世話係の拝命
東伝家と蓮杖家、二つの家がぶつかろうとしたとき、聞こえてきたのは影待穂親の声だった。しかしどこにいるのか?流彦は部屋の窓を開けて外を見上げた。
屋敷の前方の上空に、赤い炎に包まれた「雲」が見える。その雲の上には一隻の船が載っている。船首から船尾まで五十メートルはあるだろうか、船全体が虹色に光り輝いている。
「ウソ、あれ風吾見家じゃん!」
隣に来たコロナが驚きの声を上げる。
日本全体の火族をまとめる8つの上級火族“八火天”の一角、風吾見家。
この空中に浮かぶ豪華クルーザー「アマノイワフネ」は風吾見家のものであり、それが現れたということは、中には風吾見の当主が乗っているということに他ならなかった。
流彦の父・炉亜にとっては、自分が仕える「主」であり、既に彼は膝をついて礼の姿勢をとっている。隣にいる蹴陽もサムシンオーを屈ませると愛機から降りて跪いた。
東伝火津年も慌ててヘリコプターを地面に下ろして、その場に平伏した。弟の緋都もそれに倣って、風吾見の方に伏せている。
流彦たちも窓枠から離れて膝をついた。
「アマノイワフネ」の数十メートル下の空には1機のヘリコプターがホバリングしている。
「ご両家ともそこまでにされよ!正式な手続きを踏まぬ決闘は火族大協定違反。それを破ることはあなた方だけでなく、火族全体の名を貶めるものと自覚されよ!」
ヘリからそう高らかに声を上げたのは穂親だった。
「東伝家の銃者の件は、既に風吾見焔座様もご存じである。かくなる上は風吾見家がこの件を預からせてもらう、と焔座様のお言葉をいただいている」
焔座とはほかならぬ風吾見の当主のことである。今、穂親は火廷に仕えるものとしてではなく、風吾見の言葉を伝えるためにこの場にいるのだった。
それというのも、火廷極東支部が諮問機関としているのが他ならぬ“八火天”だからである。
なるほど、と流彦は合点がいった。
沙羅の昨夜の動向が漏れたのは、風吾見家がその情報を求めたからだろう。火廷としては止む無く風吾見にだけ伝えたつもりだったろうが、風吾見と東伝は縁戚関係に当たるから、風吾見の誰かが東伝に告げ口したに違いない。
とはいえ、その風吾見の当主までが出張ってきたからには、東伝も引き下がらざるを得ない。東伝兄弟は不承不承と言った体で引き揚げていった。
「いや、ご迷惑をおかけしました」
東伝も風吾見も去っていったあと、穂親は炉亜相手にそう謝った。
炉亜は
「いえ、来てくれて助かったわ。焔座さまの説得、苦労したんじゃない?」
と笑った。
穂親は頭を掻きながら苦笑した。
「まあ多少は。しかし、東伝の暴走は風吾見としても面白くはないはずですから」
「あれ、もしかして炉亜ちゃんが穂親君に頼んだの?風吾見を引っ張ってくるようにって」
蹴陽が首を傾げると、
「えぇ。東伝の屋敷でひと悶着あったと穂親君から聞いていたから。そのうえ、こっちも東伝にも無駄に血の気の多い人間がいますからね。泥仕合になる前に仲裁をお願いできないかと、掛け合ってもらったの。まぁ、来ていただける保証もなかったから黙っていたけれど」
と炉亜が答えた。
「アハハ、ごめんね……」
「血の気の多い」と強調した炉亜の言葉に、蹴陽は顔を引きつらせるしかなかった。
「全く……明日にでも風吾見のお屋敷に参って、今日の事を丁重に御礼申し上げなければ」
そう言って炉亜はため息をついた。
風吾見家からすれば、臣下である炉亜の、私的な家同士の争いのためにわざわざ足労したということだから(勿論、その原因の一端は風吾見家自身にもあるけれど)、炉亜は蓮杖家当主として、迷惑をかけたお詫びをせねばならないのだった。
何はともあれ。
ひとまず、風吾見家がこの係争を預かるといった以上、東伝がちょっかいを出してくることはないだろう。沙羅は現状のまま、蓮杖家で預かることができるということだ。
炉亜たちはすっかりぶち壊された玄関から屋敷の中へと戻った。
コロナや沙羅と一緒に両親を迎えた流彦に、炉亜は
「これからはあなたが、この屋敷で沙羅さんの面倒を見なさい」
と告げた。
「別段、蓮杖家を出る必要はないわ。けれど、けじめをつけると言ったからには、相応のものは見せてもらうわよ」
「あぁ、わかってる」
流彦は小さく頷いた。
もとよりそのつもりだったのだ。今更迷うことなんてない。
流彦の決意を秘めた視線に炉亜が頷き返す。
「あのっ、本当にすみません。ご迷惑ばかりかけて……」
沙羅は一歩進み出て炉亜に深く頭を下げた。
今更だ、と流彦が声をかける前に炉亜が動いた。
「気にすることは何もないわ。だって、あなたはもう蓮杖家の一員だもの」
「……!」
思わず顔を上げた沙羅に、炉亜は今日の中で一番穏やかな笑みを送った。
瞳を潤ませかける沙羅に蹴陽が後ろから抱きつく。
「よぉし!じゃあ歓迎のパーティーを開かなくっちゃね!」
「えぇ、今から!?」
コロナが戸惑いの声を上げると、炉亜はため息をついた。
「その前にやることがあるでしょう?」
すっかり風通しのよくなった玄関からの風を受けて、蹴陽が笑う。
「あはは、そだねー!じゃあさっさと直しちゃいますか!」
「アタシはお湯沸かしなおすね」
蹴陽は修理工具を取りに自分のラボへ、コロナはダイニングへと向かっていく。
その様子を目を細めて見つめると、炉亜が流彦たちに呼びかけた。
「……あなたたちはうる香の様子を見に行ってあげて」
「は、はい……」
沙羅は微笑みながらもその表情は硬い。
うる香に拒絶されるのではという恐れがあるのだろう。
「……心配すんなよ」
流彦はそう口に出していた。
「流彦さま……」
見上げる瞳は心なしか熱っぽく潤んでいるように見える。
流彦は思わず目を逸らすと、
「親父も言ったろ。これは俺の責任だからな。俺がなんとかする」
そう言ってリビングへと歩き出した。
「はい!」
そう言って付き従う沙羅の声は明るさを取り戻していた。




