訓練開始
約1か月ぶりの更新となりました。よろしくお願いします。
自分を銃者として鍛えてほしいと言った沙羅に、帰宅後の流彦が言いつけたのは、「氷炭」の運搬だった。
氷龍は厄介なことこの上ない怪物だが、一旦殺してしまえば、これ以上ないほど有用な資源になる。
まずは、「氷根」。
氷龍の「命」である青い結晶。
封印した状態でも半永久的にマイナス200Kの冷気を放ち続けるが、特殊な光を照射することで中に封じられた「凍気」を解放し、広範囲を瞬時に凍結させられることから「氷爆」という兵器に使用されたことは前述した。
しかし、光の波長を変え、強度を弱めることでより穏やかに且つ長期間にわたってエネルギーを取り出すことができるようになると、新時代のエネルギー源として脚光を浴びるようになる。
数千個を集約した燃料体を使った温度差発電は、原子力よりも安全、高出力、低コストの発電方法として、全世界に広まった。
そして「氷牙」と呼ばれる氷龍の牙。
品質が良いものは工業用ダイヤモンドに匹敵する硬度を誇り、最新鋭の武器や工作機械、工業製品、はたまた工芸品の材料としてヒト族の間で重宝されている。
最後は、氷龍の死骸。
氷龍は死ぬとその体の大部分は「氷炭」と呼ばれる黒い塊になる。
見た目や性質はただの消し炭と変わらない。
触れればぼろぼろと崩れ、冷気もわずかしか発生しない。
したがってこれ自体に利用価値があるわけではない。
しかし、火族の生活にとってはなくてはならないものなのだ。
というのは、この氷炭は火族の体表から発せられる火気に触れている間のみ、強い冷気を発生させる性質を持っている。
これを利用した「氷風呂」を多くの火族は愛用しているのだった。
作り方はいたって簡単。水を入れた浴槽の下に氷炭を積めば完成。
火族が水に浸かれば、火気が浴槽を透過して氷炭に伝わり、氷炭が発した冷気によって凍る寸前まで冷えた水を楽しめるというわけだ。
体温が高い火族にとって自分の体を冷やしてくれる氷風呂はこの上なく気持ちの良いもの。中には、自らの体温を数百度にまであげてから、氷風呂に入ってその温度差を存分に楽しもうなどという者までいるほどだ。
倒された氷龍は、ヒト族によって氷根と氷牙を取り除かれる。
残った死骸つまり氷炭は、火族が管理する集積場へ運ばれ、うずたかく積まれる。
集積場の多くは、複数の火族が共同のオーナーになっていて、彼らは好きな時にそこから氷炭を採取することができる。
今、流彦たちも近くの集積場から取った氷炭を蓮杖家へと持ち帰ろうとしているのだった。
立ち止まった沙羅の足は小刻みに震えている。
20キロの氷炭を背負って山道を延々と歩き続けてきた疲れが出てきているのだろう。
そこらの人間なら、まして女子学生ならば、重い荷物をここまで運んできただけでも上出来ではある。
だが、流彦はため息をついていた。
(先は長いな……)
氷炭運びは基礎的な体力をつけるのに適しているが、並みの銃者でも、今の沙羅の3倍の量を背負って山道を駆けのぼり駆け下ることができるようでなければ、勤まらない。
東伝家では力仕事なんてしなかったのだろうか。
ひ弱なヒト族と違い、彼女はいちおう火族なのだ。能力の使えない「紋持ち」だとしても、体力だけは他の火族と同等以上に持ち合わせているはずなのだが……
とはいえ、一方で見込みがないとは決して思わなかった。
息が整ってきたのか、沙羅は少し顔を上げた。真紅の双眸にはまだまだ強い光が宿っていた。
こんなところでへこたれていられない、とでも思っているのだろうか。
沙羅は、汗をぬぐうと少し速足で歩き始める。自分のために遅れていることを申し訳なく思っているのかもしれない。
流彦は黙って自分の元まで少女が来るのを待っていた。
「……お待たせしまして、申し訳ありません!」
そう言って頭を下げる沙羅を流彦はしばし見つめていたが、
「行くぞ」
とだけ言って歩き出した。沙羅も「はい!」と短く答えてそれに従った。
(俺ってば……)
流彦は心の中でため息をついた。
沙羅に対してではなく、自分に対して不満を抱き始めていた。
(教え方、下手くそだな……)
紅沙原沙羅の教育係をおおせつかったとはいえ、何を、どう、声をかけたらいいのか、正直分からないままでいた。
この少女の様子からして、
「グズグズするな」
とはっぱをかければ、決して遅れまいと無理をするだろうことは明白だった。かといって
「無理をするな」
と言ったところで、反って流彦の気遣いを申し訳なく思って無理をするかもしれない。
(わかんねぇ……)
そもそも同年代の異性と話すこと自体が少ないのだ。
どう扱っていいのか、皆目分からない状態だった。
(……こんなとき、ほたるならどうしただろうな)
そうぼんやりと思った時、
「やぁ、おかえりですか?」
ふいに声がして、流彦は振り返った。




