懐かしい声
また、ここにきてヴォルフさんか。
そういえば、絵本の話も聞きそびれたままだ。
こんなに長くアウターヴェルに留まると思っていなかったから、護衛任務が終われば聞けばいい、そんなふうに思っていた。
結果として、また彼に聞くことが増えてしまった。
「この薬ってさ、ヴォルフさんが作ったってことかな?」
カイルの言葉に、僕たちは顔を見合わせた。
はっきり言って、怪しい男ではある。
が、彼にこんな大がかりなことができるだろうか?
何かしら絡んでいるのは間違いない。
この街に僕らを差し向けたのも彼だ。
だが、自分の作った薬を僕たちに見つけさせて、
ヴォルフさんに何の得がある?
自分は悪いことをしています、とアピールしたところで意味がない。
……まあ、あの人ならやりかねないし、
ついうっかり、という可能性もゼロではない。
それでも、ヴォルフさんが薬を作り、マダム・シュランゲを使ってばらまいている、という構図は、なんというか、考えにくかった。
逆に。
マダム・シュランゲに弱みを握られて、薬を作らされている、というなら、なんとなく分かる。
それで、助けを求めて僕たちをこの街に送り込んだ?
どちらにせよ――
「どうしよう。一度、アルト=ローレンに戻って、
ヴォルフさんに直接確認した方がいいかな?」
僕らがそう相談し始めた、その時だった。
コンコン、と窓を叩く音がする。
……窓?
ここは二階のはずだ。
窓のほうを見ると、青い鳥が、こちらを向いて窓を叩いていた。
小鳥と言うには少し大きいが、かといって、それほど大きくもない。
目の上には、長い羽飾りのような羽毛がある。
「ミルヴァだな」
「ミルヴァ?」
ユノが言い、僕が聞き返すと、「前に言ってた、伝書の魔鳥だよ」
と答えながら、窓を開けた。
鳥――ミルヴァは室内に入ると、何度か小さく旋回し、それからテーブルの上に、行儀よく降り立った。
足に、何かが結ばれている。
僕が手を伸ばしても、ミルヴァは身じろぎ一つしない。
括り付けられていた包みを解くと、中には手紙と――
ブレスレットのようなものが入っていた。
それは、リサからのものだった。
手紙には、短くこう書かれている。
「ブレスレットに魔素を流して、話しかけて」
それだけだった。
書かれている通り、魔素を流し込むと、
ハウリング……というか、キーンとした音と、砂嵐みたいなノイズがブレスレットから流れ出した。
何と話しかけていいか分からず、
「は、はろー……はろー……」
と、意味のないことを口にする。
ザザッ!
という音のあと、
『……な、に、なめてんの!?』
聞き慣れた声が返ってきた。
少し聞き取りづらいけど、間違いなくリサだ。
『だ、か、ら……ダイヤル回して、ちょ……っと調節しなさい!』
何を言っているのか分からず、リシアを見る。
「ダイヤルを調節するのではございませんか?」
確かに、ブレスレットの中央に透明な魔石があり、
それを囲むように、細かい目盛りの刻まれた金属製のダイヤルが付いている。
リシアはブレスレットを手に取ると、
何か力を込めるように、静かにダイヤルを回した。
『……聞こえる!?
久しぶりね!アンタたち、真面目にやってんでしょうね!』
今度は、びっくりするくらいはっきりと、リサの声が聞こえた。
僕はリシアを見る。
今、絶対、何かしたよね?
けれど、リシアは何食わぬ顔で、お茶を傾けている。
***
僕たちは、これまでの経緯を説明した。
エリオくんのこと。
オイレさんのこと。
マダム・シュランゲと、薬のこと。
できるだけ細かく、順を追って。
しばらく、リサから返事はなかった。
……たぶん、考えている。
その沈黙の間、エリオくんは落ち着かない様子で、何度も視線を彷徨わせていた。
「……私、お手洗いに行ってきます」
エリオくんが席を立とうとした、その時だった。
『逃げんじゃないわよ、エリオット!』
まるで見ていたかのように、リサの怒声が飛ぶ。
……というか。
エリオット?
――――
「つまり、エリオくんは……」
『そう。私の弟よ』
リサは、あっさりと言った。
『母様から、最近いなくなったって連絡が来てたわ。
バカ兄貴に続いて、エリオットまで居なくなったって』
正直、どこか似ているとは思っていた。
赤毛や赤茶の瞳、顔立ち。
だからこそ、僕はなるべく考えないようにして、聞かないようにしていた。
でも――
もう、聞かなければならないのだろう。
「じゃあ……エドガーってのは、コイツの兄で、
お前の兄でもあるってわけだな」
僕が口を開くより先に、ユノが少し強い口調で尋ねた。
ユノはもうエリオくんのお兄さんの名前まで把握していたらしい。
エリオくんの肩が、びくりと震える。
『ええ、そうよ』
リサは迷いなく答える。
『その件で、一旦ローレンに戻るつもりで、あんたたちに連絡取ったんだけど……
もう関わってるなら、好都合ね』
「じゃあ……アルト=ローレンで一度落ち合って、
ヴォルフさんに真相を聞くべきかな?」
僕の問いに、
『何言ってんの?』
と、リサは心底呆れた声を出した。
『紅玉楼に突っ込みなさいよ。
物理的に』
……僕たちは、言葉を失った。
いやいやいや。
証拠も何もないのに、そんなことできるわけない。
黙り込む僕たちに、リサは畳みかける。
『ユノ!?
あんた、しばらく見ないうちに、どんだけ腑抜けてんのよ!』
「別に腑抜けてねーよ!
俺は昔から慎重だ!
お前がバカみたいに突っ込むから、付き合ってるだけで!!」
『じゃあ、付き合いなさい!
紅玉楼で確定よ!!』
リサの言い分は、こうだ。
端から、オイレさんに
「行け」
と言われているようなものだ、と。
『その爺さん、オイレって言ったっけ?
ユノがビビるくらいのやつ?』
ユノは何か言いたそうだったが、黙った。
『街のすべてを見通して、ほとんどのことを把握してるその人が、
自分の名前は使わず、匂わせず、
それでいて「何が起きても俺は知らない」なんて言ってる時点でお察しでしょ』
『その上、「その件は俺の問題じゃない」
つまり――あんたたちが好きに処理しろってことよ』
……あれって、そういう意味だったの?
てっきり、
「俺に頼らず解決しろ」
って突き放されたんだと思っていた。
『しかも、そのオイレが、このタイミングで街を離れて、
渡船場で噂になるくらい目立ってる』
『今ですよ、って言ってくれてるようなもんじゃない?
むしろ、行かなかったら、あんたたち――
本当に吊るされるわよ?』
確かに。
オイレさんが、自分の行動を噂になるレベルで不用意にばら撒くとは思えない。
聞き込みをしている僕たちなら、
彼が街を離れたことに、すぐ気づく。
つまり――
あれは、オイレさんからのゴーサインだった、ということか。
もし、こうしてリサと通信が取れていなければ、
僕たちはヴォルフさんに会いに、
アルト=ローレンへ戻っていたかもしれない。
そう考えると、
背中に、ひやりとしたものが走った。
そのまま進んでいれば、シュライバー商会に追われることになっていても、まったく不思議ではなかったのだ。




