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流彦の決意

「っはーっ!良かったぁ、まごうことなき神回だわぁ!次週になる前に見れてよかった~」

「ふふっ、私もですっ。ネットでネタバレ見ないようにするの大変でしたから」


 蓮杖(れんじょう)家のリビングで、蹴陽(けるひ)と沙羅は談笑している。今まで二人は今週放映されていた「サムシンガー」の録画を見ていたのだ。

 この場面でキャラソンのインスト流れるとやっぱりアガるよね~などと熱く語り合っている様子を、流彦は少し離れたソファーからぼんやりと眺めている。

 東伝(とうでん)の屋敷を脱出してからかれこれ2時間は経過していた。

 涙による目元の腫れも引いて、沙羅は本来の明るさを(少なくとも表面上は)取り戻したようだった。


「東伝の屋敷で氷龍騒ぎがあったと聞いて、よもやと思いましたけど……まさか本当に連れて帰ってくるとは思いませんでしたわ」

 帰宅するなり、うる香は流彦の背後に来ると、そう言ってため息をついた。

「お母様ったら、どうするつもりなんですの?あの子を」

 もしこのまま沙羅を蓮杖家に置くつもりなら、当主である炉亜を説き伏せねばならない。

 

 流彦は深く息を吸い込むと、

「俺が親父に話をつける」

と言った。

「え?」

 ソファーから起き上がり、うる香の目を見る。


「あいつを連れてきたのは、俺だからな」

 目を真ん丸にして呆然とするばかりのうる香の横を、

「皆様、お茶が入りましてございます」

 ティーセットを掲げ持ったサンティアが通り過ぎる。

「ちょっと遅いけどおやつにしましょう!」

 そういってサンティアの後に続くコロナは、クッキーが山盛りになった皿を持っている。

 彼女も、沙羅が「戻って」きたことに喜んでいる一人だった。


 やったぁ!と喜ぶ蹴陽たちを見ながら、我に返ってやれやれと呟くうる香。

「お父様は、多数決でどうにかなる相手ではありませんわよ?」

 流彦もじっと前を見据えながら、

「あぁ、分かってる。あいつらの手は借りねぇよ」

と答えた。


「なるほど、事情は分かったわ」

 腕組みをしてじっと話を聞いていた炉亜は、ゆっくりと瞳を開くとそう言った。

 夕食後の、2日連続の家族会議。

 昨日と同じ場所で、流彦は今日の顛末を父に説明していた。

 ティーカップを片手にうる香は

「ウフフ、お兄様もなかなかやりますわねぇ。あの下品男の鼻っ柱を折るなんて。私も見たかったですわ~」

と愉快そうに笑ったが、

「うる香ちゃんは少し黙っててね」

 炉亜は、穏やかながら迫力のある声音で窘める。

「東伝緋都(ひいと)は執念深い男よ。どんな手を使っても、自分をやり込めた相手を見つけ出そうとするわ」

「でも、一度も変身の解除はしなかったんでしょ?なら、まだるーちゃんの正体はバレてないんじゃない?」

 蹴陽の言葉に炉亜は首を振る。

 

 逃走するときに流彦は大鷲の姿になっているが、氷龍との戦いの前に、同じ姿で蹴陽と話しているところは東伝の連中も見ているはず。蓮杖家に息子はいないことになっているから、血縁とは思わないかもしれないが、蓮杖の関係者と思われている可能性は高い。

 否、奴らは真っ先に蓮杖家に探りを入れてくるに違いない。


「沙羅さんを救うためとはいえ、少し暴れすぎたわね」

炉亜は深く息をついた。すまない、と頭を下げる流彦に

「過ぎたことは仕方がないわ。……それで?」

と炉亜は話を促す。

 連れ帰ってきた沙羅の処遇をどうするのか、という話だ。


「……紅沙原(くさはら)は、俺が預かる」

 流彦が短く、しかし力強く宣言すると、一同は息を呑んだ。

 その中で炉亜だけは表情を変えることなく流彦を見つめている。


 現実的なことをいえば、火族社会における警察である火廷に彼女を預けるのが一番である。

 けれど、火廷自体には沙羅をかくまい続けるだけの権限も権利もない。

 今回のような場合、火廷は親元である紅沙原家に沙羅を引き渡すほかない。


 だが、そんなことをすればどうなるか。

 東伝家は彼女を放っておかないだろう。

 威信と名声を傷つけられた彼らは、氷龍騒ぎの「元凶」と定めた少女を亡き者にせずにはおかないだろう。

「紅沙原だけじゃない、その両親も犠牲にならないとも限らない」

 流彦がそう言うと、沙羅はぎゅっと目を瞑り、スカートのすそを握りしめた。


「そうね。……でも、それはウチで匿う理由にはならないでしょう。あなたの可愛い妹たちが東伝との争いに巻き込まれるリスクを冒してまで、その子を預かる義理なんて私たちにはないわ」

 冷たいことを言うようだけれどね、と炉亜は突き放す。

 炉亜とて、沙羅の境遇を不憫と思わないわけではない。

 しかし自分の家族と天秤にかけるほどのものではない。

 当主として、そして一人の親として、子どもたちを危険に晒したくないという思いは、流彦にも分かった。

 

 流彦は、あぁ、と小さく頷く。

「わかっている。うる香やコロナには指一本触れさせやしねぇ。だから――」

 

 一拍置いて、流彦は言った。

「俺が家を出る。紅沙原を連れて」


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