14:現在:最強女辺境伯、雲行きの怪しさを感じ始める
「……なぁ、タリラ」
「どうなさいましたか? カルロッタ様」
「昨日、テリウスから『ずっと前から、恋愛的な意味で好きだった』と告白されたんだが、君はそのことを知っていたか……?」
翌日の朝。
執務室で書類仕事を片付けていたときに、ふと補佐官のタリラにそう話しかければ、彼女は呆れた顔を見せた。
「知っていたも何も……テリウス様は昔から、カルロッタ様以外見えていなかったではないですか」
「それは……テリウスには家族がいないし……」
「あれは家族に向ける目ではありませんでしたよ」
「うぐっ」
「それに、使用人のみならず臣下たちも、テリウス様のお考えは理解されていましたよ。よく、周囲の殿方を牽制していましたので」
「そうなのか!?」
「はい。まあカルロッタ様もカルロッタ様で、テリウス様以外の殿方にはぞんざいな扱いをしていましたため大事には至りませんでしたので、ご存じなかったかと思いますが……」
ザックザックと、容赦なく今までの甘い考えを断ち切られる。
(くぅ……相変わらず辛辣だ。心に沁みる……)
同時に、それが、カルロッタがタリラ――自身の従姉妹を信頼している一番の理由だった。
タリラ・ホーミンは、ホーミン子爵家の令嬢であり、カルロッタの補佐官兼護衛だ。
父親は国境防衛の要であり、レッサリウムでは英雄として皆に尊敬されている、偉大な人である。カルロッタにとっては二人目の師匠であることもあり、タリラとは幼い頃から切磋琢磨する関係だった。
そんな彼女の主な職務は、カルロッタが苦手とする事前の根回しや書類仕事……とまぁとにかく、カルロッタが苦手なものをすべてやってしまえるほど仕事ができる人だが、レッサリウム領で生きる女らしく、護身術も心得ている。
まあ、彼女がそのように動くことになる前に、カルロッタが敵を片付けてしまうことの方がどちらかというと多いのだが……。
カルロッタは思わず呻いた。その拍子にペンを折ってしまい、あ、と声を上げる。
それをささっと片付け、インクを拭き取ってから、タリラは話を続けた。
「まあでも、カルロッタ様の姿勢自体は正しいかと思いますよ。一応、保護者という名目でテリウス様と婚約されましたからね」
「そ、そうだろう? 私は別に間違ったことはしていないと思うが……」
「それはさておき、あそこまで分かりやすく態度に出していたことにお気づきにならなかった点に関しては、本当にどうかと思いますが……」
「うぐぅっ…………」
見事な飴と鞭だ。あまりにも上手い。
すると、あまりにも大ダメージを受けている主人を不憫に思ったのか、タリラが眉を八の字にしながら首を傾げた。
「わたしがこのようなことを言うのも差し出がましいですが……何か問題でも? テリウス様は言わずもがな、カルロッタ様もテリウス様には心を許しておいででしたし、元から婚約者という関係です。特に問題ないかと思いますが……」
(……そう、なんだよなぁ。関係もそうだが……特に嫌じゃなかったんだよな)
カルロッタは、昨夜の出来事を思い出しながら、はぁ、とため息をこぼした。
そう、昨夜の、押し倒されてのキスである。
その気になればいくらでも抵抗できたし、キスだって避けられた。
けれど、避ける気が湧かなかったのだ。だから、らしくもなくそのまま、テリウスからのキスを受け入れてしまった。
それだというのになぜこんなにも動揺しているのかというと……要は、気持ちがまったく追いついていないからである。
(前世から、恋愛に関しては本当にからっきしだったからな……)
ちなみに、それ以上はなく、テリウスは「おやすみの挨拶」だとかなんだとか言って、もう一度キスをしてから颯爽と去ってしまった。
カルロッタは、あのままほぼ気絶するように寝た。
――そう。あんなことがあっても眠れてしまうのが、カルロッタ・レッサリウムという女なのである。
そして朝起きたら、テリウスは宮廷にもう戻ったとかでいないときた。
振り回されるだけ振り回された後、放置された気分だ。
(まあそれは、今日の午後から開かれる貴族会議があるから、そっちを優先させたのだろうが……嵐の前の静けさという気がしてならない)
おかげで、今後何が待ち受けているのか、別の形でヒヤヒヤすることになってしまった。
そう、悶々と悩み、まったく書類仕事が進まないカルロッタに対して、タリラは呆れた顔をする。
「カルロッタ様。恋にうつつを抜かすのはいくらでも構いませんが、こちらの必要書類にだけは是非、目を通してくださいませ」
「相変わらず、容赦がないな……」
「当たり前です。それに、カルロッタ様の確認が必要なものを精査してお渡ししているのですからね?」
「分かっているよ。タリラのおかげで、私はいつも自由気ままにできているのだからな」
「お褒めに預かり、恐縮です」
タリラの指摘を受けたカルロッタは、ひとまず悩むのをやめた。
まだ何も始まっていないことで悩んだところで、元から苦手な思考作業がさらに苦手になるだけだ。それにこういうことは堂々巡りをするだけで、なんの進展にもならないものだし。
(それにこれから、なんの楽しくもない貴族会議だしな……)
事前にやるべきことはしてきたし、はなから負けるつもりもないため、そこまで不安はない。こういうときに一番ダメなのは、最初から弱気にあることだからだ。
だが、別のことを気を取られていてどうにかなる場ではない。
なのでもっとしっかりしなくては、と思ったのだが。
書類仕事も無事に片付いて昼食を取り、いざ出城、といったところで、馬車がやってきた。
しかも明らかに、城から来た馬車だ。皇家の紋章を掲げているので、すぐに分かった。
我が家に来たことのない馬車の登場に、使用人たちがざわついているが、中から出てきた人物を見て皆胸を撫で下ろす。
というのも、テリウスだったからだ。
――ただし、ガッチガチにキメているときの礼服を着ていたが。
カルロッタは、思わず昨日のテリウスの発言を思い出していた。
『と、いうわけで。成人したんだし、これからは隠すことなんてしないし、カルロッタを僕が手放すなんてあり得ないから。 ――覚悟してよね?』
いくら鈍いカルロッタだって、それくらいは分かる。
(これはつまり……その一環で来ている、ということだよな……?)
カルロッタは、自身の背筋に冷たいものが走るのが分かった。
というのも、見た目を含め、テリウスの笑みと視線から本気さを感じ取ったからだ。
そんな彼女の心境を知ってか知らずか。テリウスは玄関先で立ち尽くすカルロッタの前にまで歩み寄ると、それはそれは優雅に腰を下り、手を差し出してくる。
使用人たちが背後で黄色い声を上げる一方で、カルロッタは盛大に狼狽えていた。
テリウスは言う。
「迎えに来たよ、カルロッタ」
「テリウス……」
「――僕が昨日言ったこと、忘れたなんてことはないよね?」
ちゅっ。手のひらに口付けを落とした、満面の笑みを浮かべたテリウスが低い声で言うのを聞き、カルロッタは思った。
(恋人同士の甘いやりとりのはずなのに、悪い獣に目をつけられた獲物にでもなった気分だ……)
そしてそれはおそらく、かなり的を得た思考なのだろう。
というのも、テリウスが育ったのは魔物たちを狩ることを生業とした、この国随一の武人たちが集まるの領地、レッサリウムで。
彼自身、間違いなく、その影響を受けているのだから。
それにカルロッタはもう知っている。
昨夜見せた、仄暗いテリウスの顔を。
カルロッタは、これからの雲行きが別の意味で怪しくなるのを感じたのだ。
書き溜めがなくなった関係で、1週間ほどお休みいただいてからまた更新再開します。ご了承ください。




