚約する
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ガタガタ。馬車が揺れる。
乗っているのは、カルロッタとテリウスだ。
不満げな顔をしたテリウスは、向かいに座るカルロッタをじとりと見つめる。
「……ねえ」
「なんでしょうか、殿下?」
一方のカルロッタは、持ってきた書類に目を通しながら、ちらりとテリウスを一瞥した。
すると、テリウスが怒り出す。
「いや! なんだ、じゃないでしょ! なんで皇都に向かってるの!?」
「なんでと仰いましても……殿下との婚約を認めてもらうからには、皇帝陛下の許しを得なければならなないからですよ」
親が平民だったとしても、テリウスは皇族だ。よって婚約をするだけでも、七面倒くさい手続きが必要になる。そのうちの一つが、皇帝と謁見して許可をもらうことだった。
なので、普段ならばほとんど足を運ばない皇都までやってきたというのに。
(なんでこんなにも警戒されているんだ……?)
そこで、カルロッタははたと気づいた。
「もしかして、このまま宮廷に置き去りにされるんじゃないかと思っておられるのですか?」
「!!!」
「ははは、安心してください。カントリーハウスだと守りきれないと思ったから、一緒に着いてきていただいただけです。宮廷には戻りたくないのでしょう? なら、私が動いている間は、我が家のタウンハウスで過ごされると良いでしょう。あそこが一番安全ですから」
「…………」
テリウスに、じとーっとした眼差しで見られる。どうやら図星な上に、まだ疑われているらしい。
(生い立ちも生い立ちだから、こればっかりは仕方ないな)
根気よく言い聞かせ、行動で示し、信頼関係を築いていくしかないだろう。
そんなわけで、宣言通りテリウスをタウンハウスで下ろしたカルロッタは、その足で宮廷に向かった。
(事前に謁見の申請はしておいたので、待つことはないはずだが……)
嫌なやつに出くわすかもしれない。
そう思っていたら、見事に謁見の間へ向かう道中で、第二皇妃・ミルフィアに出くわした。
カルロッタは内心嫌な顔をしつつも、胸元に手を当てて腰を折る。位が低い者が位が高い者に挨拶をするのが礼儀だからだ。
「ご機嫌麗しく。第二皇妃殿下」
「ご機嫌麗しく。あら! レッサリウム嬢じゃありませんの!」
(なぁにがご機嫌麗しく、だ。わざわざ会いにきたくせに……)
ミルフィアの実家は、レッサリウム辺境伯家と昔から犬猿の仲だとされるサリス侯爵家だ。祖父母の代からの不仲だとされているが、カルロッタからしてみたらサリス侯爵家が一方的にやっかんできているだけである。
その上、呼び方までわざと間違えるとは。相変わらず性格が悪いな、などと思いつつも、カルロッタはすかさず訂正を入れる。
「爵位を継ぎましたので、レッサリウム卿と呼んでいただけたら幸いです」
「あら、そうでしたわね。アタクシとしたことが、失礼したわ。……それで、今日はどんなご用事で宮廷に?」
カルロッタは、ミルフィアの様子を窺った。
(ふん。要は『無能な第三皇子の後ろ盾になって、自分とサリス侯爵家を敵に回すか否か』を聞きたいんだろう?)
小説内のカルロッタはここで、第三皇子を捨てる方を選んだはずだ。第三皇子のそばにカルロッタの姿はなかったのだから、それは確実。
しかし今のカルロッタは違う。テリウスを守ると約束したからだ。
(ならばまだるっこしいことはせず、聞きたい言葉を聞かせてやる)
「皇帝陛下に謁見を願いました。第三皇子殿下との婚約を許していただくためです」
「……ハッ?」
(驚きすぎて素の反応が漏れているぞ)
が、どうやら、本当に予想外だったらしい。今までは貼り付けた笑みを浮かべていたというのに、鬼のような形相になっている。手に持っている扇子も真ん中からぽっきり折れていた。
「失礼、第二皇妃殿下。美しいおみお手が傷ついてしまいます」
「なっ……!?」
カルロッタが恭しく折れた扇子を握り締めた手を持ち上げ、扇子を取りながら手を開かせた後、手のひらに傷がないのかよくよくチェックする。
(後からいちゃもんをつけられたら、テリウスにとってもよくないからな)
幸い、傷痕は残っていなかったようだ。ほっとしつつも「お怪我をなさっていなくて、何よりでした」と言って手の甲に口づけを落とすと、ミルフィアは手をわなわなと震わせながら真っ赤になる。
「な、なんて、なんてはしたないことを……っ!」
(? このくらい普通だと思うが……)
が、幸いと言うべきか。パニックになり何も言えなくなってしまったらしい。
(これはいい。さっさと皇帝のところへ向かおう)
これ幸い、と思ったカルロッタは「それでは失礼致します」と言い残し、颯爽とその場を後にしたのだった。
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無事にレッサリウム辺境伯家のタウンハウスに戻ってきたカルロッタは、入り口で待ち構えて「だ、大丈夫だった?」と聞いてくるテリウスに対して、笑顔で答えた。
「はい。皇帝陛下からの承認はいただきましたよ」
「えっ!?」
「どうして驚かれるのです?」
「だ、だって、そんなにもあっさり終わるなんて思ってなかったから……」
カルロッタからしてみたら、第二皇妃に出くわすかもしれないこと以外の懸念事項はなかったため首を傾げたが、テリウスはどうやら皇帝から許可をもらえるのかどうかをかなり気にしていたようだ。
(あの腹黒陰険皇帝としては、待ってましたという気分だったろうがな……)
まあ、そんなことはどうでもいい。
側近に「例のものは準備できているか?」と聞くと、肯定と共に小さな箱と花束が返ってきた。
それをしっかり手に持ちつつ、カルロッタはテリウスを見下ろす。
「殿下。もうすぐ日が暮れる時刻ですが、外に出る気力はございますか?」
「暇してたから、そりゃあるけど……どこにいくの?」
カルロッタはしたり顔で唇に人差し指を当てる。
「行ってからのお楽しみです」
そうして馬車を走らせ辿り着いたのは、皇族専用の墓所だった。事前に許可を取っておいたため、墓守に咎められることもなくサクッと入ることができた。
夕方ということもあり人がおらず、とろけるようなオレンジ色に染まった墓石たちが不穏でいて、静謐な空気を漂わせている。
例によって、テリウスもビクビクしていた。怖くてカルロッタにくっつきたいのに、プライドが邪魔して距離を置いているところがなんともいじらしい。
「こ、こんな場所に、いったいなんの用なんだよ……!」
「大切な息子さんと婚約するのですから、お母上にご挨拶に伺うのは当たり前でしょう?」
「……え?」
そうして到着した墓石には、こう刻まれていた。
『ユピア・リッタ、ここに眠る』
テリウスが唇を震わせながら呟く。
「……おかあ、さま」
こくりと、カルロッタは頷いた。
(確か小説では、テリウスが墓参りに行けたのは、デビュタメントのときだったか)
つまり十八歳まで彼は母親の墓参りにさえいけないほど、宮廷で弱い立場だったのだ。
その元凶を知っていることもあり、苛立たしさが募るが、今は必要ないことなのでグッと堪える。
そしてカルロッタは墓石に花束を添えながら、口を開いた。
「第三皇妃殿下、この度はご報告があり、こうして足を運ばせていただきました」
そしてテリウスの前で跪く。
「テリウス殿下。私の婚約者になっていただけませんか?」
そう言い、カルロッタが差し出したのは、婚約指輪だった。
驚きのあまり目を丸くしていたテリウスは、しばらく放心していたが、だんだんと顔をくしゃくしゃにする。
「……本当に僕でいいわけ?」
「貴方だからこそ、ここまでしているのですよ」
そこまで言うと、テリウスは恥ずかしがりながらも手を差し出してくる。カルロッタは喜んで指輪を嵌めてあげた。
瞬間、ぽろりと。テリウスの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「あ……っ」
固まるテリウスをカルロッタが躊躇いなく抱き締めると、彼は一瞬体をこわばらせた。しかし恐る恐る抱き締め返すと、声を殺して泣く。
「貴方の母君が眠るここで、誓いましょう。カルロッタ・レッサリウムは、テリウス・ラヴランディを必ず守り抜くと」
「ぅっ……やくそく、だから、な……僕を独りに、するな……っ!」
「仰せのままに」
すると、テリウスは怒ったように頬を膨らませる。
「……か、家族だって言うなら、堅苦しく扱うなよぉ……っ!」
「ふふ。分かったよ、テリウス。これからよろしく」
「……うん……っ」
静かな墓所の中で抱き締め合う二人の絆は、この日から始まったのだ。
そんな二人の出会いから、六年経った春。
カルロッタは二十四歳、テリウスは十八歳になっていた――




