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家族として

 翌日。午後4時。

 ここは、蓮杖家がある間沢(まさわ)山の四合目。

 既に陽の傾きかけた山道を流彦は歩いていく。

 背負ったアルミ製の背負子(しょいこ)がわずかにきしむ音がする。背負子には流彦の2倍ほどの高さにまで、荒縄で縛った“炭”が積み上げられている。総重量はおよそ100キロ。それでも流彦は息一つ乱さずにガレ場を登っていく。


「……フゥハァ、フゥハァ、フゥハァ」

 十メートルほど後ろから、荒く浅く繰り返される息が聞こえる。ザリザリと砂利を踏むゆっくりとした足音が止まり、流彦は振り返った。


 流彦と同じく背負子を背負った沙羅が立ち止まって呼吸を整えている。

 背負子に括り付けられた“炭”の量は流彦の5分の1程度だが、白い額や頬からは滝のように汗が流れ、小さな肩は激しく上下している。着ているツナギの色がところどころ変わるほどに汗をかいているのがわかる。


 沙羅は立ち止まり深呼吸を繰り返しながら必死に息を整えている。

 流彦はそれをじっと見つめていた。


 昨晩、うる香の説得はあっさりと終わった。

 説得というほどのこともなかった。

 流彦が改めて事情を説明すると、

「わかりましたわ。お父様がそうお決めになられたならわたくしも従います」

と、うる香は静かに頷いた。


「え、いいのか?」

 流彦が思わず聞き返すと、妹はキッとにらんできた。

「いけませんの?」

「いや、別に」

 流彦が答えると、うる香はフンと鼻を鳴らした。

「わたくしが反対したのは、お兄様がこの子と二人きりになるとおっしゃったからですわ。この家にいるというのなら問題はありません。東伝(とうでん)家のことは気になりますけど、私も自分の身は守れますし、コロナにだって指一本触れさせませんわ!」

「うる姉ぇ……」

 姉の力強い言葉に、コロナが嬉しそうに微笑んだ。


「……それでは、わたくしはこれで」

 そういってうる香はソファーから起き上がった。急に動いたせいか、ふらつきかける妹を、あわてて流彦が支える。

「大丈夫か?」

「……む、無論ですわ!」

 うる香は顔を赤らめて、兄の腕を振り払うようにすると歩き出した。

 その後姿に、沙羅は慌てて頭を下げた。

「あの、うる香さま。よろしくお願いいたします!」


 うる香は2,3秒ほど黙っていたが、振り返ると真紅の瞳で沙羅を見つめると

「先ほども申しましたけど、お父様のお言いつけとあれば、貴方を全力で守る。それだけのことですわ」

 そう言い残して、部屋を出て行った。


 流彦たちは気まずい雰囲気の中に残された。

「ごめんね、うる姉ぇってばプライドが高いからさ」

 とコロナが困り顔で沙羅に詫びた。

 先ほど無様なところを見せたことを恥じてあんな態度をとっているのだろう、と。

 沙羅は首を振って、微笑んだ。

「えぇ、存じています。うる香様が誇り高い方だということは」

 流彦はため息をつく。

「甘いもので簡単に釣れるけどな」

「あ、そだね~」

 コロナが笑うと、廊下の向こうからズンズンと足音が響き、扉が開かれた。

「き、聞こえていましてよっ!」

 うる香は顔を真っ赤にして抗議すると、再びバタンと扉を閉めて行ってしまった。


「……」

 何やってんだ、あいつは。流彦はため息をついたが、

「くくくく!」

「うふふふふっ」

コロナと沙羅は顔を見合わせて笑った。

 ようやく沙羅がリラックスした顔を見せたところで、

「おっつ~!玄関の応急修理終わったよ~!」

 蹴陽(けるひ)が部屋にやってきた。一仕事終えたという顔をしているが、顔や服に木くずが無数についたままだ。

「あ、ちょっとお母さん!そんな恰好で入ってこないでよ!また掃除しないといけないでしょ」

 コロナが眉を顰めると、

「あぁ~ん、コロちゃんがいじめるよぉ~!」


 蹴陽は助けを求めるように沙羅に抱きつく。

「きゃぁ!……ふふっ、よしよし」

 沙羅は子供をあやすように蹴陽の頭を撫でている。


「あ、そうだ!二人でお風呂入ろうよ」

「え、えぇ!」

 蹴陽の提案に顔を真っ赤にして戸惑う沙羅。

「ほら早く早く~」

 恥じらいながらも、目元と口元がこれ以上ないほどにやけている沙羅は、蹴陽に背中を押されて部屋を出ていった。


「嬉しそうだったね、沙羅ちゃん」

「……」

 コロナの言葉に、流彦はやれやれと首を振った。

 火族オタクめ。興奮して鼻血でも出さないといいが。


「大丈夫、沙羅ちゃんのこと、きっとうまくいくよ」

 コロナが呟くと、流彦は小さく頷いた。

「あぁ、なんとしても紅沙原は守って見せるさ」


「ううん、それだけじゃなくてさ」

 小さく首を振る妹に、

「どうした?」

と流彦が尋ねると、コロナは再度首を振り、

「なんでもない!おやすみなさい」

と、リビングから出て行った。


 そして、あくる日の今日。

 朝方、学校へ行こうとしていた流彦を沙羅が呼び止めた。真っすぐな瞳で少女はこう言ってきた。

「私に、銃者(じゅうしゃ)としての訓練を授けていただけませんか?」


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