第十八話
○
孤独だった。
過去の記憶が失われ、自分が何者かもわからない。
全てが敵に見えた。すれ違う全てが。
酒場のマスターは良くしてくれる。それは私が客だからか。
疑わしかった。心が乾いていた。
なんの為に生きているのか、存在しているのか。
わからない。わからない。
暗い暗い闇の中。
けれど……何故か身体は戦いを求めていた。
時折、無意味な破壊衝動に蝕まれる。
全部ぶっ壊してしまいたくなる時があった。
私は、自分自身が怖くなった。
記憶の手がかりは、アクセ・アーマーという言葉。
この衝動に殺される前に、なんとか集めてしまわなければならない。
手は、震えていた。
────そんな時だ。
捨て猫を拾った。
日々大きくなる衝動を抑える為に、悪そうな男達に八つ当たりをしたら懐いた。とても懐いた。
猫は言った。
「結婚しよう!」と。
何も知らないのだろう。私が、どんな人間なのか。
戦闘狂な一面を見せれば、きっと嫌いになる。
離れていくだろう。
……けど。けれども。
猫は離れていかなかった。
「一緒に記憶を取り戻そう!」
信じられなかった。
だけど猫は、その次も、次も、危険を犯しながら私の為に戦ってくれた。
きっと今まで経験はなかったのだろう。
酷く不慣れで不自由な戦闘。
あぁ、この子は本当に私の事を好きでいてくれているのだ。
そして、気が付けば私の方が……好きになっていた。必要としていた。
記憶を取り戻し、もう戦わなくてもよくなったら……と、思っていた時だ。
私は自分の記憶を取り戻した。
思わぬ形で取り戻してしまった。
父は言った。
「不要な感情じゃ。一度、全てリセットする」
今までの思い出は、上書きされた。
私は……深い闇の中へ沈んでいく。
でも、いい。
だって、人間でもないと知ればいくら猫でも離れていくだろう。
「JK!!!」
……彼女の声が聞こえた。
どうして……どうして貴方は……。
「私を見ろぉ!!」
あれ? 殴っているのは、私?
やめろ……やめろやめろやめろ!
身体が止まらない。上書きされた私は攻撃の手を緩めない。
くそ、嫌だ。彼女に迷惑を掛けてばかりだ。
私には、何もできないのか!?
……なら、せめて少しだけでも抵抗してやる。
「隙あり!!」
激しい衝撃に襲われた。
そうだ、これでもう倒してくれ。殺してくれ。
……ん?
「これが、私の、愛の答えだ!!」
なんだあれは? 闇の中に見える物……手?
もしかして、彼女は、晴海は……まだ私を助けようとしてくれている?
こんなところまで……これだけは答えなければならない。
私は、その手に腕を伸ばした。
纒わり付く闇を引きちぎり、必死に必死に伸ばした。
「ッ……ぁあ……ぁああああ!!!」
絶対に答えないと駄目だ!
晴海の……愛に、好きだという気持ちに!!
私も言いたい。
彼女にはっきりと伝えたい言葉があるんだ!
「ぐッ、つぁぁ!!!」
と……届いた!
ヌルンとした手触り……え? ヌルン??
あれ、これ……手じゃない!?
○
「────ッ!? んんッ!? んんんん!!」
「んッ……んくッ、んちゅ……んッ」
「んんんぁん、んぁ!!」
瞳が開いた。そして気が付いた。
眼前にある晴海の顔と、口の中を暴れ回る彼女の舌の存在に。
「ッ、ぁぁ! は、晴海! んっ、もど、戻ったからぁ!!」
「はぁ……はぁ……んんッ!!」
「あ、ちょ、んーッ! 待て、よせ、やめい!」
「ぁ、ッJ、K!」
猫ではなくライオンのように貪り付く彼女の肩を掴み引き離すと、ようやく私が戻ってきた事に気付いてくれたみたいだ。
口元を拭い、飛び込むように抱きついてくる。
とても懐かしい感覚に、心が満たされていくのを感じた。
「JK、よかったぁ!」
「……晴海、心配かけたな。本当にありがとう」
「いいよいいよ! JKが戻ってきてくれて、本当によか────」
「!? は、晴海!?」
抱きついた身体が急に重くなる。
全身から力が抜け、ぐったりと私にもたれかかった。
肌から熱気が消えていく。体温がどんどん下がっている。
「おぃ! 晴海、晴海!!」
「…………」
駄目だ、呼び掛けにも答えない。
血の気が薄くなり……無に近づいて行く。
何故、どうしてこんなにも急激に消耗しているんだ。
「ッたく、ご主人様は本当に無茶苦茶だな……」
呆れ声が彼女の手元から聞こえる。
「アハト……いや、∞・REXか」
「久しぶりだな、ビッチ。記憶は取り戻したか?」
「最悪な形でな。それより、晴海はどうしちまったんだ!?」
「お前とチューする為に、ソウゾウ力を全部使っちまったのさ。俺様が喋ってられるのも、残り僅かさ」
「だ、だが……流石にこれは……」
この症状は熱の使いすぎによる低体温症ではない。もっと、もっと重たく暗いものだ。
ソウゾウ力の消耗でも、こんなに……苦しそうにはしない筈。
「胸元をよく見てみろ。わかる筈だぜ?」
「────ッ、な……なんだこれは!?」
鎖骨に見える紫色の管。
私は、彼女の胸元をガバッと開いた。
そこには、ポッカリと開いた穴に埋め込まれているQのアクセ。
血管のように四方八方にいくつもの糸が伸び脈を打っている。
「ご主人は一度死んでんだ。愛しの女を救う為……その執念だけでここまで来た」
「……そこまでして……」
「だが、もう限界だ。ご主人の心も、身体もな」
「どうして……どうして今……」
「ソウゾウ力、体温の過供給に加え、目的を果たした達成感がアクセの性能を著しく低下させている」
アクセの停止は、晴海の命の終わりを意味するということか。
でも、それなら助ける方法はある。
「……私の熱とソウゾウ力を渡す」
私達、唯一愛した女性達は他のシリーズが損傷しエネルギー不足に陥った時、自身の熱とソウゾウ力を渡す力が備わっている。
力を使えば、Qのアクセを動かすことができる筈だ。
「いや、それは無理だな」
「ッ……何故だ!?」
「ガソリンがあったところで、運転手がいなけりゃ車は動かねぇってことさ」
「まだ生きたいと思っているだろ……?」
「だが、未来をソウゾウできていない」
「未来を? あの晴海がか?」
「ご主人の根っこは愛だ。お前との幸せな毎日を妄想はしている……が、その中に異物があるのさ」
「異物だと……」
「あの男に言われた言葉が気になっているんだろう。踏ん切りをつけたように振舞ってはいるが、な」
「なんだそれは!? 直ぐに取り除いてやるから教えろ!!」
「…………」
私の呼び掛けに、REXは答えない。
心無しか腕に着いた恐竜の顔が俯いているようにも見える。
「どうした!? お前も晴海を救いたいんじゃないのか!?」
「……なぁ、Joker」
ようやく口を開いた時、彼の声色は変化していた。女性的な口調……まるで、私のようだ。
語りかけるように、ゆっくりと話しかけてくる。
「お前はこいつをどう思っている?」
「どうって……」
「俺様は好きだ。馬鹿だが素直で、正直者の単細胞……誰にでも愛を振り撒くこいつがな」
「……大事だ。晴海が」
「それだけか?」
「────ッ! お前は……何者だ?」
記憶を取り戻しても、アハトが喋るという過去は存在しなかった。
けれどどうして、この声を聞くと懐かしい感覚になるのだろう。
REXは私の質問に、質問で返してくる。
「Joker……兵器として生まれ、戦う為に作り出された哀れな存在がお前か?」
「……そうだ。MOTHERを壊し、世界中を無法地帯にする為の存在だ」
「ならば、お前の未来はどこにある。何を願う」
「私の……未来?」
考えたこともないことを聞かれ戸惑った。
自分の未来。記憶がない時は、記憶さえ戻れば見えると思っていた。
だが、私の未来はそもそも存在しなかったのだ。
過去も、未来も、あるのは戦いだけ。
空白の期間にだけある桜 晴海というイレギュラーな存在を除いては。
「これからお前は生きていく。だったら、未来を思い描くのは当然だろ?」
「……わからない」
「わからない事はないさ。明日でも明後日でもいい。一年後でも十年後でも……一生でも」
「……」
「どうしたいか、だ。答えは見つかっている筈だぞ?」
「私の……一生……」
「『命短し恋せよ美少女』、頑張れよ……私」
「!? ぉ、おい! 待てよ!!」
その言葉を残し、∞・REXはアーマー形態からアクセ形態へと形を戻した。
何度呼びかけても返答するようすは無い。
くそ……どういうことだ。
そんなの考えたところで、晴海を助けることはできないだろ。
なんでこいつは非常事態にそんなことを……だけど、私の未来……か。
「……」
「晴海……」
私の腕の中で瞳を閉じる少女。大切な人。
顔を見ていると、ふっと彼女の言葉が蘇る。
『結婚しよう、JK!!』
『JKは私の嫁だからね!』
あの時は冗談か妄言のどちらかと思っていた。
女である私に、女である彼女が告白するなんてありえないと。
友達とか、親友とか、そういう類の延長線にある台詞だと思っていた。
けど────今ならわかる。
今まで、はぐらかし続けてきた言葉。
今から、それに答えよう。
私が思い描く理想の世界に、彼女がいるのだから。
「晴海、聞こえるか?」
返事はない。
もう耳も聞こえてないかもしれない。
「覚えてるか? 初めてあった時、晴海が言ったこと。いきなり『結婚してください』だぜ? ほんと、思い出すと笑えるよな。けど、救われたんだ。桜 晴海という普通の女の子に……真っ暗な闇の底から救ってもらった。私はお前の事が好きだ。誰よりも大事で、誰よりも愛おしい。今、ここで返事をするよ」
だけど叫ぶ。体を抱きしめ、耳元で叫ぶ。
感情を爆発させ、一切の隠し事なく、彼女のように真っ直ぐ叫ぶ。
「晴海、好きだ!」
「……」
「天真爛漫、猪突猛進なお前を愛しているんだ! 女とか、男とか関係ない! ただ、ただただ一緒にいたいんだよ!!」
瞳からは自然と液体が零れ落ちていた。
視界がボヤけ、海の中にいるようだ。
構うものか。晴海に伝えるんだ。
私の想いを、気持ちを全部。
「そのアホなところが好きだ! 直ぐに落ち込むとこが好きだ! スケベなところが好きだ! 無謀なところが好きだ! 太陽のように明るいところが大好きだ!!」
「……」
「全部……全部好きになっちゃったんだぞ! どう責任を取ってくれる!?」
「……ッ」
「もう晴海無しの私はありえない……これからもっともっと楽しい思い出を作りたい! 戦いとかアクセとか、そんなもの全部吹っ飛ばして!!」
反応の無い身体を、強く強く抱き締める。
そして可能な以上の声で、最後の言葉を叫んだ。
「だから……だからだからだから……私と結婚してくれ!!!!」
「────ッッ!!」
刹那、胸元が強烈な紅光を放った。
心の熱が直に伝わってきた。熱い、熱い。
光が引き、静寂に包まれた後、待ち望んだ声が耳を触った。
「……嬉しい……一生一緒だよ。JK」
「は、晴海!!」
「ぅ、うわぁぁあ!!」
彼女の声を聞き勢いのまま押し倒してしまう。
更に強く強く抱きしめ、離さないことを誓った。
「ちょ、JK! 病み上がり病み上がり!」
「うるさい、馬鹿ッ! 心配かけさせやがって……ぅぅ~」
「あれれ? 泣いてるんですかい?」
「そうだよ! 嬉しくて泣いてんだよ!」
「……JKのこんな姿初めてみたなぁ……よしよし」
「ぅぅ~」
「これがツンデレというやつですか。破壊力抜群ですな……っと、鼻血が……」
よかった……本当によかった。
願わくば彼女の胸の中でずっと頭を撫でていて欲しい。
「ありがとう、JK。貴女が告白してくれなきゃ、私死んじゃってたかもしれない」
「お礼を言うのはこっちだよ。晴海、私の為に頑張ってくれて本当にありがとう。好き」
「えへほーぉ! 私もしゅきぃ~」
ニヤニヤしながら抱き合った。
なんか私、晴海に似てきてない? と思ったが、まぁいいや。
人と人とが繋がる事が、こんなにも嬉しいことだなんて……これが、愛ってやつなのかな。
幸せだ。絶頂してしまいそうな程に。
……けど、まだ問題が一つ残っている。




