とりあえずの決着
大変お待たせしました。
東伝火津年の言葉に、沙羅の顔は真っ青になり、色を失った唇のまま震えている。
「大丈夫、大丈夫だから!」
蹴陽は沙羅の隣に寄り添って、冷たい手を握っている。
「くそ……」
流彦も唇をかんだ。ここまで沙羅を動向を掴んでいるとは。
どう考えても火廷から情報が洩れているとしか思えない。一体どうしたことだろうか。影待穂親がそんなヘマをするとは思えないが。
炉亜は表情を変えずに沈黙していたが、
「……確かに沙羅さんは私たちの大切な友人です」
と言った。もはや隠し立てしても仕方ないと判断したのだろう。
「てめぇ、やっぱり!」
と、緋都が再び怒鳴るのをけん制するように
「昨晩、黙って沙羅さんを保護していたことは申し訳なく思います。ただ、東伝家の皆様相手に無用な騒ぎは起こしたくなかったのです。彼女が何事もなく東伝のお屋敷に戻れたならそれで良し、と考えた。それだけのことです」
炉亜は落ち着いた声で弁解した。
「何事もなく、か。本当にそう考えていたのか?」
火津年はそう言って含み笑いをした。
さきほどとは形勢が逆転していることが嬉しいのだろう。
「と申しますと?」
炉亜はあくまでも涼しい声で問い返す。
「ハッ、大方その紋戴児のガキにいろいろ吹き込んで、俺たちのところに送り返したんだろうが」
思いもかけないような緋都の言葉に、流彦たちは「は?」と目を丸くした。
「……私たちが沙羅さんを工作員か何かに仕立てたとおっしゃりたいのですか?」
炉亜があきれ顔で尋ねると、火津年は
「まぁ可能性はゼロではあるまい。現に我が家は甚大な被害を被ったのだからな」
と平然と言い放った。
「あいつ、好き勝手言ってくれちゃって!」
蹴陽は腕まくりをして飛び出していく。
「あ、おい!」
落ち着け、と窘める流彦の制止を躱して母は飛び出していった。
「ったく……」
あきれるものの、流彦の中にも怒りが沸き上がり始めていた。
言いがかりにもほどがあるというものだ。
奴らは本気で沙羅が氷龍を呼び寄せたと考えているのか?そんなことが人為的に可能だと?
「そもそも、我々が東伝の皆様を害して何の得があるというのですか?我が蓮杖家はわずか4代の新興火族。20代以上の歴史を誇る東伝家に盾突く理由などありません!」
と炉亜は反論する。
現在の火族社会において重視されるのは、個々の能力ではなく、「家格」だ。家の歴史や過去の戦いでの貢献度によって決められ、家同士は明確な上下関係の元に置かれる。この中において、蓮杖家のような家格が下の火族が「上」の家に逆らうような真似をすれば、相手の火族はおろか、他の家だって黙ってはいない。
炉亜は続けて訴える。
「わたくしも、私の伴侶も、他の火族の皆様から過分の評価と待遇を受けている者でございます。皆さまの信頼を受けてこそ今の私たちがありますのに、どうしてそれをわざわざ失うようなことをいたしましょうか!」
「八火天」の護衛隊長と、火廷直属部隊「炎卓の騎士」。
本来、家格と実力を兼ね備えなければ就くことのできない職に、炉亜と蹴陽は抜擢されている。それはもちろん二人の能力がずば抜けているためであり、それだけ周囲からの信頼を受けていることの証である。
ちなみに、流彦たちが沙羅の処遇をめぐって裁判を起こす、という考えに至ったのも、そうした日頃の行状によって他の火族を味方につけられるという勝算があったからである。
けれど、火津年は口元を歪めてあざ笑った。
「なればこそだ。そうして名声を得ている貴様らが、その地位を確固たるものにするために、我らを追い落とそうと考えたとしても不思議はない!」
「……!」
絶句する炉亜の後ろから、
「バカいってんじゃないよっ!」
スピーカーの音量を最大にしたサムシンオーに乗って、蹴陽が地面に降り立った。
「蹴陽さん!中にいてって――」
炉亜が咎めるが、
「悪いけど、これ以上押し問答に付き合う気はないよ」
蹴陽はそう呟くと、火津年に向かってこう言い放った。
「別にあなたたちを追い落とす必要なんてない。だって、家格だけご立派な家が落ちぶれていくのは時間の問題だもの!!」
「な……!」
見る間に火津年の顔は紅潮した。
火族を怒らせる方法は数多くあるが、その中でも最たるものは相手の家そのものを侮辱することだ。これをされて黙っている火族はいない。
「貴様っ!!」
火津年の怒気を孕んだ声に、
「蹴陽さん、なんてことを!」
と炉亜はなじるが、蹴陽は
「まどろっこしいのは抜き!ここでケリをつけようじゃないの!」
と不敵な笑みを浮かべる。
その蹴陽めがけて、緋都が突っ込んでくる。
「クソ雑魚がぁあ!」
血走った目で炎に包まれた鉄球を投げつける緋都に、蹴陽が応戦しようとしたとき、
「両者ともそこまで!」
涼やかな声が響き渡った。
流彦は屋敷の中から思わず外を振り仰いだ。
「この声は、影待課長!」
1時間後。
流彦は、リビングの一角の壁に背をもたせかけていた。
室内では、ソファーに横たえられたうる香をサンティアと沙羅が看病している。
うる香は、赤い顔でう~んとうなされたような声を出していたが、突然ハッと目を見開いた。
「気がつかれたようですね」
と、サンティアが声をかける。
「……!」
沙羅が覗き込んでいるのに気づいたうる香は、眉を顰めて唇をかみしめ、視線を逸らした。
その反応に、沙羅は落ち込んだ様子を見せる。
気まずい雰囲気に水を差すように、流彦はわざと大きく息をついて、うる香の元に歩み寄った。
「お兄様……」
ソファーの上で居住まいを正す妹に、沙羅のほうを指し示した。
「とりあえず、紅沙原はここで預かることになった」
「え?」
「俺もこいつの教育係として残る」
そう言ってソファーに腰かける流彦。
「るぅ兄ぃったら、それじゃ説明になってないよ」
コロナは苦笑して首を振る。
流彦はクッションに身を預けながら、先ほどまでのことを思い返し始めた。




