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乙女なら、拳で語れ【完】  作者: あむあむ
第四章 少女は少女と永遠を誓う。
19/22

第十八話

 ○


 孤独だった。

 過去の記憶が失われ、自分が何者かもわからない。

 全てが敵に見えた。すれ違う全てが。

 酒場のマスターは良くしてくれる。それは私が客だからか。

 疑わしかった。心が乾いていた。

 なんの為に生きているのか、存在しているのか。

 わからない。わからない。

 暗い暗い闇の中。

 けれど……何故か身体は戦いを求めていた。

 時折、無意味な破壊衝動に蝕まれる。

 全部ぶっ壊してしまいたくなる時があった。

 私は、自分自身が怖くなった。

 記憶の手がかりは、アクセ・アーマーという言葉。

 この衝動に殺される前に、なんとか集めてしまわなければならない。

 手は、震えていた。

 ────そんな時だ。

 捨て猫を拾った。

 日々大きくなる衝動を抑える為に、悪そうな男達に八つ当たりをしたら懐いた。とても懐いた。

 猫は言った。


「結婚しよう!」と。


 何も知らないのだろう。私が、どんな人間なのか。

 戦闘狂な一面を見せれば、きっと嫌いになる。

 離れていくだろう。

 ……けど。けれども。

 猫は離れていかなかった。


「一緒に記憶を取り戻そう!」


 信じられなかった。

 だけど猫は、その次も、次も、危険を犯しながら私の為に戦ってくれた。

 きっと今まで経験はなかったのだろう。

 酷く不慣れで不自由な戦闘。

 あぁ、この子は本当に私の事を好きでいてくれているのだ。


 そして、気が付けば私の方が……好きになっていた。必要としていた。


 記憶を取り戻し、もう戦わなくてもよくなったら……と、思っていた時だ。

 私は自分の記憶を取り戻した。

 思わぬ形で取り戻してしまった。

 父は言った。


「不要な感情じゃ。一度、全てリセットする」


 今までの思い出は、上書きされた。

 私は……深い闇の中へ沈んでいく。

 でも、いい。

 だって、人間でもないと知ればいくら猫でも離れていくだろう。


「JK!!!」


 ……彼女の声が聞こえた。

 どうして……どうして貴方は……。


「私を見ろぉ!!」


 あれ? 殴っているのは、私?

 やめろ……やめろやめろやめろ!

 身体が止まらない。上書きされた私は攻撃の手を緩めない。

 くそ、嫌だ。彼女に迷惑を掛けてばかりだ。

 私には、何もできないのか!?

 ……なら、せめて少しだけでも抵抗してやる。


「隙あり!!」


 激しい衝撃に襲われた。

 そうだ、これでもう倒してくれ。殺してくれ。

 ……ん?


「これが、私の、愛の答えだ!!」


 なんだあれは? 闇の中に見える物……手?

 もしかして、彼女は、晴海は……まだ私を助けようとしてくれている?

 こんなところまで……これだけは答えなければならない。

 私は、その手に腕を伸ばした。

 纒わり付く闇を引きちぎり、必死に必死に伸ばした。


「ッ……ぁあ……ぁああああ!!!」


 絶対に答えないと駄目だ!

 晴海の……愛に、好きだという気持ちに!!

 私も言いたい。

 彼女にはっきりと伝えたい言葉があるんだ!


「ぐッ、つぁぁ!!!」


 と……届いた!

 ヌルンとした手触り……え? ヌルン??

 あれ、これ……手じゃない!?


 ○


「────ッ!? んんッ!? んんんん!!」

「んッ……んくッ、んちゅ……んッ」

「んんんぁん、んぁ!!」


 瞳が開いた。そして気が付いた。

 眼前にある晴海の顔と、口の中を暴れ回る彼女の舌の存在に。


「ッ、ぁぁ! は、晴海! んっ、もど、戻ったからぁ!!」

「はぁ……はぁ……んんッ!!」

「あ、ちょ、んーッ! 待て、よせ、やめい!」

「ぁ、ッJ、K!」


 猫ではなくライオンのように貪り付く彼女の肩を掴み引き離すと、ようやく私が戻ってきた事に気付いてくれたみたいだ。

 口元を拭い、飛び込むように抱きついてくる。

 とても懐かしい感覚に、心が満たされていくのを感じた。


「JK、よかったぁ!」

「……晴海、心配かけたな。本当にありがとう」

「いいよいいよ! JKが戻ってきてくれて、本当によか────」

「!? は、晴海!?」


 抱きついた身体が急に重くなる。

 全身から力が抜け、ぐったりと私にもたれかかった。

 肌から熱気が消えていく。体温がどんどん下がっている。


「おぃ! 晴海、晴海!!」

「…………」


 駄目だ、呼び掛けにも答えない。

 血の気が薄くなり……無に近づいて行く。

 何故、どうしてこんなにも急激に消耗しているんだ。


「ッたく、ご主人様は本当に無茶苦茶だな……」


 呆れ声が彼女の手元から聞こえる。


「アハト……いや、∞・REXか」

「久しぶりだな、ビッチ。記憶は取り戻したか?」

「最悪な形でな。それより、晴海はどうしちまったんだ!?」

「お前とチューする為に、ソウゾウ力を全部使っちまったのさ。俺様が喋ってられるのも、残り僅かさ」

「だ、だが……流石にこれは……」


 この症状は熱の使いすぎによる低体温症ではない。もっと、もっと重たく暗いものだ。

 ソウゾウ力の消耗でも、こんなに……苦しそうにはしない筈。


「胸元をよく見てみろ。わかる筈だぜ?」

「────ッ、な……なんだこれは!?」


 鎖骨に見える紫色の管。

 私は、彼女の胸元をガバッと開いた。

 そこには、ポッカリと開いた穴に埋め込まれているQのアクセ。

 血管のように四方八方にいくつもの糸が伸び脈を打っている。


「ご主人は一度死んでんだ。愛しの女を救う為……その執念だけでここまで来た」

「……そこまでして……」

「だが、もう限界だ。ご主人の心も、身体もな」

「どうして……どうして今……」

「ソウゾウ力、体温の過供給に加え、目的を果たした達成感がアクセの性能を著しく低下させている」


 アクセの停止は、晴海の命の終わりを意味するということか。

 でも、それなら助ける方法はある。


「……私の熱とソウゾウ力を渡す」


 私達、唯一愛した女性達は他のシリーズが損傷しエネルギー不足に陥った時、自身の熱とソウゾウ力を渡す力が備わっている。

 力を使えば、Qのアクセを動かすことができる筈だ。


「いや、それは無理だな」

「ッ……何故だ!?」

「ガソリンがあったところで、運転手がいなけりゃ車は動かねぇってことさ」

「まだ生きたいと思っているだろ……?」

「だが、未来をソウゾウできていない」

「未来を? あの晴海がか?」

「ご主人の根っこは愛だ。お前との幸せな毎日を妄想はしている……が、その中に異物があるのさ」

「異物だと……」

「あの男に言われた言葉が気になっているんだろう。踏ん切りをつけたように振舞ってはいるが、な」

「なんだそれは!? 直ぐに取り除いてやるから教えろ!!」

「…………」


 私の呼び掛けに、REXは答えない。

 心無しか腕に着いた恐竜の顔が俯いているようにも見える。


「どうした!? お前も晴海を救いたいんじゃないのか!?」

「……なぁ、Joker」


 ようやく口を開いた時、彼の声色は変化していた。女性的な口調……まるで、私のようだ。

 語りかけるように、ゆっくりと話しかけてくる。


「お前はこいつをどう思っている?」

「どうって……」

「俺様は好きだ。馬鹿だが素直で、正直者の単細胞……誰にでも愛を振り撒くこいつがな」

「……大事だ。晴海が」

「それだけか?」

「────ッ! お前は……何者だ?」


 記憶を取り戻しても、アハトが喋るという過去は存在しなかった。

 けれどどうして、この声を聞くと懐かしい感覚になるのだろう。

 REXは私の質問に、質問で返してくる。


「Joker……兵器として生まれ、戦う為に作り出された哀れな存在がお前か?」

「……そうだ。MOTHERを壊し、世界中を無法地帯にする為の存在だ」

「ならば、お前の未来はどこにある。何を願う」

「私の……未来?」


 考えたこともないことを聞かれ戸惑った。

 自分の未来。記憶がない時は、記憶さえ戻れば見えると思っていた。

 だが、私の未来はそもそも存在しなかったのだ。

 過去も、未来も、あるのは戦いだけ。

 空白の期間にだけある桜 晴海というイレギュラーな存在を除いては。


「これからお前は生きていく。だったら、未来を思い描くのは当然だろ?」

「……わからない」

「わからない事はないさ。明日でも明後日でもいい。一年後でも十年後でも……一生でも」

「……」

「どうしたいか、だ。答えは見つかっている筈だぞ?」

「私の……一生……」

「『命短し恋せよ美少女』、頑張れよ……私」

「!? ぉ、おい! 待てよ!!」


 その言葉を残し、∞・REXはアーマー形態からアクセ形態へと形を戻した。

 何度呼びかけても返答するようすは無い。

 くそ……どういうことだ。

 そんなの考えたところで、晴海を助けることはできないだろ。

 なんでこいつは非常事態にそんなことを……だけど、私の未来……か。


「……」

「晴海……」


 私の腕の中で瞳を閉じる少女。大切な人。

 顔を見ていると、ふっと彼女の言葉が蘇る。


『結婚しよう、JK!!』

『JKは私の嫁だからね!』


 あの時は冗談か妄言のどちらかと思っていた。

 女である私に、女である彼女が告白するなんてありえないと。

 友達とか、親友とか、そういう類の延長線にある台詞だと思っていた。


 けど────今ならわかる。


 今まで、はぐらかし続けてきた言葉。

 今から、それに答えよう。

 私が思い描く理想の世界に、彼女がいるのだから。


「晴海、聞こえるか?」


 返事はない。

 もう耳も聞こえてないかもしれない。


「覚えてるか? 初めてあった時、晴海が言ったこと。いきなり『結婚してください』だぜ? ほんと、思い出すと笑えるよな。けど、救われたんだ。桜 晴海という普通の女の子に……真っ暗な闇の底から救ってもらった。私はお前の事が好きだ。誰よりも大事で、誰よりも愛おしい。今、ここで返事をするよ」


 だけど叫ぶ。体を抱きしめ、耳元で叫ぶ。

 感情を爆発させ、一切の隠し事なく、彼女のように真っ直ぐ叫ぶ。


「晴海、好きだ!」

「……」

「天真爛漫、猪突猛進なお前を愛しているんだ! 女とか、男とか関係ない! ただ、ただただ一緒にいたいんだよ!!」


 瞳からは自然と液体が零れ落ちていた。

 視界がボヤけ、海の中にいるようだ。

 構うものか。晴海に伝えるんだ。

 私の想いを、気持ちを全部。


「そのアホなところが好きだ! 直ぐに落ち込むとこが好きだ! スケベなところが好きだ! 無謀なところが好きだ! 太陽のように明るいところが大好きだ!!」

「……」

「全部……全部好きになっちゃったんだぞ! どう責任を取ってくれる!?」

「……ッ」

「もう晴海無しの私はありえない……これからもっともっと楽しい思い出を作りたい! 戦いとかアクセとか、そんなもの全部吹っ飛ばして!!」


 反応の無い身体を、強く強く抱き締める。

 そして可能な以上の声で、最後の言葉を叫んだ。


「だから……だからだからだから……私と結婚してくれ!!!!」

「────ッッ!!」


 刹那、胸元が強烈な紅光を放った。

 心の熱が直に伝わってきた。熱い、熱い。

 光が引き、静寂に包まれた後、待ち望んだ声が耳を触った。


「……嬉しい……一生一緒だよ。JK」

「は、晴海!!」

「ぅ、うわぁぁあ!!」


 彼女の声を聞き勢いのまま押し倒してしまう。

 更に強く強く抱きしめ、離さないことを誓った。


「ちょ、JK! 病み上がり病み上がり!」

「うるさい、馬鹿ッ! 心配かけさせやがって……ぅぅ~」

「あれれ? 泣いてるんですかい?」

「そうだよ! 嬉しくて泣いてんだよ!」

「……JKのこんな姿初めてみたなぁ……よしよし」

「ぅぅ~」

「これがツンデレというやつですか。破壊力抜群ですな……っと、鼻血が……」


 よかった……本当によかった。

 願わくば彼女の胸の中でずっと頭を撫でていて欲しい。


「ありがとう、JK。貴女が告白してくれなきゃ、私死んじゃってたかもしれない」

「お礼を言うのはこっちだよ。晴海、私の為に頑張ってくれて本当にありがとう。好き」

「えへほーぉ! 私もしゅきぃ~」


 ニヤニヤしながら抱き合った。

 なんか私、晴海に似てきてない? と思ったが、まぁいいや。

 人と人とが繋がる事が、こんなにも嬉しいことだなんて……これが、愛ってやつなのかな。

 幸せだ。絶頂してしまいそうな程に。

 ……けど、まだ問題が一つ残っている。

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