13.現在:最強女辺境伯、紆余曲折の末、当初の目的を達成する
カルロッタがそもそも、この世界が小説の中と同じだとテリウスに会う前に気づけなかったのは、『悪の花と共に眠る』という小説がラブロマンスだったからだ。
お話の始まりとしては、人間不信のシルベスティの心を、心優しいレナーシャが根気よく接することで溶かし、婚約者となるというものだ。
ただこのレナーシャが優しさを見せたのは、シルベスティだけじゃなかった。
――宮廷の隅で孤独に耐えていたテリウスもだったのだ。
唯一自分に優しくしてくれたレナーシャに心を許したテリウスだったが、彼女の婚約者は異母兄のシルベスティだった。
そのことに絶望したテリウスは、自身の固有魔法を開花させ、国を乗っ取る。それからレナーシャを眠らせた彼は、国全体を茨で覆い尽くして自分とレナーシャ以外の人間を殺してしまったのだ。
そんな国から命からがら逃げ出したシルベスティは、レナーシャを取り戻すために茨を切り刻み、現れる魔物を倒しながらレナーシャを救いに行く。そして最終的にテリウスというラスボスを倒して、レナーシャの呪いをキスで解いたシルベスティは、それから二人で国を再建しながら幸せになりました――大まかな流れとしては、こんな感じである。
なのでメイン二人以外だと成人したテリウスくらいしかビジュアルは出てなかったし、政治や世界観に関しての描写もこの三人が大きくなってからのものしかなかった。だから、いまいちピンと来なかったのだ。
(それに、生まれたときから知っていたところで、なんの役にも立たなかっただろうしな……)
それくらい、政治というよりかは個人の関係や心理描写にフォーカスを当てた作品だった。何より、レッサリウムのことはこれっぽっちも出てきていない。なら、知っていても知っていなくても変わらないのである。
ただ、今は違う。というのも、このテリウスが成人した年の宮廷パーティーこそ、テリウスとレナーシャが邂逅するきっかけだったからだ。
カルロッタがシルベスティとレナーシャに会いたかった理由の一つが、それである。
(この邂逅で私が知りたかったのは、テリウスの心に変化が訪れるか、ということ)
人の心の問題だ、そう簡単に変わらないとは思っているものの、もしもということもある。だからカルロッタは割とドキドキしながら、テリウスの様子を見守りつつ、このカオスなやりとりに遠い目を向けていたのだが。
「レッサリウム卿の言う通り、あなた方がここで騒ぎを起こさなければ、彼女たちもこのような態度は取らなかっただろう。違うのだろうか」
「なんですって!?」
「ど、どうか落ち着いてくださいませ、第二皇妃殿下。皆様も見ていらっしゃることですし……」
「っ……!」
上から、シルベスティ、ミルフィア、レナーシャのやりとりである。
嫌味がこれでもかと込められたシルベスティの言葉にミルフィアが怒り狂い、レナーシャがとりなしているという構図だ。なんと言えばいいか、小説の中での出来事が目の前に現れていて、感心してしまう。
――肝心のテリウスは、はにかみながらもうんざりした態度を表していた。
(他の人には分からないかもしれないが、私には分かる……これは、相当イライラしている)
まあ、正直、テリウスの気持ちは分からなくない。ミルフィア、リックという、予想外すぎる者たちからの声かけのせいで既にげんなりしていたというのに、そこに現れたのが第一皇子とその婚約者だったからだ。
カルロッタだって、小説のカップルである二人と会うのが目的でなかったら、きっと「またか……いい加減にしてくれないか」と思っていたであろう。
同時に、テリウスが恋に落ちた様子がないことを見て、密かに安堵する。
(テリウスが本気で愛したなら応援するつもりだが……既に婚約者がいる身の上の令嬢に恋したとなると、周りからの非難の目は避けられないからな)
ただレナーシャは、その心根の優しさが分かるくらい、表情や態度に性格が滲み出ていると感じた。
前世の記憶があるから分かる。人というのは、今までどのように行動してきたかが表面に出てくる生き物だと。
年を重ねれば重ねるほど顕著に出るものだが、若いうちだとしてもどのように人と接してきたのかは見て取れる。
その点、シルベスティのほうは刺々しい空気を放っていて、少しテリウスに似ているなと感じた。
(そうなんだよな。この二人は小説の中でも、境遇が似ていて……ただ決定的な違いは、シルベスティが皇后の息子だということ。そしてテリウスには、守ってくれる人が誰もいなかったということだ)
シルベスティは警戒心が強く、皇后以外の人間を寄せ付けなかったが、皇后は彼に対して愛情を持って接していた。だからか、彼も自分が心を開いた人たちに対しては愛情深い一面を見せていたのだ。
愛され方を知っているということは、愛し方も知っているということ。
そしてそれは、小説内のテリウスにはなかったものだ。
(だから私はテリウスに、たくさんの愛を知ってほしかった)
そうすれば、彼が悪の道に堕ちることはないのではないかと思ったからだ。
答えはご覧の通りだ。
「第一皇子殿下の仰る通り、これ以上我々に御用ががないようでしたら、失礼させて頂けたらと」
(塩対応だな〜まあそんなところも可愛い)
だがカルロッタがそばにいることもあり、テリウスは小説の中と違って宮廷パーティーで舐められることもなく、居場所がなくて肩身の狭い思いをし、会場から泣きながら立ち去る、なんていうこともない。それが、彼女にとってはこの上ないくらい嬉しい。
が、それはさておき、本来の目的だ。
(第一皇子殿下と話す機会を作らねば)
が、ここで一つ、面倒ごとが生じる。
それが、皇帝の無神経な発言により、後継者同士による協力が制限されている、ということだ。
(本当に頭がおかしいとしか言いようがないな……)
だが実際、初期のほうで第一皇子を後継者に、と推した第四皇女と第八皇女の親である第五皇妃は、それから数日とおかず皇帝が所有する領地の寂れた離宮へと療養に向かうことになった。
皆、知っている。表向きは「療養」だなんて優しい言葉を使ってはいるが、それが事実上の皇位継承権剥奪だということに。
この対応の残酷なところは、「飼い殺し」という部分だ。
本当にいらないのであれば、暗殺でもなんでもすればいい。しかし皇帝はそれはせず、ただ自領の離宮に幽閉する、という形をとった。
それはつまり、自身の監視下で命を握られた状態のまま、生活をさせられるということだ。
本気で、皇帝の性格も性根も悪すぎると感じる。
ちなみに、この方法に関して非難をした第五皇妃の家系は、忽然と姿を消したという話もしたい。
皇位継承権争いが殺伐とし始めたのは、その一件からである。
なのでたとえ婚約者であるカルロッタが第一皇子と直接面会をしたい、なんて申請を出せば、ほぼ確実にテリウスの皇位継承権が剥奪される。
テリウス自身は全く望んでいないことなのでそこは構わないが、問題は皇帝の監視下に置かれてしまうということだった。
それはつまり、テリウスに二度と会えなくなるということに他ならない。
しかし、抜け穴が存在しないわけではない。
(その抜け穴を、今使わせてもらう……!)
カルロッタは、いつまでも粘着するミルフィアとリックの存在を無視して、シルベスティとレナーシャに挨拶をすることにした。
「ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。お初にお目にかかります。カルロッタ・レッサリウムにございます、第一皇子殿下、ルコラ嬢」
「……第三皇子、テリウスがご挨拶申し上げます。第一皇子殿下、ルコラ嬢」
カルロッタがいきなり挨拶を始めたから、驚いたのだろう。一拍遅れながらも、テリウスが頭を下げる。
年長者を敬うのは、いつの時代も同じことだ。なので挨拶をする順番としては、こちらから先だ。
それを受けたシルベスティは、ぴくりとも表情を動かさないまま頷く。
「こちらこそ、お初にお目にかかる、レッサリウム卿。貴公の武勇は、私の耳にも入ってきている。これからもその活躍に期待している」
「ありがとうございます」
「それと……第三皇子殿下。彼女のような婚約者を持てたことが、貴殿の最大の幸福だろうな」
社交界においては、一歩間違えれば嫌味に聞こえる言葉なのだが、シルベスティの言葉に裏表がないからだろうか。純粋な褒め言葉に聞こえるのが不思議だ。
「第一皇子殿下の仰る通り、僕の最大の幸福はカルロッタに会えたことだと思っております。ですが改めて、心に刻んでおきます」
そしてもちろん、テリウスはそれを褒め言葉と受け取る。
ふんぞり返っているのが可愛いな、と思いつつ、カルロッタはレナーシャに視線を向けた。
「ルコラ嬢も、こうしてお目にかかれて光栄です」
「そ、そんな。北部辺境の英雄様にお会いできて、わたくしこそ嬉しいです! どうぞ仲良くしてくださいませ!」
(お? これはもしかして……向こうも、その気だったみたいだな)
でないと、こんな言い方はしないだろう。
レナーシャは確かに心根の優しい令嬢ではあるが、それは決して愚かという意味ではなく――貴族令嬢らしい、しなやかさと頭の回転の速さも持ち合わせていたから。
(ならこちらも、それに答えてあげなくては)
そう思ったカルロッタは、笑顔で頷く。
「ではルコラ嬢さえよろしければ、後日お茶でもいかがでしょうか」
「もちろんです」
「なら、こちらからまた連絡させていただけたらと思います」
よし。これで、当初の目的である『レナーシャと次回の約束を取り付けること』は無事に達成した。
なので後は消化試合のようなものだ。
それもあり、先ほどミルフィアに絡まれたことなどすっかり忘れ去ったカルロッタは、楽しく宮廷パーティーを終えたのだ。




