強くなりなさい
扉を出た途端、ユノはその場に座り込んだ。
……いや。
崩れ落ちた、と言った方が正確だろう。
胸に手を当て、呼吸を整えている。
いつもは飄々としていて、それでいて凛としているユノ。
そんなユノの今の姿を前に、僕は、どうしていいか分からなかった。
「……悪い」
絞り出すような声だった。
何に対しての謝罪なのか、分からない。
こういう時、どうするのが正解なんだろう。
分からないまま、僕はユノの震える手を握った。
……酷く、冷たい。
両手で包むようにして、温める。
しばらく、そうしていて――
ようやく、ユノの呼吸が落ち着いた。
「……ありがとう、もう、大丈夫だから」
そう言って、よろめきながら立ち上がる。
顔色は、まだどこか青かった。
「ユノでも、怖いものあるんだね」
我ながら、考えなしの言葉だったと思う。
「お前……俺を、なんだと思ってるんだよ」
少し呆れたように言って、ユノは、ほんの少しだけ、いつもの調子を取り戻す。
「……ほんとにな、しばらく忘れてた……」
そう前置きしてから、ユノは、ぽつりぽつりと語り始めた。
初めて魔物と対峙した日のこと。
村が襲われた日のこと。
一緒にいた猟師の老人に、間一髪で助けられたこと。
「あの時さ」
ガシガシと頭を掻きながら、
つぶやくように言う。
「怖くて、泣いてたんだよ
……今も、変わんねーな、あの、ジジイ見たら思い出しちまった……。
カッコ悪いとこ、見せちゃったな」
バツが悪そうに笑うユノを見て、僕は思った。
きっと――
ユノだからこそ、オイレさんを怖いと感じたんだ。
だって、僕には、どれも同じにしか感じられない。
最初に戦った角兎も。
変種の小鬼も。
洞窟狼も。
全部、だいたい怖かった。
何だったら泣きながら森の中を彷徨ってたくらいだし。
だから。
怖さの違いが分かるユノは、すごい。
だから、格好悪くなんかない。
むしろ――
格好いい。
そう言うと、ユノは、呆れたように笑った。
「……それ、褒めてんのか?」
***
リビングに戻ると、リシアはまだ、お菓子をつまみながら、紅茶を飲んでいた。
メイドが、まるで専属の給仕のように、甲斐甲斐しく世話をしている。
「リシア。ずっと、食べてたの?」
僕が聞くと――
「いえ」
即答する。
そして、少し考えるようにしてから、
「……食べるだけでなく、紅茶も、いただいております」
と、付け足した。
僕とユノは、思わず顔を見合わせる。
……なんだろう。
一気に、張り詰めていた糸がほどけた気がした。
リシアは、いつものように上品な仕草で口を拭くと、
「ユウ。
ユノア様も、いかがですか?」
と、尋ねてくる。
なんだろう、もう、この屋敷の主みたいだ。
僕は、お菓子を一つと、紅茶を少し。
ユノは、「甘いもんは、あんまりな」と言って断り、代わりに葡萄酒をもらっていた。
一気に、あおる。
そんなユノを、リシアは、じっと見ている。
その視線に気づいて、
「……なんだよ、リシア?」
ユノが首を傾げると。
リシアは、新しく淹れてもらった紅茶を口に運び――
そして、言った。
「ユノア様」
静かに。
「強くなりなさいませ
……あの程度のものに、怯えてもらっていては
リシアが、困ります」
酷く冷たい声だった。




