第十九話
「……そうか、もうJokerは終わりか」
私達の姿を見て、悲観的に呟く脳ミソだけの父。晴海はその声を聞くと立ち上がり、人差し指を向け胸を張った。
「へへーん! どーだ、これが愛だ! ちゅーこそ本物の愛なんだよ! クロちゃんも繋がったって言ってたし!」
……あぁ、答えってそーいうことだったのか。
少し違う気がするけど……それよりも気になることがある。
「晴海、クローバーとキスしたのか?」
「うぇ!? や、や、やや! あれは不可抗力といいますか!」
「し・た・ん・だ・な?」
「……しました……」
「……ッぷ!」
申し訳無さそうに、指と指をつつかせながら俯く晴海の姿を見て、つい吹き出してしまう。口を窄めたまま、彼女は小さく言った。
「な、なによぉ」
「ごめんごめん。いや、わかってはいるんだ。そのQを見れば一目瞭然」
「はぁ!? じゃあなんで怖い顔したの!?」
「可愛い晴海を見ていると、ちょっといじめたくなっちゃって」
「────ッ!? んも?JKの意地悪ぅ?」
「はは、おい、よせよせ。ほっぺを突くなぁ」
「うりうり」
「ぁー! ならこっちも仕返しだ。うりうりー」
互いに頬っぺたを人差し指で突き合う。
まるでマシュマロのようにふんわりとした触感だった。
そんな甘くもったりとした空間に、切れ味のするどい怒声が割り込んでくる。
「儂の前で乳繰り合うんじゃぁない!!!!」
全スピーカーから放たれた金打音は、蕩けた頭を気付するには丁度いい大きさだった。いけないいけない、まだ問題は解決していなかった。
それを知らない晴海は、緊張がすっかりと解けてしまったのか、相変わらずの口調で父を挑発している。
「やだー、お義父さん嫉妬です? ふふ、貴方が何を言おうと、JKと私は結ばれてしまったのですよ! この恋路は、森羅万象、何者にも邪魔はさせないぜ!」
「嫉妬では無い。この阿呆が……自分が何をしたのかわかっているのか?」
「何って……好きな女の子とラブラブした! それ以上はあっても、以下はないね」
「儂は言った。愛とは矛盾、愛とは苦悩……桜 晴海、貴様が行った事は奴らと変わらぬ」
「違うッ! 私は誰も苦しませたりはしないし、お義父さんを同じ気持ちにさせるつもりも無い!!」
「そのつもりが無くとも、そうなってしまう。愛の真理……この言葉の意味をこれから理解するだろう。なぁ、Joker?」
「どういうこと、JK?」
彼の言っている意味はわかる。私は、対MOTHER最終決戦兵器という役割を捨てたのだ。導き出される答えは一つ。
「────ッ!? な、なに!?」
晴海に返答する前に、部屋全体が急に赤く染まった。
周囲に散らばったパトランプは赤く光り、各所に設置されている大型モニターには「warning」の文字が右から左へ何度も何度も流れていく。
「お義父さん、まだ認めてくれないのか!?」
と、叫ぶ晴海の肩を掴む。
きっと父が何か抵抗する手段を行為したと勘違いしたのだろう。
「JK……?」
「晴海、違うんだ」
「違うって、じゃあこの警告音は何!? あれでしょ、これからお義父さんは巨大ロボに乗り込んで、私達と最後の戦いをするんでしょ? 巨大ロボ戦はお決まりの展開だもんね!!」
「惜しいな。凄い惜しい。お前の直感には、度々驚かされるよ」
「でしょー! 晴海ちゃんは天才ですから!」
キリッと目を細め、への字にした指を顎に当てる姿も可愛い。
あ、ダメだこれ。緊急事態だってのに、全然惚気が取れない。ははは。
「Joker、わかっているだろう。我々は切り札を失った。もとより、手札の数はあちらの方が多い……勝敗は決まったも同然じゃ」
神妙な父の声。諦めてしまっているのだろう。
これ以上、一切抵抗する気は無いみたいだ。
「父さん……」
「儂をそう呼ぶか。やはり、完全に小娘によって壊されてしまったようじゃな」
「私を作ったのは他ならぬ父さんです。たとえ、目的が何であれ変わらぬ事実……だから、『父』と呼ぶのは当然ですよ」
「ふ、感情が芽生え、らしい言葉を喋るようになったな」
「お陰様で……ね」
「少しの間だ。その恋愛感情とやらを堪能すればよい……」
私は彼の興味対象外になってしまったようだ。
声色で感情を読み取れるようになったのも……また一つの成長だな。
「何を笑っておる。Joker、気でも触れたか?」
「いや、ふふ……危機的状況だっていうのは理解しているけど……どうしてかな」
「?」
「こいつと一緒なら、なんでもできる気がする。どんなピンチでも、乗り越えられる気がするんです。病める時も、悪き時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、いつ如何なる時も……これが、愛なのかな」
「……」
愛の答えは千差万別。晴海の答え、父の答え……そして、これが私の答え。
父はその言葉を聞いた切り、口を紡いだ。
わかってくれたとは思わない。けれど、聞いて欲しかった。
「ちょっとJK!? 私にもわかるように説明してくれない?」
「あ、そうだな。ま、小さな事なんだけど……今、MOTHERが起動した」
「えぇ!?」
「地球の外、衛星上にあるMOTHERは後10分後、世界中の人間にキルシュヴァオム粒子をレーザー化した線で認識を繋ぐ」
「……と、どうなるの?」
「簡単さ。人の脳は機械と結ばれ、完全なる管理体制が生まれる。生も死も、MOTHERの思うがままってわけ」
全人類強制意識管理装置。
心を繋ぐ力を持つキルシュヴァオム粒子により、機械による完全管理を目指した平和的兵器。それこそがMOTHERの実態だ。
父がシリーズを完全に修復させる前に私を慌てて回収しに来たのも、MOTHERの起動情報を得たからであり、今、その時が来た。
「めちゃやばじゃん!! どどどど、どうしよう!?」
目に見えて動揺する晴海。それもそうだろう。なんたって規模がデカイからな。
「なぁ、晴海」
私は両肩を掴み、真っ直ぐと瞳を見つめた。
美しい色……無限の可能性と明るさを秘めている。
壊させはしない。私の幸せ。
「ひゃ、そ、そんな見つめられると……素直にお喋りできないよ!?」
「私達、結婚したんだよな?」
「も、もちのろん!!! これからは、夫婦だよ!! あ、けどどっちも美少女だから婦婦……になるのかな?」
「呼び方はどうでもいいさ。だけど……結婚したなら、結婚式を開かなきゃなぁ」
「いいね。私……この戦いが終わったら結婚式するんだ……」
「いや、今するぞ」
「い、今!? でも、MOTHERを止めないと!?」
「いやだー今するのー」
「えぇ……一体どこで……?」
彼女の問いに対し、私は人差し指を天に向け言った。
「宇宙」
その言葉を聞き、つぶらな瞳をキョトンと開く晴海。
だが、流石は私の嫁。
直ぐに意味を理解したようで、腕を組み「ん?」と考えるような仕草をした。
「いいね、宇宙。全人類に祝福してもらえるってわけね」
「ロマンチックだろ?」
「だったらそのまま新婚旅行に行かない? そうだな……ビーナスなんてどう?」
「はは、素敵だな」
「でしょ?! なら決まりだね」
「あぁ、やろう。私達の宇宙結婚式を」
「おっと、でも……その前に」
背を向け別の方向を向く晴海。
彼女がそう言った時、二つの小さな物体がこちらに向かって投げ込まれた。
片方は私が、もう片方は晴海がパシっとキャッチする。
これは……天輪か。あっち指輪、一輪奏だな。
ふふ、なるほど……そうだよな。結婚式をするんだから、ご祝儀を頂かないとな。
「クロちゃん! サンキュ!」
「クローバー……」
腕で上半身だけ起こし、クローバーはこちらに向けグッと親指を立てている。
「お姉ちゃん、晴海ちゃん、おめでとう」
「お前のことも思い出したよ。クローバー、帰ったら一緒に飯を食おう」
「うん、楽しみにしてるね!」
私を戦いから遠ざけようと命懸けで頑張ってくれた妹にウインクを返す。
彼女は最高の笑みで返すと、そのまま気を失ったのか倒れこむ。さて。
「ハート、お前も祝ってくれるのか? 意外だな」
「……」
壁に体を預けたまま俯き、こちらと視線を合わせようとしない恥ずかしがり屋の妹。
ハートも私にとって大切な存在の一人だ。
「帰ったらさ、戦いのことじゃなくてオシャレのことを話そうぜ。そして、一緒に笑おう」
「……別に、私はJokerのサポートをしているだけだもん。ハルちゃんや、できそ────……クロに心を許したわけじゃないから」
「あーJK! これ、ツンデレってやつですよ! かーッ、ラブちゃんはそういうキャラだったわけか」
「だ、誰がツンデレだ!!」
「クッ……ククク……ハート、変わったな」
「変わったね、ラブちゃん!」
「こ、このアマ……!!」
なんだなんだ。私達、最初っからただの女の子じゃないか。
こうやって冗談言いながら笑いあえて、怒って、頬を膨らませて。
そんな簡単な事にも気が付けなかったんだな。
「だけど、不仲はダメだ。いいか、こいつはお前の義妹になるんだからな。仲良くしてくれ。お姉ちゃんからのお願いだ」
「────ッ」
彼女は若干狼狽えた様子を見せた後、小さな声で「……わかった」と呟いた。
ほんと、姉妹の中じゃ一番素直じゃないな。ま、そこが可愛いとこでもあるんだが。
「JK、みんなから祝福されて幸せだね!」
「あぁ……けど後一人、どうしても祝って欲しい人がいるんだ」
「わかってる。ちゃんと言っといで!」
晴海は背中をパンと叩き、白い歯を見せた。
私が最後に祝って欲しい相手。それは、一番堅物で、一番面倒な性格をした人。
上を向き、その人物に向かって語りかける。
「父さん……!」
「その呼び方はよせ、Joker。儂は、愛しき人を模倣し貴様を作っただけじゃ。父などではない」
「やめません……私達、唯一愛した女性達にとって、貴方は紛れもなく父なのですから」
「……故に結婚を祝えというのか? できるわけなかろう、自らの愛が壊された今、この時に」
「……私は、見てほしい。私の成長を」
「はは、戯れ事を。どの道数分後には成長や自我など意味をなさぬ、完全管理世界になる。Joker、お前が成長とやらをしたせいでな」
「させない、そんなこと」
「アクセ・アーマーの性能を最大限に引き出せぬのに、どうやって戦う? 抗う? 武器はなんじゃ? まさか、JとKだけでMOTHERを破壊しに行くとでも言いたいのか?」
武器……武器か。
確かに、一度に複数の感情を持ち、多感的になった私にアクセの性能を引き出す力はもう無い。必要な時、必要な感情を引き出すなんて器用な事、できない。
Joker本来の性能とはかけ離れているだろう。
────今までの考え方だと。
私は気が付いた。
アクセ・アーマー……いや、キルシュヴァオム粒子が反応するのは感情ではない。
もっと、もっと原始的な感情だったんだ。
だからこそ、晴海はあそこまでアクセを使いこなすことができていた。
「武器ならある」
「ほう、その武器とはなんじゃ?」
「私達の最後の武器、それは『愛』」
「……お前まで愛を語るか……ならば見せてみよ、愛の力というものを」
「うん、しっかりと見ててね……娘の花嫁姿!」
私はハッキリと父にそう伝えた後、晴海の右手を左手でギュッと握った。
彼女もそれに答えるようにギュッと握り返してくる。
「いいの? JK?」
「言いたいことは言った。後は見せるだけ……あの人、晴海が思っているほど冷たい人じゃないぞ?」
「私も今度、ゆっくりお義父さんと話したいな」
「戦いが終われば、何時間でもできるさ」
「そ、そんな長時間は……はは……で、どうやって宇宙まで行くつもりなの? とっておきがあるんでしょ?」
「あぁ、任せておけ。ご祝儀も集まった事だ、盛大に行こうぜ!」
「わッ!? な、なになに!?」
彼女の手を通じて、現在持っている全てのアクセ・アーマーを同時に解放。
粒子となったアクセは、光り輝きながら私達の周りをグルグルと回り始める。
初めての試み。やったことはないけど、できそうな気がするから、できる。
「HEY、ビッチ! ご注文はお決まりかぁ?」
「勿論だ、とびっきり最高の舞台にしてやる!」
「神父は俺様に任せてな!」
「へ、は、ハチが神父様!? な、何が起こるの!?」
「これが、私が想像する、未来だ!!!」
∞・REXは大きなブレスレット状になり、二人の体を包み込む。
そして、周囲を周回する五つのアクセは弾けるような光を放った。




