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未来の悪逆皇子にスパダリしてたらすっかり毒気を抜かれて可愛い天使になりました ※でも裏で実は…?  作者: しきみ彰


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1.過去:最強女辺境伯、誘拐された第三皇子を保護する

 カルロッタ・レッサリアム。

 前世の記憶を持つ彼女は確かに、闇堕ちしてラスボスとなる第三皇子を救い出し、天使と見間違えるほどの好青年に育て上げたつもり、だった。

 ……だったのだが。


「……僕との婚約を取り止めてもいい? 今更僕のことを捨てるの? そんなこと、許さないよ」


 どういうわけか、カルロッタは今、そんな第三皇子、テリウスに押し倒されていた。

 体格もそうだが、筋肉もしっかりしており、少し抵抗しただけではびくともしない。大きくなったとは思っていたが、まさかここまでとは。細身だから気づかなかった。

 その上、発言からは、仄暗い心の闇が垣間見える。


(おかしいな……闇堕ちは回避したと思っていたのだが)


 いったいどこで何を間違えてしまったのか。

 そんなことを思いながら、カルロッタは思わず遠い目をしてしまったのだ――


 *****



 時は、六年前に遡る。

 カルロッタが、この世界が前世に読んだ『悪の花と共に眠る』という小説と同じだと気づいたのは、彼女が辺境伯を継いでから程なくして起きた『第三皇子誘拐事件』を片付け、当の本人を救い出したときだった。


(つまりこの皇子は、遠い未来でラスボスになる存在だ)


 テリウス・ラヴランディ。

 生い立ちから特性まですべてにおいて不遇とされる第三者皇子であり、そのせいで国を、世界を滅ぼそうとするラスボス。


 ――彼の不遇は、生まれた瞬間から始まった。

 母親がメイドだったのだ。

 当たり前のように後ろ盾もなく、そして後宮という檻の中で皇后や皇妃たちのいじめにも耐えられなかった母親はみるみるうちに精神を病み、体を壊し、そして亡くなった。


 更なる不幸は、彼がきちんと皇族の特徴を受け継いでいたことだ。


『皇家の血を継いだ者は、毒や病にならず、回復力が高い』。


 だからいくら食事に毒を盛られようが、放置されようが、テリウスが死ぬことはなかった。

 生物にとってはこの上ないくらいの幸運ではあるが、後ろ盾はおろか、唯一自分を守ってくれる母親が死んでしまった彼にとっては、「死ねない」ということそのものがひどい罰のように感じたと、小説には書かれていた――


 そうして、ほぼ死んだように生きてきて、十二年。


 それに業を煮やした皇妃の一人が仕組んだのが、今回の誘拐事件で。その舞台となったのが、若き当主であるカルロッタが治める、北部のレッサリウム辺境伯領だった、というわけだ。


 カルロッタはため息をこぼした。


(困ったことになったな……)


 テリウスを助けられたのは僥倖だった。が、同時に、この事件の黒幕であろう皇妃の誰かを、確実に敵に回してしまった。


 しかしここでテリウスを死なせることになっていれば、今度はその罪がレッサリウム辺境伯家にかけられていたことだろう。もしそれを逃れたとしても、責任問題によってがんじがらめになっていたはず。なので助けたこと自体は問題ないだろう。


 しかし同時に、別の問題が浮上する。

 それは、小説内でテリウスが最初に登場したのは、彼が成人してからだということだ。

 話の道中で「誘拐されたことがある」なんて話題は出ていたような気がするが、詳しく書かれてはいない。

 つまり、現状の事件は、完全なる空白部分だということだ。なのでカルロッタは、頭をフル回転させて推測していくしかない。


(となると、敵は我が家を疎んじている第二皇妃か? それとも、北部の敵である隣国の内通者が宮廷にいるのか?)


 どちらにせよ頭が痛い話だが、今ここで考えるべき問題ではないだろう。

 カルロッタは、毛布にくるまりながら縮こまるテリウスと向き直った。


 皇族の証である銀色の髪と紫色の瞳。

 そして、痩せ細っていても分かるほど愛らしい顔つき。天使と見間違えそうなほどの可愛らしさと純真さだ。

 間違いない、将来悪逆皇子と揶揄されることになる、テリウスである。


 そして、この国における勢力図を考えると、小説内においてもきっと、今日と同じことが起きていただろう。そうしてレッサリウム辺境伯家と関わりがあったはず。

 なのに、小説内のテリウスに後見人がいなかった点を考えると、『小説内のカルロッタ』が取ったであろう行動は一つ。


(彼を見捨てて、宮廷へと送り返した……)


 思わずため息が漏れた。


 幼い頃から領地運営に関わって政治的な知識も身につけている今のカルロッタには、『小説内のカルロッタ』が取った選択があまりにも短絡的で稚拙なものだったと断言できる。

 しかし同時に、『小説内のカルロッタ』が親を亡くし爵位を継いだ成人したての令嬢だったことを考えると、致し方なかったとも言える。


 自分自身のことを擁護するのはいささか不思議な感覚だが、行動も思考も確実に異なっている以上、そう判断するしかないだろう。


 そしてここは、小説の内容を変えることができる分岐点だ。


 彼が悪の道へ突き進むのを黙って見ているわけにはいかない、というのはある。レッサリウム辺境伯領も他人事ではないし。

 しかし何より我慢ならないのは、この可愛らしい少年が闇堕ちすることだった。


(可愛らしいものは守られなければならない!)


 前世から、カルロッタは可愛らしいものが大好きだった。そしてそれを愛で、守ることは、彼女にとっての生き甲斐だったのだ。

 おかげで、中高一貫の女子校で王子様扱いをされ、大学や社会人になってからも女子にばかりモテたが、その気持ちは今も変わらない。


(そして今世でもそれを貫き通せているのは、優しい両親が私を受け入れてくれたから。そしてここが辺境伯領で、私が唯一の跡取りだからだ)


 魔物だけでなく隣国からの敵もやってくるこの場において、女だからという理由で武器を持たないのは愚策だ。だからレッサリウム辺境伯領は、男も女も武器を手に取り戦うのである。


 ――そんなカルロッタが若くして当主となったのは、その愛する両親が魔物との交戦で命を落としたからだったが。


(まあそれが、テリウス誘拐の罪をレッサリウム辺境伯家に着せようと思った一番の要因だろうな)


 つまり犯人は、若輩当主であればこの状況に対処できないであろうと踏んだのである。


 全くもって、舐められたものだ。

 内心舌打ちをしながら、カルロッタはできる限り柔らかい笑みをテリウスに向けた。


「第三皇子殿下。まだお心の傷が癒えていないかと思いますが、しばし私の話をお聞きください」

「……な、なんだよ……」

「殿下のご事情は、この辺境にいても聞き及んでいます。ですので私は、貴殿をお守りできたらと思っているのです」


 テリウスが明らかに警戒するのが見てとれる。

 あの地獄のような宮廷にいても生きながらえてきた子だ、きっと賢いのだろう。

 しかし構わず、カルロッタは続けた。


「私と婚約を結びましょう。そうすれば私がレッサリウム家があなたの後ろ盾となれます」

「……僕を助けて、どうするつもり? 貴方に何も利益はないはずだ」


 こういうとき、それとない理由の一つや二つ、思い浮かべばいいのだが、生憎カルロッタはそういう腹芸が得意ではなかった。

 だから、思いついたことをそのまま口にする。


「子どもは、守られるべき存在だからです」

「……は?」


 そう、子どもは守られるべき存在だ。それは前世でも今世でも変わらない。


(両親は、最後のそのときまで私に目一杯の愛情を注いでくれた。そして魔物の牙が私に向けられたときは、その身を賭して守ってくれた……)


 ならば両親の名誉にかけて、そしてカルロッタ自身の信条に賭けても。彼を助けるべきだろう。

 何より、この一件に関わってしまった以上、テリウスとレッサリウム家は無関係でいられないのだ。なら、彼を庇護下においておいた方がいい。


(それに私がここでテリウスに愛情を注げば、彼が悪の道へ進むことを防げるかもしれない)


 だってテリウスが全てを滅ぼすことを決めたのは、欲しかった愛情を得られなかったからだ。

 ならばカルロッタが全力で愛を注いでやろうではないか。


「殿下のことは、私が命に変えてもお守りいたしましょう」


 にこりで笑みを向けると、テリウスはびくりと震えて目を逸らす。


「……やれるものならやってみなよ」

「もちろんです、殿下。早速、婚約の手続きをしにいかねばなりませんね」

「……僕なんかと婚約なんて、バカじゃないの?」

「おや、やはり八歳も上の私と婚約関係になるのはお嫌でしたか?」

「そ、そういうんじゃなく……」


 顔が赤い。可愛い。

 悪戯心が湧いたカルロッタは、テリウスのそばに歩み寄り、その場で膝を折る。そして恭しく手を持ち上げ、そっとキスを落とした。


 すると、テリウスの顔が丸々赤く染まり、まるで熟れたりんごのようになる。


「な、ななな……っ!」

「可愛らしいですね」

「可愛くない! 男が可愛いわけないだろ⁉︎」

「そうでしょうか? 可愛さの違いに、男女の差はないかと思いますが……」

「う、うるさい! あっちいけ!」


 ぎゃんぎゃんテリウスが騒いでいるが、カルロッタから見れば保護された手の野良猫が毛を逆立てているようにしか見えない。つまり、可愛い。


(片付けなければならない面倒ごとが山ほどあるが……これからの生活が楽しくなりそうだ)


 そう思いながらも。

 カルロッタはテリウスのために様々な手筈を整え始めたのだった。

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