第十四話
通路を抜けた先には更に広い空間が私達を待ち受けていた。ドームのような形状に変わりはない……だが、薄暗く不気味な雰囲気が漂っている。
「なんだろ……ここ」
至る所に箱型の機械が積み上げられ、バチバチと電気が零れていた。
床には大量の書類が巻き散らかり、割れたガラス片が転がっている。
緑色の液体がゴポゴポした無数の試験管に、沢山の内臓が入れられている。グロい。
異臭……というよりは、ツンと鼻を刺すような劇薬の臭いがし、自然と鳥肌が立った。
そうか、ここは……あれだ。
「理科室だな!」
(……わざとだろ?)
冷たいツッコミだった。最終決戦なんだから、もう少しテンションあげても良くない?
(そんなことより、早くビッチを探そうぜ。あんまりほっとくと、干物になっちまうぞ?)
「そうなんだけどさぁ……JKが掴まってそうなところ、無くない?」
物は沢山あるが、到底人を閉じ込めて置けるような空間は存在しない。
それに、記憶を消す、なんて凄いことするなら、それ相応の凄い機械があると思ったのだが……。
(とにかく、ここしか部屋は無いんだ。隅から隅まで探すしかないだろ、ご主人?)
「ごもっともでごさんすね……って、うわ!?」
(どうした!?)
「いちち……床が凹んだ」
一歩踏み出した瞬間、足を乗せたタイルがグッと地面に凹み、引っ掛けた私はその場で尻もちをついてしまう。
(しっかりしてくれよ、全く……)
「めんごめんご。それでさ、ハチ」
(なんですかい?)
「なんか、揺れてない? この部屋」
(……ほんとだな)
小さな揺れは、次第にゴゴゴと大きな地響きを鳴らし始めた。
機械はガチャガチャぶつかり合い、所々で火花が散る。
こ、こんなタイミングで地震!? 運無さすぎじゃない、私!
(わわわわわー! ご、ご主人、助けてくれえー! 俺様、地震は苦手なんだよォ!)
「流石は恐竜! でででも、どーすることもできないよ!? 自然には勝てん!」
(こわいぃ! こわいよぉ! 絶滅したくなぃ……絶滅したくなぃ!!)
「あぁーもう、うるさい! あ、そうだ! 今飛べるじゃん、飛ぼ飛ぼ」
(がぉー!! がぉー!!)
地面を蹴り上げ宙に巻い、翼を羽ばたかせ天井付近まで飛び上がった。
これで一応ハチは落ち着くだろう。けど、散らかってる部屋が更に散らかってしまった。
JKは大丈夫か……? ちゃんと安全なところにいるのだろうか……?
そう思っていた時だった。
「ハチ、これ地震じゃないわ」
(な、なにぃ!? だだだが、揺れたぞぉ!?)
「あれを見て」
(は、はぃ? ……ッ……あれは)
上から見るとよく分かる。ドームの中央が花が咲くようにゆっくりと穴が空いていっていた。
この部屋だけが大きく蠢いていたのだ。
そして、空いた穴から巨大な試験管が生えてきた。周りに落ちている試験管の何倍もの大きさのそれには一つの脳が入っていた。
何本も細いコードで繋がれている。
「あの脳ミソ……なに?」
(さぁな。ただ、お目当てのものは見つかったぜ)
「え?」
(試験管の土台だ。いいか、心を乱すなよ?)
私は彼に言われた通り、深呼吸をした後試験管の土台部分へ視線を落として行った。
……ようやく見つけた。私の嫁。
両手両足をコードの束で縛られ、十字に拘束されている。
しかも、全裸で、スッポンポンで。
ハチの警告はそーいう意味か。だが、安心して欲しい。
全裸と言えど美しい黒髪で大切な部分は隠されている。所謂、全年齢対象版だ。
「JKッ今助けるからね!」
空中で半回転し、天井を蹴って加速。全力で彼女の身体に手を伸ばした。
よかった、怪我は無さそうだ。後はあの拘束を解いて零地点から脱出すれば、いつもの日常に戻ることができる。
後、後ちょっとだ……!
(────ッ!? ご主人、止まれ!!)
「ッぅえ?」
(馬鹿女ァ!)
私が反応する前にハチは勝手に翼をパラシュートのように開き減速させた。
次の瞬間、目の前に真っ青な落雷が走る。
ズガンッ!
通り過ぎた落雷は地面に刺さり細く長い穴を開けた。あ、あぶねぇ?。
「さ、サンキュー。JKに夢中で気が付かなかった」
(世話の焼ける女だぜ……)
「世話が焼ける方が可愛いんだよ?」
(意味がちげぇよ、たく……)
「けど、本当に助かった。もう邪魔者はいないかと思ってたから、油断してた」
雷を落とされた方向に視線を向ける。敵の影は見えない……一体どこにいる? 何者だ?
(ッ、次は左だ、右斜め下、左上!!)
「わかってる! 油断しなければ、こんな攻撃!」
四方八方から迫る雷撃を、紙一重で躱して行く。クロちゃんやラブちゃんの攻撃に比べれば、スローモーションのようだ。
だが、雷の出処を追っても一向に敵の姿を視認することができない。
何処だ……何処にいる? いや、これは機械から漏れた電気が収束して、私に向かってきているのか?
自動防衛システム……ならば、無視してJKを取り返すだけだ。と思ったのだが……。
「ほぅ、人間にしてはアクセの使い方が上手いではないか。桜 晴海」
「────なっ!? だ、誰だ!!」
ドーム内に響き渡る男の声。少し枯れたような、年を感じるものだった。
どうやら至る所に設置されているスピーカーから鳴ってるみたいだな。
つまりここにはいないのだろう。監視カメラか何かで見ているに違いない。
「めんどうな奴だ。儂の女を盗らないでもらえるかな? せっかく帰ってきたんだ。これ以上、二人の時間を邪魔されたくない」
「ッ、あぁ゛!? 誰がお前の女だ! JKは私のだよ、わ・た・し・の!!」
(ご主人、それよりも何故名前を知ってのか気────)
「気にならん! JKは私、それは、確定事項!」
「この泥棒猫め。少し力を手に入れたからって調子に乗っているのではないのか?」
「姿を見せず遠隔操作で攻撃してくるような卑怯者よりはマシだと思うけどね!」
「見せているではないか。君の目は節穴か?」
「……見せてるだと?」
当たりを見渡すが人影なんて一つも無い。ハッタリか……? もしくは、心を揺さぶる精神攻撃のつもりなのか?
「おいおい、どこを見ている? そこじゃない、ここだ。ここ」
「ちぃッ、いないじゃん! この嘘吐きジジィ!」
「人を嘘吐き呼ばわりとは……最近の若いもんはろくな奴がおらんな。これならば、心置きなく戦争ができる」
「戦争!? 何言ってんだ、こいつ……」
妄言ばかり吐くジジィだ。
……けど、なんとなくだが嘘を付いているようには思えなかった。
(お、おぃ……ご主人)
「ハチ、今は雷躱すのに集中して。私は嘘吐きジジィを探さなきゃ」
(ぃ、ぃや……もしかして、あれじゃねーのか?)
「あれ……って、あれ?」
(あぁ、あれだ)
ハチが意識を向けた先は、中央に聳える試験管。その中身の脳みそ。
ありえない、ありえなくない。だって、現に私も内蔵に大きな損傷を負いながらも、アクセの力で生きているのだから。
「ようやく気が付いたみたいじゃな」
「……この脳みそが、お前か」
「如何にも……私の名前はシューベル・クルス・ルーラ。唯一愛した女性達の創造主だよ」
こいつが……JKやクロちゃん、ハート達を作って戦わせた悪の黒幕ど変態だと?
しまった。私は……なんてミスを犯してしまったんだ。
(どうした、ご主人)
「いや、今からでも間に合うかな……って」
「ははは、驚いたか? 私は身体を捨てる事で永遠の命を手に入れている。桜 晴海、貴様の想像力の範囲には収まらぬ存在なのだよ」
「お義父さん……ッ!」
「……なに? ……今、なんと言った?」
「お義父さん、娘さんを私にください! 不束者ではありますが、絶対に彼女を幸せにしてみせます!! ください!!」
「だ・れ・が! お義父さんじゃぁー!!!」
「────ッぉぉぉお!?」
雷撃が激しさを増し襲いかかってくる。あぶねぇ。
くっそ、やっぱり手遅れだったか……「お前」「嘘吐き」とか言っちゃったもんなぁ。
それに服装だって、戦う気バリバリの鎧を着てるし、娘の将来を保証できる人間には到底見えないだろうから。
もっとよく考えていれば、スーツでここまで来たのに……く、桜 晴海一生の不覚。
「先ほどの無礼はお許しください、お義父さん! やや、いい血管をしていらっしゃる……右脳も左脳も絶妙なバランス感覚で美しい。サイキック感でてますよ!」
「今更褒めても遅いわ! それに、儂は『これ』の父親などでは無い!」
「え、だって今創造者だって言ったじゃないですか!?」
「桜 晴海、貴様の事は『Heart』と『Joker』の記憶データで知っている! どうやらJokerを愛しているようじゃなぁ!」
「Joker……? JKの事ですか!」
「そうじゃ、我が切り札であり対MOTHER最終決戦兵器『Joker』。JKなどという軽い名では無い!」
「決戦兵器って……それでも貴方は人の親ですか!?」
「人とはいえ人造人間、兵器として扱って何が悪い。異常なのは貴様の方じゃ」
「なにぃ!?」
「作り物に恋い焦がれるなど、異常以外の何物でもなかろうて!」
「ッ────私の愛を否定するのか!?」
「あぁ、否定する。肯定する理由がないからな」
雷が目の前を照らす中、私達の口論は続く。
ダメだ……JKにとっては唯一の親の筈なのに、そんな男がこれでは戦いに引き込まれてしまう。
愛を否定し、恋を異常と決めつける男はろくな奴ではない。
ちゃんとご挨拶をして、綺麗な形で結婚したかったけど……無理か。
(ご主人!)
「わかってる。まずはJKを助けよう……これ以上話をしていても、理解してもらえそうにないからね」
「ほぅ……創造主を無視し、奪い取るつもりか。儂の物を」
「いくらお義父さんとはいえ、JKを兵器呼ばわりするのであれば黙っていることは出来ません。愛の無い人に、彼女を任せてはおけませんから」
「愛が……無いじゃと? くく、桜 晴海……貴様は二つの勘違いを犯している」
「勘違いだと?」
「一つ、儂の愛は貴様よりも千倍深い。誰よりも愛に執着している男じゃよ。そして、その愛の結晶こそがJokerなのじゃ」
……なにを言ってるんだ、この男は。
千倍深い? 愛の結晶? 妄言もいいところだ。
誰よりも彼女を愛し恋焦がれている私が、美少女兵器を量産し戦わせようとしている男に、まして『愛』で劣っているわけない。
「だったらなぜ、愛の結晶を戦わせようとする、兵器って呼ぶ! 矛盾しているじゃないか!」
「若い、幼いな、桜 晴海。愛とは矛盾、愛とは苦悩、愛とは常に人の心を蝕み続ける物……それが真理、真実、真相じゃ」
「違う! 愛って言うのは、熱くて、強くて、どうしようもなく幸せな物だ!」
「何も知らぬくせに、愛を語でない」
「知らないのはお義父さんの方でしょ!」
「……もう一つの勘違いを教えてやろう。その雷撃を受け止めよ」
「な、JKを取られそうだからって、攻撃されろって言うの!?」
「違う。貴様が攻撃と思っている雷……それは記憶転送用の電流じゃ。頭から受ければキルシュヴァオム粒子を介し、儂の過去を見せることができる」
「……その記憶が、愛の証明とでも言いたいのか」
「まさしく」
罠……その可能性の方が大きい。
雷撃で怯み、動けなくなったところに一斉照射。真っ黒焦げ。
記憶の転送ってのは、ハチが私にアクセ・アーマーの情報を脳内に直接送ってきた時と似たような原理なのだろうから可能……ではある。
「どうした? 儂の愛の方が正しいと、認めることが怖いのか?」
(乗るなご主人! さっさとビッチを回収して、トンズラすれば終わりじゃねーか! わざわざ危険を犯す必要はねぇ!)
ハチの言う通りだ。目的はJK奪還。
お義父さんの話を間に受ける必要も無いし、愛を証明する必要も無い。
けど……私の中には迷いが生まれていた。
愛とは矛盾……愛とは苦悩……人生観そのものを壊しかねない言葉。
こんな気持ちを抱えたままでは、例え彼女を救っても、今まで通りの日常を送ることはできない。
だから、正面から向き合い、否定する必要があった。
「ごめん、ハチ。ちょっと痛いかもしんない」
(……しゃーねーな。この燃えるソウゾウ力を消火できるほど、俺様も冷めちゃいねぇ。やってみな)
「ありがとう」
理解のある相棒だ。助かる。
私は動きを止め腕を組むと、中央の試験管に向かって叫んだ。
「勝負だ、お義父さん! 私の愛と貴方の愛、どっちが正しいか!」
「ならば知るがいい。愛の真実を────」
頭の上から真っ直ぐに、落雷が落ちてくる。
全身に力を込めギュッと目を閉じ、ツムジでそれを受け止めた。
「ぐッ……ぉぁぁぁあ!!!」
(ガガガガガがッ────)
全身が痺れ、強い衝撃が走った。ハチとの脳内リンクが解除され、声が聴こえなくなる。
そして、真っ暗な視界は次第に白く、明るく染まっていった。




