第二話
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JKの荒っぽい運転に身を委ね一時間が過ぎた頃、第三区に到着した。
私たちが暮らす第四区の隣なのにこんなに時間が掛かるのは、まともに通れる道が少ないからだ。
「ここだ」
まだお昼時だからか、彼女が指さす家屋は到底『BAR』と呼べるところではなかった。
一応電気は付いているみたいだが、ところどころ割れたネオン管に、穴のあいた壁。
まだ我が家の方が立派だ、とさえ思える。
「なんでこんなボロボロなの?」
「毎日喧嘩が絶えないからな、いちいち直しててもキリがないんだよ。ほら、良く見てみろ」
「ん……ぁぁ~なるほどね」
木が砕けてわかりにくかったが、これは弾痕だ。
それに、この赤黒くこびりついたシミは……血痕か。
流石、危険地帯と呼ばれるだけの事はある。
背中がゾゾゾっとしちゃったぜ。
「ビビったか?」
「べ、別にビビってなんかないよ! 武者震いだって!」
「へいへい。ま、中に入ろうぜ」
私はJKの後ろに隠れながら店内へと入った。
両開きの扉を開け、見えたのは更に酷い光景だ。
割れたテーブルにグラスの破片、床には穴が空き、まともな箇所と言えばカウンターだけ。
けど……まるで、何かに守られているように、そこだけは本当に綺麗だった。
銃を使うレベルの喧嘩。いや、殺し合いというべきか。
そんな事が店内で起きれば、流れ弾の一つや二つ飛んできてもおかしくないはずなのだが、並べてあるグラスも酒ビンも、弾痕血痕一切無い。
「よぉ、JK! 珍しいな、こんな時間に」
わが嫁に向かい気さくに手を振る男性が一人。
真っ黒な肌に、真っ黒なスーツを着こなしている。
筋肉質で大柄な体は、手に持つグラスを余計に小さく見せた。
スキンヘッドに濃い髭は、なんとなくだが威厳を感じさせる。
年は……四十手前くらいだろうか。
若くもなければ、老いてもない、といった感じだ。
「よぉ、マスター。久しいな」
「何年振りだ? お前がここに来るのは」
「さぁな、忘れちまったよ。そんな細かい事は」
楽しそうに談笑をするJKと、マスターと呼ばれた男。
その輪の中に入れず、未だ背中の後ろに隠れていた。
べ、別に人見知りってわけじゃないけど……この間襲われたばっかりだし、少し男の人が怖いのだ。
乙女は傷つきやすい。
「はは、変わってないようで安心したよ。ところでJK、一体いつから子守を始めたんだ?」
「ん? あぁ、色々あってな」
「ど、ども……こんにちわ」
恐る恐る顔を出し、大男にペコっと小さく頭を下げる。
「可愛いお譲ちゃんじゃねーか。三区で挨拶できる人間に出会えるとはな」
私が美少女なのは当然だ。
しかし、人間とは愚かな生き物でなかなか思った事を口にできないもの。
このおっさんは、いともたやすく正直な発言をした。
間違いない。いいおっさんだ。
「ですよねー! でも、私は子供じゃないですよ! これでもJKのお嫁さんなんです!」
「はー、JKの……へぇ」
「おい、納得すんじゃねーよ! 私達は同性だろうが」
「いやいや、ジャンクキングダムに同性は結婚できないなんてルール、ないからなぁ」
「流石おっさん、話がわかるね!」
「そうだろ? だが、お譲ちゃん、俺はまだ二十五だ。お兄さんかマスターと呼んでくれ」
なんと、このおっさんはお兄さんだったのか。
ふむ……過酷な環境で生きると、ここまで老化がはやまるんだな。気をつけよう。
「私もお譲さんじゃなくて桜 晴海っていう名前があるんですけど?」
「ははは、これは失礼したな。桜でいいか?」
「うん! よろしくね、マスター」
私たちはがっちり握手を交わした。これで、彼とも友達だ。
そんな姿を見て、JKは呆れたようにため息を吐くと服のポケットから今朝の記事の切り抜きを取りだした。
「嫁かどうかは置いといてだな……マスター、この写真の場所、わかるか?」
「ん……ああ、なるほど」
マスターは、写真一つでJKの要件を全て察したようだ。
「『エンジェルリング』、家の直ぐ近くだよ。というか、もとはここで起きた喧嘩だ」
「────ッ! 本当か!?」
「あぁ、本当だ」
「なら……わかるだろ? どうだった?」
「恐らくお目当ての品だと思うぜ。ナンバーは……」
「8、だろ。痕跡を見ればわかる。それよりも、使用者はどんな奴だった?」
「物静かな奴だったよ。けど。急に暴れ出してな。そのまま三人の男を連れて外で大暴れさ」
「……呑まれてるのかもな」
「その可能性は高い」
「どうして教えてくれなかったんだ? マスター、お前なら知っているだろ。私がアクセ・アーマーを集めているって」
「おいおい、そんな怖い顔すんなよ。この案件に対しては、俺もあまり口を出したくないんだ」
「……狙っているのか?」
「まさか! 店を開けてるだけで、幸せさ。……ただ、情報を持っていると知られれば、危険な目にあうのは間違いない……だろ?」
「確かにな、疑ってすまなかった」
私の目の前で理解できない会話が続いている。
初めて聞いた単語『アクセ・アーマー』……どうやら、JKはそれを集めているようだ。
お仕事っていうのは、アクセの収集か。
なんだ、可愛らしいところもあるじゃないか。男っぽく振舞っていても、根っこは女の子ってことだな。
「いいってことさ。そんな事より、注文は? まさか、これだけ聞いてトンズラってこたぁないよな」
「もちろんさ、いつものを頼む。晴海はどうする?」
「えっと、じゃあJKと同じので!」
「はいよ」
マスターは注文を聞くと、テーブルのしたから冷えたコップを取りだしカウンターに二つ並べた。
そして、冷蔵庫の中からミルクを取りだすと注いでいく。
咄嗟に同じのでって答えちゃったけど、よかった。案外と子供っぽい飲み物だ。
「これなら私も飲めるよ! ユートピアでも、普通にあったし」
「ん? 桜はあっちの出身か。珍しいな」
「そうなんです! 美少女と結婚する為にここまで来ました!」
「はは、あそこは規制が厳しいからなぁ……なら、この飲み方は知らないだろ?」
「……え?」
マスターは冷蔵個から二つの卵を取りだすと、手際良く両手で割り中身を牛乳の中へと入れた。
「ぬぁぁぁ!! なにするんですか!? マスター!!」
「落ちつけ晴海。私が頼んだいつものは、これだ」
「え? でも、牛乳に……え?」
ぷかぷかと浮かぶ黄卵に動揺していると、JKは豪快にグラスを持つと一気に飲み干した。
口をぬぐい「ぷはぁー!」と息を吐くと、こちらに視線を向ける。
「ほれ、次はお前の番だぞ。晴海」
「ぇ……ぇぇ……ちょっと……」
「はっはっは! 温室育ちの譲ちゃんには、ちょっと意地悪なんじゃねーか? JK」
「馬鹿野郎、これくらいできなきゃ、嫁なんて呼ぶのは百年はえーよ」
そんな言葉を吐かれては……ここで飲まなきゃ美少女が廃る。
「────ッうぉ、ゴク、ゴックッ……」
「!?」
「おぉ、やるじゃねーか」
腰に手を当て、ドロドロとした白い液体を飲み干していく。
粘膜質なそれは、喉につっかえ吐き出しそうになるが維持と気合で飲み干した。
ただ……胃の中に入ってもなんだかグルグルする。うぇー。
「いよっし、なら洗礼も済んだ事だし。私は現場を見てくる」
「洗礼って……一緒についていくよ。その、『アクセ・アーマー』っていうのを探しにいくんでしょ?」
「あぁ、だけど危険だからいい。晴海は、ここに来た人間から聞き取りを続けといてくれ」
「危険? 二人で探した方が早くない?」
「戦いになった時、庇いきれる自信が無い。相手の力は未知数だ」
「……戦い? ちょっとJK、さっきから何の話してるの? たかがアクセでしょ?」
「JK、お前まさか……桜に『アクセ・アーマー』の事、教えてないのか?」
「私は頭で教えるより、体に叩き込むタイプなんだよ」
「か……体におしえられちゃうぅぅ!」
そんな、私がJKに教えられちゃうの!?
いや……そりゃ経験無いよ?
けど、もしかして私の方が受けなのか……いや、個人的には責めにしたい。
……我儘を言っている場合ではないか。よし、覚悟を決めた。
甘んじて体で受け止めようじゃないか! 彼女の教えを!
「……おぃ……おぃ……」
「……遂に私も花を散らすときが、待ち望んでいたことではあったがまさか出会って一週間でこんなことに、いや、むしろこの街では普通なのか」
「──おい!!!!」
「ッは!? ……って、あれ?」
「凄い想像力だな……」
マスターの声でハッとし、周囲を見渡すとJKの姿は見えなくなっていた。
な、もしかして……。
「もう行っちまったよ。桜、もう一杯やるか?」
「……そうする」
私は、もう一杯牛乳卵を受け取るとグイっと一気に飲み干しグラスをテーブルに強く。
そうか……JKは私を置いていったのか。そうかそうか、そうか。
「うぅ……マスター、もう一杯」
「譲ちゃん、アルコールは入ってないんだが」
「うぅ……うぅ……」
「寂しいなら話相手になってやるから」
そのままテーブルに突っ伏しながら、マスターの注ぐ牛乳を飲んで行った。
流石、この街BARをしているだけはあって聞き上手。
私の長ッたるい愚痴も、心地の良いタイミングで相槌を打つ。
気がつけば、長い時間が過ぎていた。そして、月が空に浮かび始めた頃──
「……ん? いらっしゃい」
カランと鈴が鳴り隣の席がグッとひかれ、床が擦れる音がした。
顔をカウンターに埋めながら、横目でその人物を見る。
フードで顔を隠しているので人相はわからない、がわかる。
隙間から伸びる銀髪……いや、毛先は緑色に染まってるな。。
それに体全体をローブで隠しているが、ふふ、舐めるなよ。
晴海アイによって分析されたデータによると、上から83、56、75か。
なかなかナイスなボディをしている大人の女性。
「隣、いいかしら」
透き通った声。絶対に美女だと確信した私は「どうぞ」と返した。
「ありがとう。マスター、私はコーヒー牛乳を」
「さっきから……ここは酒を飲む場所なんだが、まぁいい。はいよ」
可愛いものを頼むな。と、思ったが彼女も同類だった。
なんと、コーヒー牛乳に生卵を落し飲み干したのだ。
豪快な飲みっぷり……まるでJKみたい。
「ッ……はぁ、キクなぁ……貴方も飲む?」
「いえ……結構です。さっき牛乳に生卵入れて散々飲んだので……」
「牛乳に……? へぇ、もしかして貴女……」
それを聞くと、席を更に近づけ私の方へ体を寄せた。
フードの影から真っ赤な口紅で塗られた、つややかな唇が目にうつりバッと顔を上げる。
一瞬で視線の自由を奪われてしまった。
「ねぇ……?」
さっきとは違い、少し甘さが残る声。
それは妖艶な雰囲気を醸し出し、落ちついた心を荒立てる。
ゆっくりと伸びてくる右手。褐色の美しく細い手は、私の頬を撫でた。
「な、なななななな」
「そんな緊張しなくても大丈夫よ……さ、おいで……子猫ちゃん」
ちょちょちょちょ、え、なんで、こんな急展開!?
肉薄する唇。
あわわわ、マスターも雰囲気に呑まれて口を出せずにいるし。
こ、こんな大人の階段の昇り方ある!?
「ちょ、ま、待ってください!! 私には愛する人が……!」
「ふふ、ちょっとした火遊びよ。内緒にしていればバレないわよ」
「駄目だって! そんな、顔も知らない人とワンナイトラブなんてぇぇ!」
「顔? きっと気に入ってくれるわよ」
「え……わわわわわ、ちょっとぉぉぉぉぉぉぉおお!!!!」
更に、更に更に近づいてくる。視界は紅に染まっていく。
ぁ、駄目だ。抵抗できない。
まるで吸い込まれるように、魅入られたように体が動かない。
……いや、変だ。
確かに私は美少女とキスがしたい。
この人は顔こそ見えずとも間違いなく美少女だ。
晴海アイと晴海センスがそう告げている。
だが、欲望以上にJKへの愛は確固たるものなのだ。
それなのに……体がピクリとも動かない。
「────ッぁ……ゃ……」
「いただきまーす」
後一寸で唇と唇が触れ合ってしまう。最早これまで……そう思った瞬間だ。




