第四話
「グォォォォォォッッ!!!!!」
ピィィィィィン
JKが左右のピアスを指先で同時に弾く音を開戦の合図に男は腰より低い姿勢のまま飛び出す。
犬のような四足歩行で接近し、右腕を大きく振りかぶった。
一方、光の粒子を左右の手に集め、アクセを拳銃の形にしたJKはその攻撃に対し、一切の動作を見せない。
「JK!!」
「死ね」
「グ……ぉぉッ……」
咄嗟に叫んだ私の声よりも早く、彼女は反撃を行った。
反身で奴の拳をかわすと、すれ違いざまに膝蹴りを叩き込んでいる。
くの字に折れ曲がった体に、上から肘打ち。
更には、苦しんでいるところに回し蹴りをぶち当て吹き飛ばした。
「す……凄い」
QAの時とはまた違った凄みを感じる。
なんというか……そう、動きが淡白なんだ。
さっきの大暴れとは違う……相手が仕掛けてくる攻撃に対し、最小かつ最大効率の攻撃を返す。
淡々と処理していく感じだ。見ているこっちが少し怖く感じてしまう程、冷たい。
「……JK?」
「誰だお前?」
「……え?」
「矮小な生物め。殺されたいみたいだな」
彼女の瞳は真っ黒に染まっていた。深い闇の色。
まるで、私の事も忘れてしまったような物言い。
冗談だと思った……けど、本気だ。
肌にビリビリと伝わってくる。彼女の殺意が。
これだ。こういう意味だったんだ。逃げろっていうのは。
「は、晴海だよ? 超絶美少女の晴海ちゃん! お、覚えてないの……?」
「ミジンコは全部同じに見えるだろ。わざわざ名前なんて、覚えているわけがない」
「ひど!?」
「が、ミジンコであろうと関係ない。私は目に映る異端者を殺す。それだけ」
「い、異端者!? ちょ、まままま!」
私のもとに歩み寄るJKは、強烈な威圧感を放っていた。
逃げなきゃ……そう思ったが、足が震えて動かない。
「くっそぉ!! マスター!!」
「……」
「あぁもう、役立たず! こんな時に気絶してるし!」
銃口が私に向く。
最愛の人に殺されるのであれば本望だが、最愛の人になれてない状態では、死んでも死にきれない。
やだ! 私、やだ!
「うぉぉぉぉ!!」
「また来世でな。ナルシ────ッ!?」
引き金に指が掛かかり発砲されようとした時、吹き飛んだ男が態勢を立て直し再びJKへと襲いかかった。
私に気が反れていたせいか、腹部にきつい一撃が突き刺さる。
「こ、の……!!」
「グォォォオ゛ッ!!」
彼女の殺意は私から男へと移行した。
腹を抱えたままバックステップし、大きく距離を取る。
追撃はしない……お互いにダメージは大きいようだ。
「……わかった。お前から殺す……ッ」
口の隅からは血が滴り、内臓が負傷した事を告げている。
そして、JKの言葉は威圧的で、殺意が籠っている。
だが……怒りはまるで感じられない。無感情のまま殺す。殺そうとする。冷徹無情……。
まるで、殺戮の為に生み出された機械を見ているような……不思議な感覚だ。
彼女に対する心労さえ不必要だと思った。思ってしまった。
「これで終わりだ」
「がぁぁぁああああッ!!!」
最後の力を振り絞り、同時に接近する二つの獣。
目の前でぶつかる強大な力と力。
先手は、やはり男の攻撃から始まった。
両拳を合わせ、大きく腕を上げるとハンマーが如くJKの頭部目掛けて振り下ろす。
JKは防御姿勢を取ることは無い。
むしろ逆に、攻撃に向かって半歩踏み出した。
腰を落し小さくなると、懐に潜り込み肩を腹部に接触させる。
ガァンッ!!
刹那、男の体はくの字に折れ曲がった。
血反吐を吐きだし、地から足が離れ、彼女にもたれかかるような姿勢になる。
すると、続けて三度の発砲音が鳴り響いた。衝撃により跳ねる全身。
降り注ぐ血液は、JKを深紅に化粧していく。
接近してからの零距離射撃。
アクセが肉体を強化していなければ、既に彼は肉片となっていただろう。
いや……このまま放っておけば、末路は同じだ!!
「JK、もう勝負はついてるって!! 止めて!!」
ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!!
私の声など耳に入っていないようだ。銃口は無慈悲な音を鳴らし続けている。
気がつけば、男の両手についていた恐竜型のグローブは角の方から少しずつ光の粒子となり、形が崩れていた。
装着者も、アクセも限界……能力を失ってしまえば……。ゾゾゾ。
……よし、覚悟を決めろ。桜晴海。JKを殺人者にするわけにはいかない。
だったらどうすればいい。
止めるしかないだろう。どうやって?
……どうにかして、だ!!
愛に不可能なんてないのだから!
「うぉぉぉ!! JKぇぇ!!!」
「────ッ!?」
私は、JKに向かって全速力で接近するとそのまま体ごとタックルし押し倒した。
避けられるかと思ったが、彼女も満身創痍。
平然な顔をしているけど、体は限界なんだ。
この状態を早く解除してあげないと、自分の体を壊してしまう。
「邪魔をするのか? 覚悟はできているだろうな」
「あぁ! できてるし、できてない! けど、JKの為、私は必死だ!!」
「……な、離せ!」
両手を銃ごと掴みギュッと握り押さえ付ける。
熱い! まるで限界まで加熱された鉄塊を持っているみたいだ。
けれど、離すものか……決して離すものか。
「もうやめよう! 死んじゃうよ!」
「うるさい……邪魔をするな」
「うるさくない! 人殺しになるつもり?」
「私は、もとよりその為に戦っているんだ」
「そうかい……なら、止めるしかないね」
「なに?」
「私が知っているJKは、一週間共に過ごした少女は……到底人を殺せるような女の子じゃない!」
「知った風な口を!」
「知らないから教えてよ! もっと、もっと教えてよ!」
「今言っているだろう。これが真実だ」
「自分を殺しながら、他人を殺す事が真実なら! そんな事、認めない!」
認めるわけにはいかない。彼女が見せた笑顔。私が惚れた女の子。
こんな冷徹無慈悲な姿が、本当の彼女な訳がない。
仮にそうだったとしても、認めない。そんなもの、捻じ曲げてやる。
「だ・か・ら!! JKッ!! いや、私のお姫様!」
幼い頃、母が寝る前に読み聞かせてくれた物語。
毒に犯された姫が森の中で長い長い眠りにつく。
彼女の目を開かせたのは白馬の王子様だった。そう、実例があるのだ。
いわば、今のJKは毒に犯された姫も同然。ならば私が王子となろう。
あいにく白馬はいないが、今度バイクを白く塗るので勘弁してくれ。
「戻って……来いッ!!」
「────ッ!?」
昔絵本に描かれていた王子様のように、彼女の唇に唇を重ね合わせた。
柔らかな感触と、鉄の味。それが、私のファースト・キス。
効果は覿面だったのか、JKの全身からは熱と力が抜けていき、アクセもピアスの形状へ戻った。
もう少しだけ味わっていたかったのだが、何分緊急事態なので唇を離し様子を伺う。
「……JK? 大丈夫、ねぇ? JK!」
閉じた瞳がゆっくりと開き、私の方を見た。
色も元に戻り、殺気が消えている。
いつものJKに戻っている。やったぜ。
彼女は周囲を軽く見渡し、状況を理解したのかニッコリとほほ笑んだ。
「サンキュー晴海、どうやら……危なかったみたいだな」
「もう、これが奥の手?」
「あぁ……アクセ・アーマーに身を委ねると、こうなるんだ。自分の限界を超えれる」
「一生使わないでね」
「いや……しかし、これからアクセを集めるとなると、強敵があ────」
「その時は、私が力になる」
「……だが、お前はただの一般人だろ?」
「それでもなる。今日みたいに一緒に戦う」
「命の保証はできないぞ」
「嫁と心中できるのであれば、この晴海、本望よ」
「……はは、わかった。約束しよう……ところで晴海」
「何?」
「手、痛いんだけど?」
「あ、わわ、ごめん!!」
押さえ付けていた手を慌てて離すと、ゆっくりと体を起こし立ち上がる。
肩をグルっと二回回し、その場で二回跳ねるとピアスを両耳に取りつけ、私に手を差し伸べた。
その手を掴み、引っ張られるようにして立ち上がる。
気がつけば、周辺は静寂に包まれ、今日という日の終わりを告げているようだった。
「よっし……と」
JKはそう呟き、倒れる男のもとへと歩み寄る。
右手を胸に当て心拍を確認すると、私に向かって親指を立てた。
よかった、生きてるみたいだ。ほっ。
「これが、8のアクセか……能力は、恐らく身体強化と破壊衝動の増長かな」
両腕についたブレスレットをとり、じっくりと眺める。
ホント、この状態だと普通のアクセサリーとなんら変わりの無い。
彼女はそれをポケットにしまうと、バイクに跨り手招きをした。
「帰るぞ、晴海。目的は果たした」
「え!? この店はどうするの!?」
「大丈夫大丈夫、慣れっこだって。けど、目を覚ますとうるせぇから、とっととトンズラしようぜ」
「……いいのかなぁ……」
とはいうものの、どうすることもできない私は気絶するマスターを横目にバイクの後ろに跨った。
来た時と同じようにスロットルを回し、急速発進する。
JKの細い腰にギュッと腕をまわしてしがみつきながら、聞いてみた。
「ねぇ……どうして、命を危険に晒してまでアクセ・アーマーを集めるの?」
「……私は過去の記憶が無い。それを取り戻す為さ」
「そんな力がこれにはあるんだね……」
「違う。私が単に、アクセがそろえば記憶が戻ると思っているだけ」
「直感……ってやつ?」
「そうだな。そーいうやつ」
「曖昧」
「不安か?」
「まさか。JKがそういうなら、そうなんでしょ。私は、嫁の願いを叶える為に全力を尽くすだけ、だよ」
「……そうだな」
嫁という単語を否定するかと思ったが。
遂に認めたな、と彼女をからかおうとしたけど、表情から疲労感を感じ取り、これ以上の会話を止めた。
まだまだ聞きたい事は山ほどあったが、今日はこれくらいにしておこう。
あ、でも一つだけ言っておかないといけない事があった。
「JK、あのJKはなに?」
「あのJKか。さあな……簡単に言うと別人格って感じか……いや、少し違うなぁ……なんだろ」
「ハードボイルドモードだね!!」
「はぁ?」
「ハードボイルド! 冷徹・冷酷なJKってこと!」
「……晴海」
「なに?」
「ネーミングセンス無さ過ぎ」
「えー!! いいじゃんいいじゃん!!」
「はは! まぁお前らしくていいか、勝手に呼んでくれ」
彼女の笑い声を聞き、ようやく元の人格に戻ったのだと実感した私は、更に強く抱きしめた。
その力に合わせて、バイクも加速し、誰もいない荒野は二人だけの世界になる。
エンジン音の奏音と、月のライトアップがロマンチックに感じた。




