12.現在:最強女辺境伯、紆余曲折の末、目的の人物に出会う
皇帝と皇后の入場。
それに合わせて皆が頭を下げる。カルロッタとテリウスもそれにならい、頭を下げた。
それから皇帝と皇后が、会場奥の玉座に腰掛けたところで、声がかかる。
「面を上げ、楽にせよ」
皇帝――ヴェルゼウスの言葉により、貴族たちが顔を上げる。
カルロッタは、表面上はなんて事はない顔をしたものの、内心玉座に座る男に対して、嫌悪感を抱いていた。
(この男が、テリウスの不幸の始まり。そして、小説におけるすべての元凶である皇帝か)
以前見かけたのは、確かカルロッタの社交界デビュー辺りなので、七年くらい前か。
会う機会がなければ、皇帝に対しての認識など、貴族であってもこれくらいなものである。
が、その当時から、カルロッタはヴェルゼウスに対して忌避感を覚えていた。
というのもこの男、明らかに争い合う人々を見ることを楽しんでいるからだ。
性質が悪性寄り、とでも言えばいいだろうか。自身が最も高みに座り、下々の者を見下ろしている、という意識が強いと感じる。
そもそもの後継者争いだって、この男がいらないことを言わなければ殺伐としたものにはなっていない。
そしてテリウスが攫われた際、犯人がその罪をレッサリウムに押し付けようとしたのも含めて傍観していたのも、皇族の後継者争いにレッサリウム辺境伯を巻き込んだほうが都合が良かったからだろう。
(レッサリウムが今まで、皇帝に対して反抗の意思を見せたことはない。が、増えていく富と独自の武力を持ち合わせているのは、彼にとって見過ごせない部分だろうからな)
だから六年前、カルロッタは皇帝がテリウスとの婚約を拒否しないと断言したのである。
現に、皇帝は拒否しないどころか、かなり乗り気だった。あのときのねばついた笑みを思い出すと、今でもぞわりとする。
とは言ったものの、カルロッタの本日の目的はそちらではない。
(皇后陛下がいらしているからには、あの二人も参加しているはずなのだが……人が多いから、意外と見つけられないな)
なんて思いながらも、皇帝の挨拶を聞き終え、再び目的の人探しをしていたときだ。
「レッサリウム卿? アタクシへの挨拶がまだなんじゃありませんの?」
第二皇妃、ミルフィアが何故か向こうから喧嘩を売りにきた。
カルロッタは心の中で冷めた目を向ける。
(なぁにが挨拶だ、そんな関係じゃないだろうが……)
それに、ペアを組んでいるからにはテリウスもセットだ。そして彼のほうが位が高いのにそれを無視するとは、明らかに喧嘩を売っているのが分かる。
とは思ったものの、周囲の貴族たちの興味が明らかにこちらに注がれていた。見せ物じゃないんだぞ、と思うが、致し方あるまい。
ちらりとテリウスのほうも見たが、笑顔を装ってはいるものの、ものすごく機嫌が悪かった。降格がいつもより上がっていないし、組んでいた腕の筋肉が強張ったからだ。
それはそうだ。自分を虐めていた女になど、会いたくもあるまい。
(かといって、仲良くするのもな……)
互いの家の関係もあるが、ここで下手に仲良くしているふうに見せると、カルロッタの本来の目的を達成できなくなる可能性が出てくる。それは本意ではない。
そのため、彼女は笑みを浮かべながらも、胸に手を当てて腰を折るだけにとどめた。
「これはこれは、ご機嫌麗しく、第二皇妃殿下。ただ申し訳ありません、我々は気軽に語り合うような深い仲ではなかったかと……」
「な……っ」
ミルフィアが何故か扇子で口元を覆いながらも震え始めたが、何に対しての怒りなのかさっぱり分からない。
すると、どうやら彼女の変なスイッチが入ってしまったらしい。ねちねちとこちらにいちゃもんをつけ始める。
「なら言わせていただきますけれど、その格好ははしたないのではありませんこと!?」
「はて? そうでしょうか。私はとても気に入っておりますが」
「はぁ!?」
「なにせ、このドレスは、私に似合うものを、と考えてくれた婚約者からの、とっておきの贈り物ですから」
ミルフィアはさらに怒り狂い、顔を赤くしているが、まごうことなき事実である。
「愛する人からの心のこもった贈り物を身にまとっている私が、美しくないわけがありません。そうではありませんか?」
「カルロッタ……」
テリウスが感激したと言わんばかりに瞳をキラキラさせているのが、なんとも言えず可愛らしい。はっきり言って良かったと思う。
そんなテリウスにぱちんと片目をつむり、完全に二人だけの世界に入っていることを見せつけたカルロッタ。
(分かったなら、さっさとどこかへ行ってくれ)
そんな思いを込めて、笑みを浮かべたのだが。
「……〜〜〜っ!!! ア、アタクシのほうが、あなたに似合うドレスを選べましてよ!?」
(………………は? いきなり何を言い始めたんだ、この人は)
なんだか、話がおかしなほうへ向かい始めた。
そしてテリウスも、それに対してはスルーできなかったらしい。
「へえ? 僕よりも彼女の魅力を知っていると? あの、サリス侯爵家の第二皇妃殿下が??」
(あーあ……完全にスイッチが入ってしまっている)
テリウスは、自分のことに関しては一定の我慢が効くが、カルロッタのこととなると沸点が驚くほど低くなる。今回はそれに触れてしまったらしい。
それだけでももう、お腹いっぱいだというのに。
「母上? そのように下賎な者たちと話をするなんて、どうされたのですか?」
(なんて間が悪い……)
第二皇子、リックまでやってきてしまった。
銀髪紫目、と皇帝とテリウスと同じ色なのに、こうも印象が変わるのか、と感心してしまうくらい、生意気かつ傲慢な性格が顔に出ている。
カルロッタは、色々な意味でため息を漏らしそうになり、グッと堪える。
(呼んでもないのにぞろぞろと……なんなんだこいつらは)
しかも、公衆の面前だというのにこの発言である。明日には、貴族たちの中で「第二皇子が第三皇子に喧嘩を売った」という話が広まることだろう。
(いや、まあそれはいいか)
元から、仲良くするつもりはない。
それは、リックが放蕩息子で、皇子としての責務を果たさず、女遊びばかりしている男だというのもあるが……小説を読んだカルロッタは知っている。リックが、とんでもない秘密を抱えているというのとを。
その秘密を知っているのはミルフィアだけなので、リックは知らないのだが……それはリックの今の立場を一変させるほどのものなのだ。
それを使って、カルロッタが彼らを糾弾しない理由は三つ。
一つ目。証拠集めをするのが面倒だから。
二つ目。たとえ関係者であったとしても、下手に皇族問題に口出しをすると皇帝の逆鱗に触れる可能性があるから。
三つ目。皇帝が知っていてあえて黙っていることだから。
ならなぜ、皇帝がそれを黙認しているのか。それは小説で明かされなかったゆえに知らないが、彼の性格を考えるに、利用価値があると踏んだからでは無いだろうか。
が、その利用価値というのも、サリス侯爵家を皇族の後継者争いに巻き込み、いざというときにそれを理由に弱みを握るための方法でしかない。
つまり、二人の立場が失墜することが確定しているのである。
だからはなっから彼らは、テリウスの障害にはならない。
(だからといって、テリウスにしてきたことを許すつもりもないが)
向こうが喧嘩を売ってくるなら、容赦なく倍返しにするつもりだ。売られた喧嘩は買う主義なので。
だというのにいらぬ火種を振り撒いてくるとは、いい度胸である。
「下賤、ですか……第二皇子殿下は、随分と場をわきまえぬ愚かな発言をなさるのですね。周りに嗜めてくださる方がいらっしゃらなかったのでしょうか」
「何っ!?」
「だってそうでしょう? 私ならば、そのような世迷言を叩けないよう、性根を叩き直しているところですよ」
カルロッタが、わずかな殺気と共にスッと拳を握り締め軽く脅かしてみせると、リックスがびくりと肩を振るわせる。明らかに怯えている。
(この程度で震え上がるとは。やはり口先だけの小心者だな。テリウスと比べるまでもない)
まあ、もし部下がこのようなことを言ってきたら、その時点で二度と同じことが言えないよう根絶丁寧に教育するので、脅しでもなんでもないのだが。
そう思っていたら。
「彼のような人にカルロッタが心を砕いてやること自体、無駄だよ」
「ハッ!?」
「そんなことに時間をかけるくらいなら、僕のために時間を使って欲しいな」
今日はまた一段と、毒舌が輝いているなぁと、カルロッタはほのぼのした。
(まあテリウスは、そんなところも可愛いんだけどな!)
「大丈夫だ、テリウス。言われなくとも、君のために一番時間を割いているし、これからもそれは変わらないよ」
「あ、あなたたち……こんな場所でなんてこと……!」
「なら、こんな場所でこのようなやりとりをする羽目になったのは、いったい誰のせいでしょうか? 第二皇妃殿下」
それよりもカルロッタが気になっているのは、このままだと今日の目的を果たさないかもしれない、ということである。
それもあり、げんなりとしていたのだが。
「――第二皇妃殿下、第二皇子殿下。お二人は、このような場所で何をしていらっしゃるのだろうか?」
新手の介入により、カルロッタの気分はぐいんと上向いた。
というのも、その新手というのが銀髪紫目の美青年と、金髪碧眼の美少女だったからだ。
(……現皇族の中で、成人している男児は三名。テリウスとリック、最後は……第一皇子、シルベスティ)
そしてシルベスティのそばにいるのは、彼の婚約者であり――『悪の花と共に眠る』という小説のヒロイン、レナーシャだろう。
表紙を飾っていた二人が現れたのを見て、カルロッタは改めて、自身が本当に小説の中と同じ世界に入り込んでしまったのを実感したのだ。




