11.現在:最強女辺境伯、宮廷パーティーに参加する
宮廷パーティー。
季節の節目節目で開かれ、普段から華やかなことで有名なものではあるが、今夏のパーティーはいつも以上に賑わっていた。
なぜ賑わっているのか。それは、ほぼすべての貴族たちが参加していることにある。
貴族といえど、忙しいタイミングは人それぞれ。そのため、一堂に会する時というのは意外と少ないのだ。特に高位貴族たちは領地に引きこもり、こういった大きなパーティーを欠席することも多かった。
そんな貴族たちが、どうして集まったのか。
その表立っての理由は、貴族会議が開かれるからだ。
しかしその貴族会議が開かれる一番の理由がなんなのか、情報に詳しい貴族たちは知っている。
――第三皇子と、その婚約者であるレッサリウム女辺境伯が、皇都にやってきたからだ。
なんでも、第三皇子が成人を迎えたらしい。つまり、社交界デビューというわけだ。
「第三皇子は、平民のメイドとの間に生まれた子よね。なんでも今まで、レッサリウム領で保護されていたとか」
「そのレッサリウム卿と言えば、まだ三十にもなっていない、年若い娘なのだろう? 国境であり魔鉱山を預かる領主として、やっていけるのか?」
「あら、そう言いますけれど、彼女に代替わりしてから名産品となった『レッサリウム刺繍』は、それはそれは精巧でしてよ?」
「それに当主の座についてから六年も経つが、レッサリウム領が魔物のせいで壊滅的な被害を負っているなんていうお話は聞かないしな」
「ああ。それに、第三皇子を宮廷で見かけたことがあるが、皇族らしい品格と美しさを持っていたぞ。あの皇帝陛下もお会いしたと聞いたし、期待はされているのではないか?」
貴族たちからの評価は大体、こんな感じだろうか。
いい話も悪い話もあるが、貴族たちが気にしていることはただ一つ。
――彼らの登場によって、社交界、ひいては宮廷内の勢力図はどのように変わるのか? である。
事実、レッサリウム辺境伯家は独自の武力をもって国境を守り、魔鉱山と魔物討伐のおかげで膨大な財を築き上げる、この国随一の大金持ちである。
その気になれば簡単に国内情勢をひっくり返せるだけのものが、彼らにはあるのだ。
今まで嫉妬や羨望の目は向けられてきたものの、しかし上昇志向だけはなかったため、これまで社交界では問題になってこなかった。
だがそんなレッサリウム辺境伯家の当主が、なんと第三皇子を婚約者としたのである。
当時、この情報を聞いた貴族たちは、何事かと思った。同時に、なぜレッサリウムがそのようなことをしたのかを推測し、様々な噂話をしたものである。
が、レッサリウムはそれから六年間、表立った舞台に立たなかった。だから貴族たちは、そのことをすっかり忘れていたのだが。
そんな彼らが、ここにきてようやく宮廷に舞い戻ったのである。噂をするなというほうが無理だろう。
なのでこの場にいる大半の貴族たちの目的は、そんな二人に会い、どんな行動を取るのか決めること、だった。
「第三皇子殿下、および、レッサリウム卿、ご入場!」
そう期待していたとき、扉の前にいた衛兵が高らかに声を上げる。
一気に、入口に視線が集まった。
――そうして現れたのは、二人の美男美女だった。
美男子のほうは、銀髪に紫色という、皇族の証を持った青年だ。赤の差し色に、限りなく黒に近いネイビーの礼服を身にまとっている。何より要所要所に使われているのはバラを模ったレッサリウム刺繍だ。一目見て、あの人気服飾店『カフィスリフィス』が仕立てたものだと分かる。
成人したばかりだというのに落ち着いていて、かつ品が良い。
「放蕩者と言われている第二皇子殿下とは、大違いだな」
「功績さえあれば、次期後継者として有力候補になりうるんじゃないか?」
「けれど、平民の息子だし……」
なんて小声でやりとりをする貴族たちが出てくる。それは主に、男性貴族たちだった。
一方で、女性たちの視線を一目で奪ったのは、黒髪に赤い瞳をした美女のほうだった。
「見て。あんなドレス、見たことがないわ……」
そう。青年と揃いの、赤にネイビーの差し色を入れた礼服だが、なんとパンツスタイルだったのだ。
しかし後ろから見るとまるでドレスのような特殊なスタイルで、裾にはバラを模ったレッサリウム刺繍がこれでもかと使われている。
要所要所に使われているレースもバラで、細かな意匠が美しい。西部のピペロ領の名産品として有名な『ピペロレース』だろう。手編みでしか作れないとされているため、かなり値段が張ることを貴婦人たちは知っている。
レッサリウム刺繍だけでも高価なのに、そこにピペロレースが使われているとなると、一体総額でどれくらいのドレスなのだろうか。
好奇心と恐怖が、彼女たちの胸を支配する。
その上で、それを着こなすレッサリウム卿の堂々たる振る舞いと、格好良さと美しさが両立したようなスタイル。それが、貴婦人たちの視線を釘付けにしたのだ。
「あんなの、ドレスって言えるの? はしたない……」
「そう? わたくしは好きですわ。レッサリウム卿雰囲気に合っておりますし、何よりあのお方は武人ですもの」
評価は、こんな形で大きく二つに分かれていた。
ただ言えることは、一つ。
『この二人の存在は確実に、社交界に影響を与える!』
貴族たちがそう、確信したことである――
一方のカルロッタはというと。
(おおむね、予想通りの反応だな)
登場と同時に、貴族たちが口々に言い合う声を聞きながらも、とても冷静だった。
そりゃそうだ。この世界において、女性はドレスを身にまとうもの。そんなところで、こんな大胆なパンツスタイルのドレスを着てきたのだから、これくらいの非難は予想していた。
が、本人としてはそんなものどうでもよかった。
(だってこのドレスは、他ならぬテリウスが私のためにデザインしてくれたものなんだからな!)
カルロッタは普段から、騎士服といったパンツスタイルを好んでいる。それは単純にそのほうが動きやすいし、自分の好きだからというのもあるが、一番の理由は魔物に遭遇したとき、そのほうが有利だからだ。
何より、レッサリウムという場所の領主としての威厳を出すなら、パンツスタイルのほうが都合が良いのだ。
しかし、ドレスへの憧れがないわけじゃない。
『動きやすいドレスがあればいいんだがな』
ぽろりとこぼした本音を否定するでもなく、テリウスはこう言った。
『なら僕が、カルロッタに似合う、動きやすいドレスを作るよ』
――そうしてできたのが、この前から見るとパンツスタイルだが、後ろから見るとヒップラインが高いドレスのように見える礼服、というわけだ。
(スタイルが洗練されているし、美しさと動きやすさが両立されている。何より、テリウスが私のために作ってくれたのが嬉しい!!!)
それを宮廷パーティーでお目見えしたのは、社交界に一大旋風を巻き起こしてやろうと思ったからだ。
上手くいけば『カフィスリフィス』の名前がより広まり、売上によってテリウスの懐が潤うし、上手くいかなかったとしても、六年ぶりに社交界に顔を出した女辺境伯の存在を貴族たちに印象付ける後押しにはなっただろう。
(そう、注目するなら私に注目するといい。それを隠れ蓑にして、社交界におけるテリウスの立場を確立させる)
まあカルロッタがいなくとも、なんだかんだ大丈夫そうだが。
そう思ったのは、テリウスのことを既に知っている貴族がいたことだ。
「ご無沙汰しております、第三皇子殿下」
「やあ、久しぶりだね。お会いできて嬉しいよ」
どうやら、宮廷で暮らすと言ったのは、このためでもあったらしい。
(私がいなくとも、自分のためにここまで行動できるとは……私が必要なくなる日も近いかもしれないな)
元々、保護者としての役割だった。そこを婚約者としたのは、それが一番手っ取り早かったからだ。
しかしいつでも身を引く覚悟はできていた。カルロッタとしては気にしないが、女が年上というのは、貴族たちの間ではあまり見ないからだ。
(まぁそれでも、私がテリウスの味方であることに変わりはないが)
なんて思いながらも会場を回り、挨拶をしていると――
「静粛に! 皇帝陛下、並びに、皇后陛下のご入場です!」
衛兵が高らかに告げる声が響いた。




