10.現在:それぞれの危惧、それぞれの想い
あれから六年。
テリウスは、カルロッタや仲間たちの助けと、度重なる自己修練の末にその力を完全にものにした。
言葉にすれば一言で済むが、その過程がとても苦痛で満ちたものだったことは言うまでもない。
なんせ、その力の使い方を知る者は味方にいないのだ。文字通り、手探りで何もかも進めるしかなかった。
(そばにいながら、私が魔法を使う際のイメージを伝えることしかできなかったのは、歯がゆい思い出だな)
思わず苦笑する。事実、カルロッタができたことといえば、できる限りそばに付き添ったことと、「私はずっとテリウスの味方だ」と言い続けたことだけだ。彼は彼自身で、自分の力をものにしたのだから。
しかし依然、彼の特異な魔力――紫色の独特の魔力を持つところを見るに、おそらく皇族由来の力――の正体は、掴めていない。それが、カルロッタにとって一番の不確定要素だった。
こんなことをふと思ってしまったのは、一通りの準備をすべて済ませ、いよいよ明日、テリウスが社交界デビューを行なう日だからだろうか。
タウンハウスの寝室で夜空を見上げながら、カルロッタはため息をこぼした。
「ある程度の未来を知っていたとしても、謎ばかりだったら大して役に立たないな……」
小説でも、テリウスの固有魔法は『植物を操る力』で、闇落ち後に『魔物を操る力』に変質するということしか書かれていなかった。
だからカルロッタは、彼に本来の固有魔法を扱えるよう誘導したのである。
しかし、それすら間違いだったとしたら?
テリウスがラスボスにならないためには、固有魔法そのものを扱わせるべきではなかったのでは?
色々な思いが浮かんでは夜風に消えていく。
だがカルロッタは、すぐに首を横に振り、自身の陰鬱とした考えを振り払った。
(こんなこと、考えても仕方ない)
そう。できることは既にやったし、テリウスが歩んできた過程は変わっているのだ。それに、彼の立場で力を持たないままでいるなんていうこと、できるはずがない。なんであれ、自衛手段は必要なのだから。
それに、いくら準備したって魔物や自然災害では太刀打ちができないのを、カルロッタはよく知っている。そういうときにどうするのかといえば、都度都度対処していくしかないのだ。
何より、今一番の課題は、『テリウスの社交界での立場をどう確立させるか』だった。
あの皇帝のことだ、たとえテリウスが皇位継承権を放棄すると公言したとしても、安心できない。なら、テリウスが困らない程度の地位を確立しておくほうがいい。
「それに困ったとき、だいたいのことは拳で解決できるしな!」
それだけの腕っ節はあると自負しているし、むしろこのために鍛えたと言っても過言ではない。
なのでこれ以上の心配は、自身の心を蝕む毒にしかならない。潔く思考を中断して、もう寝たほうが良い。
そう判断したカルロッタは、大きく伸びをして、ベッドへと戻っていったのだ。
*****
その一方で。
テリウスは、自身の研究所として使っている、タウンハウスの温室で、彼の最も忠実な僕であるネヴァールと話をしていた。
「それで? 情報はどれくらい集まった?」
「テリウス様がお求めの情報は、あらかた」
「そう」
テリウスがネヴァールを信用しているのは、彼が腹心だからではない。
――彼が、テリウスの魔力によって知能を得て、その末に人化の力を身につけた、彼の使い魔だからだ。
それは、偶然の産物だった。
というのも、テリウスが傷を負ったカラスに魔力を注いで自己治癒能力を上げ、怪我を治療したことが始まりだったからだ。
元々、魔力の豊富な地で育った知能が高い鳥だからだろうか。テリウスの魔力を受けたカラスは、数日して話せるようになった。
初めのうちは驚き、どうしたらいいのか悩んだテリウスだったが、すぐに気づいた。
彼らを使い魔として使役し、助力を求めることの利点に。
(それに正直、人と関わりを持って雇うよりも、僕としては楽だし信頼できる)
テリウスはいまだに、人というものを信用していない。カルロッタや彼女の周囲にいる人間は例外だが、新しく関係を築くのは苦手なままだを
しかし、動物たちはどうだろう。愛情を注げば注いだ分だけ愛情を返してくれるし、よっぽどのことがない限り裏切らない。
ネヴァールもそうだった。名前をつけてあげただけで喜び、餌やブラッシングなど愛をもって接すれば、その分だけ何かしようとしてくれた。
テリウスにとってそれは、とても心地の良い関係だった。
彼のおかげで魔物の奇襲に気づけたことだって、一度や二度ではない。
それから様々な動物で検証をしてみたが、言葉を話せるようになったのは動物たちの中でも知能が高い群れの長とされるモノだけだった。
――そして、ネヴァールのように人の形を取れるようになったのも、彼らだけだ。
そしてテリウスは、彼らを使い、自分だけの忠実な部隊を作ることに成功したのだ。
ネヴァールはその中でも、諜報担当の隊長だ。
ネヴァールがまとめた資料を読みながら、テリウスは感慨に耽る。
(まさか、六年でここまで知能も能力も発達するとは思わなかったな)
文字や言葉、礼儀作法といった基本的なものを教えたのはテリウスだったが、それをあっという間に吸収して身につけてしまったのはひとえに、ネヴァールの能力の高さが起因している。というのも、他の使い魔たちは、彼と比べて本能的な行動をしがちだからだ。
彼に人ごみに紛れての諜報活動を任せているのだって、それが理由だし。
一通り資料に目を通し終えたテリウスは、ネヴァールに向かって微笑んだ。
「よくやったね、ネヴァール。相変わらず見やすくて助かるよ」
「いえ……主君のためですから」
なんて言いつつ、ちらちらとこちらを窺い見ているのを見て、テリウスはぷっと噴き出した。
「そんな、遠慮しないでよ。人形でいるの、つらくない? もう戻ってもいいよ」
「……では……」
そう言うと、ネヴァールはぽんっと軽い音を立てて、元のカラスの姿に戻る。そして、ごくごく自然な流れで、テリウスの膝の上にひらりと降り立った。
そんなネヴァールの頭を優しく撫でれば、ネヴァールは嬉しそうに目を細める。
(他の子たちもそうだけど、この辺りは猫や犬というほど変わらないんだよなぁ……)
テリウスが使役しているのは、カラス以外だとオオカミや雪ヒョウといった大型の生物なので、犬や猫よりも体格が大きく、意図せず爪や牙で怪我をする可能性はあるので、その点、注意は必要なのだが。
どちらにしても、彼にとっては大切な仲間であり、同志だ。
(宮廷の情報や、手に入りにくかった貴族会議に参加する貴族たちの情報も手に入ったから、準備は十分)
テリウスははなっから、社交界デビューなど眼中になかった。皇位継承争いよりも、カルロッタと一緒にいられることの方が大事だからだ。
ただその上で邪魔をする者がいるのであれば、容赦なく潰すつもりだ。
たとえば、そう――第二皇妃だとか。
「明日が楽しみだね」
そう呟きながら。
テリウスはネヴァールを労うべく、彼の頭や体を撫で続けたのだった。




