瓶の中身
宿に戻ると、カイルとエリオ君が僕たちの帰りを待ってくれていた。
寝ていてくれてよかったのに、と言いたいところだけど、カイルたちだって、ことの経緯は気になるだろう。
彼らは彼らで、昼の聞き込みに精を出してくれていたらしい。
僕は、今晩の出来事を二人に説明した。
「なるほど。俺、行かなくて正解だったかもね」
カイルの第一声は、それだった。
まあ、そうだろうね、と僕も思う。
もちろん、人のことを言えた義理じゃないのは、重々承知しているけれど。
「それにしても、流石ですね。一晩でそこまでの情報を集めて、さらには紅玉楼の女主人にまで会えるなんて」
二人が昼に聞き込みをした際も、紅玉楼の名はしばしば出てきたらしい。
ガラクタばかりのアウターヴァルにあって、宝石のような店。
それが紅玉楼なのだと。
そして、そこにいる美しき女主人――マダム・シュランゲに会うことは難しく、出会えたなら、それだけで大きな幸福だという。
確かに綺麗な人ではあった。
けれど僕は、どちらかというと冷たい印象を受けた。
……まあ、そもそも僕自身が穿った見方をしているせいで、少し悪く見えてしまっているだけかもしれないけれど。
それはさておき。
今回、一番の収穫といえば、これだろう。
僕は、あの狼の小瓶を取り出した。
フォルシェンさんから受け取ったものだ。
カイルたちは、小瓶そのものよりも、名前のほうに反応した。
「フォルシェンさんって……あのフォルシェンさん?」
と、カイルが聞いてくる。
どの“あの”かは分からないが、確か、フォルシェン・デアパウと名乗っていたはずだ。
その名を告げると、カイルは首をひねった。
昼に、マダム・シュランゲの話を教えてくれた人物も、フォルシェンという名を名乗っていたらしい。
もっとも、そちらはフォルシェン・シュバルベと言っていたそうだが。
さらにその人物は、オイレさんが街を離れた、という情報まで教えてくれたという。
オイレさんはあまり船に乗らないため、渡船場では噂になっていたらしい。
……それにしても、フォルシェン。
この辺りでは、よくある名前なのだろうか。
特徴を聞いてみたが、日に焼けた美丈夫だったそうで、僕たちの知る、あの軽薄そうな男とはどうにも一致しない。
もしかしたら、この世界の“ジョン・スミス”みたいなものなのかもしれない。
ともかく。
今はそれどころじゃない。
問題は、まずこの薬だ。
ユノはテーブルに腰を下ろすと、おもむろに小瓶の蓋を開けた。
手で仰いで香りを確かめ、
さらに一滴だけ垂らし、それを指先で舐める。
――いきなり舐めるんだ。
面食らう僕をよそに、ユノはしばらく黙り込み、やがて顔をしかめた。
「ユノ! すぐに吐いて!!」
思わず叫ぶ僕を制して、
「いや、違う」
と、ユノは低く呟く。
そして、小皿に一口ほど注ぐと、それを一気に飲み干した。
これには、カイルもエリオ君も、もちろん僕だって、言葉を失った。
だってフォルシェンさんは、確かに
“ヤバい薬”だと言っていたのだから。
僕たちは、恐る恐るユノの様子を窺う。
ユノが暴れ出したら、たぶん、リシア以外の誰にも止められない。
ユノ自身の身も心配だし、
なにより、エリオ君がいる。
身構える僕たちに、
ユノは、はっきりと言った。
「……ただの水だ」




