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泥の中から蓮は咲く

大変、遅くなりました。よろしくお願いします。

 窓外から聞こえる緋都(ひいと)の罵声に、炉亜はため息をついた。

「さっそくプランが崩れたわね……」

「まぁまぁ、分かりやすくなっていいじゃん。ここでケリつけちゃお」

 腕が鳴る、とばかりにウキウキしはじめる蹴陽(けるひ)


「いえ、蹴陽さんは中に入ってて。私一人で片づけます」

「え」

「二人がかりでは、自分が脅威だと思われていると相手が勘違いするわ。例えサシでやっても敵わないってことを存分に思い知らせてやらないと」

 口角を上げてそう笑う炉亜。体表からわずかに白い炎が上がり始めたのが見える。

「お父さん、怒ってるね?」

 コロナが流彦にそっと(ささや)く。 


「うむ……」

 流彦も冷や汗が流れるのを感じた。

 こういうときは素直に従うのが身のためだと長い付き合いで分かっている。

「お、オッケー。じゃあ頑張って」

 蹴陽もさすがに引きつった笑いを浮かべている。


「オラオラァ!ここには臆病モンしかいねえのかぁ!」

 地響きはさっきよりも大きくなっている。奴の振り回す鉄球が屋敷の近くに着弾したのだろうか。前庭はひどい有様になっているに違いない。


「さて、駄犬にはしっかりとしつけをしないとね」

 炉亜は長く美しい銀髪を束ねてポニーテールに結った。

 それは、戦闘態勢に入ったという合図。

 ゆったりとした部屋着のワンピースの上にコートを羽織ると、炉亜は部屋を出て行った。


「さぁて、ゆっくり観戦としゃれこみますか~」

 蹴陽はそう言って、テレビのリモコンを点けた。

「アタシはうる香ちゃんの様子見てくるね」

 コロナは氷枕とタオルの用意を始めている。


「あ、ほら、沙羅ちゃんもこっち来て。一緒に見ようよ~」

「え、えっと……」

 戸惑いの表情で流彦のほうを振り返る沙羅。

 流彦はフンと鼻を鳴らした。

「遠慮すんなよ、火族オタク。見たことねぇんだろ。うちの親父が戦うところ」

 

「……」

 沙羅は俯いている。

 自分がここに隠れていていいのか、と悩んでいるのだろう。

「念のため言っておくが、もう、お前一人出て行って首を差し出せばどうにかなる事態じゃねぇんだ」


 そう言いながら流彦は、蹴陽と公園で落ち合った時のことを思い出していた。

 泣き止むまで沙羅の背中を撫で続ける蹴陽に、

「ひとまず、その子は火廷で預かります」

穂親(ほのちか)が提案した。


 蹴陽はため息をついて首を振る。

「それで、沙羅ちゃんの安全が確保されるならいいんだけどね……」

「おっしゃりたいことは分かります。けれど、蓮杖家にお任せしてしまうわけには――」


 二人の押し問答に、

「私はもう大丈夫です。実家に戻ります」

 沙羅は顔を上げてそう言った。

「沙羅ちゃん……」

 少女は真っ赤に泣きはらした目のまま、無理やりに笑顔を作って蹴陽に顔を向ける。


「もう、銃者にはなれませんし。東伝家から呼び出しがあれば一人で行くことにします」

「そんな!ダメだよ!」

 蹴陽は再び沙羅を抱きしめる。ここで離せばきっと二度と戻ってこない、と恐れるかのように。


 沙羅も蹴陽の温もりを確かめるように身を委ねていたが、ゆっくりと体を離すと、

「本当にありがとうございました。たった一晩でしたけど、蹴陽さまや皆様と過ごせてとっても楽しかったです。炉亜様、うる香様、コロナ様にサンティアさんにも、どうぞよろしくお伝えください」

と気丈に話した。


 そして、流彦を見上げる。

「流彦様にも、二度も助けていただいて。本当に感謝してもしきれません。せっかくいただいたこの命。例え、あと、わずかでも、せいいっぱい……」

 言いながら唇をわななかせ、言葉を詰まらせて大粒の涙を流す沙羅。


「……」

 流彦は両の拳を握りながら、奥歯をかみしめていた。

 沙羅の頭上に鉄球に降りかかった時。

 流彦を動かしたのは、恐怖の感情だった。

 何もできないまま、命が失われていく。

 強者の勝手な理屈で、理不尽に奪われていく。

 

 最後に感じた姉の手のぬくもり。

その腕を払ったときの彼女の寂しそうな顔。

 

 白い棺に入って帰ってきた姉。

 どうしても覗き込むことのできなかったあの日。

 

 そんな気持ちを味会うのは二度とごめんだという気持ちが流彦を突き動かしていた。

 

「ふざけんなよ……」

 流彦は呻くように呟くと、沙羅に歩み寄った。

「勝手に諦めてんじゃねぇよ。覚悟も決められねぇ半人前が」


「ちょっと、るーちゃん!」

 そんな言い草はないでしょ、と蹴陽がなじる。

 沙羅も眉を上げて、袖でごしごしと目をこする。

「覚悟は、これから決めます」

「……そうじゃねぇよ!」

 流彦は、沙羅の胸倉につかみかからんばかりに顔を寄せる。

「みっともなかろうが、誰に迷惑をかけようが、生きてみせろ!最後の最後まであがいてみせろよ!」

「……!」

 再び、少女の琥珀の瞳は潤み始める。


 どうすればこの少女を生かすことができるのかは、流彦自身にも分からない。

 けれど、このまま終わらせるわけにはいかない。


「俺と来い」

 流彦はそう言って立ち上がった。


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