第十五話
目を開くと、そこには今まで見たこともない景色が広がっていた。
大きさもバラバラでデザインも違う個性的な建物の数々。
整備されたコンクリート道路を挟むように並ぶビル群。かと思えば、一階は商店で階層ごとに別のお店が入っているようだ。
ここは……ユートピアでも、ジャンクキングダムでもない。
ユートピアならビルの高さは一定で、デザインも統一されている。
ジャンクキングダムなら、これだけ高いビルは真ん中からへし折れているか原型を留めていない。
人も多勢いる。誰も小綺麗な格好をし、カバン形に道狭しと歩いている。スーツ姿の人も多い。
これも、建造物と同様に、ここが私の知る世界でない事を証明していた。
「ここは私の記憶、WGWが勃発する百年前の世界じゃ」
脳内に直接響くお義父さんの声。
私は、言葉を口に出し答えた。
「百年って。お義父さんいったいおいくつです?」
「忘れたよ、年齢などという概念は。彼女の為に、全てを捨てたのだからな……」
「……」
言葉に少し哀愁が漂う。
「この時代は儂が最も青春を謳歌していた頃。次は、これを見てもらおうか」
パチンっと頭の中で指を弾く音が聞こえた。
と、思えば景色はパノラマ写真のように移り変わっていく。
次に映し出されたのは……研究室?
白衣の人間が何人も、中央に展示されている物に対し必死にメモを取っている。
太めの男性と細めの男性に挟まれた長く美しい黒髪をした女性の背中。
彼女は腕を組み、満足気に首を小さく縦に振った。
後ろ姿だけでも分かる……この人は美人だ。長い足に、引き締まったくびれに晴海ちゃんセンサーはビンビンに反応している。
「あの太めの男性が、肉体があった頃の私だ……っと、おい聞いているのか?」
「ふん……ふん……ぁ、聞いてます」
いかんいかん。あれだけの美女感を出されては、遺伝子レベルで反応してしまう。
早く顔を拝ませて欲しい……が、今は真面目タイム。ちゃんと話を聞き、質問しよう。
「これは、何の研究をしているのです?」
「キルシュヴァオム粒子じゃ。我々は宇宙より飛来した新粒子の研究員。この三人は儂と、儂の弟であるアイリス・クルス・ルーラ……そして、研究の第一人者である川上 純」
「……アイリス……?」
何処かで聞いたことのある名だった。
この細身の男がアイリスさんなんだろうけど……姿を見ても思い出せない。
「気が付いたか? そう、ユートピアの創造主兼管理長じゃ」
「……ぁ────ぁあ!!」
そうだ! アイリス・クルス・ルーラ! 歴史の授業で習った!
WGWの際、人類を救う為にユートピアを設立した英雄だ、って。
当時、教科書に顔が載っていたと思うけど美少女じゃないから全然覚えてなかった。
……ん、待てよ。と言うことはだ。
「ジャンクキングダムはJK達の訓練施設……って事は、二人は兄弟で戦争をしたって事ですか!?」
「その通り。WGWは只の兄弟喧嘩じゃよ」
「ッ──バカか!」
戦争が兄弟喧嘩なんて、そんな馬鹿な話があるか。
けど、これで色々繋がった。
「ならあれか? もしかして、アイリスさんも今は脳になって生きているの!?」
「ほぅ、存外察しがいいな」
「戦争を仕掛けようって、まさか兄弟喧嘩の終止符を打つ為!?」
「あぁ、そうじゃが?」
「くっだらない! そんなの話し合いで解決すればいいでしょ!? どーしてそれができない!」
「弟は自分の間違いに気が付いていない。奴は完全な管理こそが、平和だと言った。それは違う……完全な自由こそ、真の平和なのじゃ」
「そんなの極論じゃん!」
「極論でなければ、平和は作れん」
こ、のぉ……クソジジイ。あー言えば、こー言いやがってぇ。
二人とも平和を望む気持ちは同じなんだから、戦わないで話合えばいいのに。
お互いに妥協点が存在しないのか? 兄弟だから、そこは一緒なのか?
軸がひん曲がってる。
もっと根本的な部分で、彼らの思考は歪んでいる。愛が無い。
「お義父さんは平和を作る為に、JKを戦わせる必要があるっていいたいの? 平和の為の戦いだから、愛があるって!」
「桜 晴海、また勘違いをしているぞ。我々は、決して平和の為に戦っているわけではない」
「はぁ!? さっき平和を作るって……」
「しっかりと前を見ろ」
「ま、前? ……────ッ!?」
「我らが戦う理由が、そこにある」
言われた通り、前を見た。前の三人を。
私が視線を向けると同時に、白衣と対照的な黒い髪を靡かせながら彼女は振り向いた。
念願の顔を拝めた。やはり美人だった。
美少女と呼べる年齢ではない。
美人……誰よりも、何よりも美人だ。
凄く色っぽい雰囲気を醸し出す大人の女性。
私の、私の愛した人が目の前にいた。
「……JK……の大人バージョン」
「キルシュヴァオム粒子の第一人者 川上 純。彼女こそ、唯一愛した女性達のオリジナルであり、私達の戦う理由だ」
JKのオリジナル……ということは、お母さん。お義母さん……!
う、美しい……思わず鼻血がでてしまった。
そりゃぁ晴海ちゃんセンサーがビンビンになるはずだ。
あぁ……彼女も大人になれば、こんな感じになるのかぁ……食べ頃だなぁ。
────って、違う違う!
「純さんがJKのお母さんだって事はわかった! けど、それが戦う理由になんてならないでしょ!」
話が繋がっていない。どうして、彼女がいるせいで戦いが起こるのか。
脳みそにまでなって、長い間争い続けるのか、理由になっていない。
……なってないのだが、うん……大体わかるよ。
だって、こんなむさ苦しい男ばかりの研究室に、超絶美女が紅一点。
導き出される答えは一つ。
「儂とアイリスは惚れておった。純様に」
トライアングルエラーだ。
恋の三角関係はあまりに鋭利故、全てを切り裂き破壊すると聞く。
彼らは彼女の美貌に狂わされてしまったのか。
……わかる、気持ちがちょっとわかっちゃう。
私だって、JKの為だったら何だってすると思うから。
……けど、これは過去の映像だ。
既に恋の勝敗は決している筈。気になる、乙女だから。
「それで……どうなったんですか?」
「この話はこれからが本番じゃよ。儂らは彼女を愛した、愛していた……アイリスも、儂が純様に惚れている事は知っておったようじゃ。彼女の元で研究を続ける日々……幸せじゃった」
声に震えが混じっている。泣いて……いるのか?
「────だが、そんな優しい日々は長く続かなかったのじゃ」
その言葉を皮切りに、研究室の電灯は全て消え真っ黒な闇に落ちた。
次の瞬間、警鐘と共に視界は赤く染まる。
慌しく動き始める人達。部屋の外からは爆音が響いていた。
悲鳴と救済を求める声が、そこらかしこから上がり事態は一変。
何人もの研究員が、私の体をすり抜けていった。
「んな、なに!? 何が起こったの!?」
「人はいつだって私利私欲の為にしか動かん。愛があろうが、なかろうが……それは変わらぬものじゃ」
背後にあった部屋の扉が吹き飛び、何人か下敷きになる。
そこに────ぅ、ダメだ……直視することができない。
開いた扉から雪崩のように入り込む、軍服に身を包んだ者達。
手に持つ銃を乱射し、逃げ惑う人々を撃ち抜いていく。
「川上 純はどこにいる?」
「探せ、研究サンプルと彼女を捕らえる為なら手段は選ばん」
紅く塗りつぶされていく。真っ白だった部屋が、彼らの血で。
私はその場に蹲り、嘔吐した。
グロテスクな光景に、悲鳴に、銃声に頭が掻き乱される。
どうして……こんなことが……こんな酷いことができるんだ。
「ッ……ぅ、ぅうぅ……」
「これが我々を襲った現実だ。キルシュヴァオム粒子……それは無限の可能性を秘めた物。人類の未来を救う存在だ、と彼女は言っていたな」
……確かにそうだ。人の精神力により、自在に姿を変え、性質を変え、力を与える。
今、お義父さんがやっているように、人と人との頭の中を繋ぐことだってできる。
心を紡ぎ、結び、輪を描く粒子。
「我々は国の命令で研究を進めていた。世界平和の為、と。人々は戦争など望まない……だが、誤解や憎悪により争いは繰り替えされてしまう。ならば、この粒子を使い世界中に愛を、人の素晴らしさを伝えようじゃないか……純様と共に、そんな夢を語ったこともある」
「……だけど、実際は……」
「キルシュヴァオム粒子を脅威に感じる者の方が多かった。貴様もわかっている通り、この粒子は人の望んだ姿へと変質を遂げる。争いを好む物であれば、それ相応の兵器と化すであろう」
「そんな人……いるわけな────」
「大勢いるさ。小娘が思う何千倍も、そういった人間は存在する。すると、どうだ? 誰が先に手に入れるか、争奪戦になるのは明白ではないか? 他の者に盗られてしまえば、自分の身が危険に晒される事になるのじゃからな……」
「…………」
そんな事が現実で起こり得るのか?
これほど大勢の人を傷つけてまで、手に入れたい力があるのか?
「この襲撃により、生き残ったのは儂とアイリス、純様だけになった。攫おうとする者から逃げ惑う日々、その中で純様は逃げる手段としてキルシュヴァオム粒子を使い道具を作った。逃走の邪魔にならず、人目に触れても危険視されない……じゃが強力な力を得る事ができる武器を」
「それが……アクセ・アーマー……」
「じゃが……それを残し、純様は消えてしまった。原初アクセ・アーマー『∞・REX』と、『ごめん』という置き手紙を残して、な」
「……!? ∞・REX……?」
「彼女の唱える世界の為、完全なる自由を目指した。原初アクセ・アーマーを素に合わせて13種類の兵器を作り、それを使いこなす事ができる兵士も作った! そうじゃよ、桜 晴海。その8・REXはの旧名は∞・REX、原初アクセ・アーマーじゃ!」
ハチが……一番最初のアクセ・アーマー?
純さんが作った、唯一のオリジナル……。
「アイリスは完全な統制社会を作ると、全人類強制意識管理装置『MOTHER』と、粒子を応用して機械の兵隊を作り上げた! 世界平和の為に、自分が思う彼女の理想の世界を作り上げる為に、必死に奮闘したのだ!!」
「体を捨ててまで……」
「そうだ!! 彼女の為なら身体も、命も、倫理も、捨てる!! これが愛と言わず何というのだ、桜 晴海!! 答えろ、答えてみせろ!!」
「────ッ……!」
そう言われ、何も言い返せなかった。
私は蹲ったまま、考える。
こんな悲劇に陥ったことはない。
彼以上に、必死になってもいない。
彼の愛を……否定しなければ、JKを幸せにする事ができない。
でも、言葉が、出てこない。
世界……平和……そんな重いもの……背負ったことないよ。
ただ、JKが好きだから、JKと一緒に、JKと幸せになりたかった。
それだけなのに……。
「……これが、愛の真実。理解したかな?」
気が付けば、私は現実の世界に戻ってきていた。
答えが見つからないまま、帰ってきてしまった。
ドラドラモードは解除され、ハチはブレスレットに戻っている。
当然だ……もう、未来をソウゾウする力は残っていないのだから。
「私の……愛は……間違っていたのか?」
「間違っている。貴様のは小娘の戯れ言に過ぎない」
「違う……愛はもっと綺麗で、キラキラしてる筈なんだ……違う!」
「では、儂の愛を否定するかね? それが、綺麗な行為か?」
「────ッ!?」
「やはり同じではないか。愛とは矛盾、愛とは苦悩……今ならば、意味がわかるのではないか?」
そ、その通りだ……私は人の愛を否定した。
拒絶したんだ。違う、違う、違うと。
それは自分で求めていた理想の愛を、自分で否定した事になる。
今まで信じてきた物が、全て崩れ去る音がした。




