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裏切り

「考えだぁ?」

 緋都(ひいと)がそう返すと、火津年(かつとし)は重々しく頷いた。

「そうだ。今回の件は我が東伝家を良く思わぬ者が、災いの種をこの家に落としたために起きたことだ。そうでなければ火族の領域に氷龍が入り込むなどありえんことだからな。逆に言うならば、その元凶を除くことで、氷龍の脅威を完全にこの地から去らせることができる」


「へぇ。兄貴には目星がついてるのか?」

「いや、だがこれからこの場で見つけるのだ」

「ハッ、どうやって?」

 呆れたような声を上げる弟に、火津年は目線を送る。

「お前ならどうする?」

 そう問われた緋都は数拍置いてから、何かに気づいたように目を見開き、続いて嗜虐的な笑みを浮かべた。


「まさか……!」

 穂親は思わず驚愕の声を漏らす。

「おい、お前らよぅく聞け!」

 緋都は周囲を見回しながら大声を張り上げる。

「この中にクソ蛇どもを呼び寄せた元凶がいる!……お前らそいつが誰だか知らねぇか?」


「どういうことですか?」

 沙羅は戸惑ったようにつぶやく。

 再びざわつきはじめた使用人たちを嘗め回すように見つめる緋都の様子に、流彦は

(下種め……!)

と唇をかんだ。


 奴らはでっち上げる気なのだ。

 誰かが氷龍をこの地に呼び込んだのだと。この中に災いをもたらす人間がいるのだと。

 このご時世に“魔女裁判”をやろうなどとは!


 あまりにもバカげていると、流彦は思った。

 否、この場にいる大半の人間もそう感じただろう。

 だが既に、オオカミは獲物を探し始めていた。


 そして、不幸にも緋都と目が遭ってしまったのだろう、ヒッと小さく悲鳴を上げたメイドの一人に

「オイ何だ?ご主人様を見るなり顔をそむけるたぁ、どういう了見だ?」

 緋都は大股で近寄ろうとする。

「イャ、イヤッ!違い、違いますっ!」

 喉も避けんばかりにメイドの少女は叫ぶが、奴の足は止まらない。


 すると、

「待ってください!」

 澄んだ声が庭に響いた。

 一人の女性がメイドをかばう様に立ち上がった。

「智花さんは違います。今回の災いの原因は恐らく……沙羅ちゃんです」


「え?」

 小さく呟いて沙羅は立ち尽くした。

 流彦が彼女を見ると、その瞳は虚ろになっていた。

「あ?誰だそいつは?」


「紅沙原沙羅。4カ月前に住み込みになった女中です。昨晩行方不明になり、火廷に保護されて今朝がた帰ってきたものです」

 そう言ったのは白髪の男だ。

「執事長、本当ですか?」

「火廷だと……?」

 

 周囲がざわめく中、火津年が低く問う。

「そのものはどこに?」


「違うっ!」

 そう叫んだのは沙羅本人だった。

「おい、やめろ!」

 流彦が制止しようとするが、少女は唇を震わせ真っ青な顔のまま、フラフラと前によろけると膝を震わせてその場にひざまずいた。


「お前か……」

 そう呟き、身を翻して緋都が飛び上がるのと、流彦が沙羅をかばうようにその前に立つのとは同時だった。

 鉄球を担いだ緋都が流彦の眼前に降りてきた。地響きと、砕け舞い散る土くれ。

 両の足を踏ん張り、両腕を広げて少女を庇う流彦に、

()け」

と緋都は短く低く告げる。

 

 流彦は無言で鋭く睨み返す。

「てめぇ……」

 不遜な態度にブチ切れたらしく、今にも鉄球を流彦の頭上に落とそうとせんばかりの緋都に

「無礼をお許しください、緋都殿」

 流彦と緋都の間に割って入ったのは、穂親(ほのちか)だった。


「課長!」

と流彦は思わず呼んでしまう。

「私は、火廷特務局第三課の影待(かげまち)穂親と申します。この者は私の部下です」

「クソ狗どもが。何の用だ!」

 緋都が恫喝(どうかつ)すると、

「氷龍退治はともかく、これは我家の問題。火廷にとかく首を突っ込まれる覚えはないぞ」

 火津年も語気を強める。

 

 しかし、穂親は冷ややかな口調で

「そうは参りません。ゆえなくヒトを傷つけることは、火族とヒト族とで結んだ協定に違反します。火廷としてそれを見過ごすことはできません」

 

 火津年は「む……」と押し黙るが、

「その女は、紋戴児(もんだいじ)です。火族でもヒト族でもないはみ出し者に情けなど無用にございます」

 執事長が冷酷に口を挟む。

「紋戴児だと!」

「なんてことだ!」

 使用人たちのざわめきが一層増した。

 

 穢れたものを見るかのような視線に、流彦は拳を振るわせる。

(こいつら……!)

 緋都は口元を歪めると、

「決定だな。処刑ケッテーだ!」

 ヒャアと奇声を上げて、軽く鉄球を上に放り投げる。

 沙羅の頭上に降りかかろうとする鋼鉄。

 

 だが、流彦は瞬時に変身してそれを受け止めた。

「何?」

 流彦は鋼の彫像と化していた。

 隆々とした黒鉄(くろがね)の筋骨と体を覆う簡素な鎧。古代神話に登場するかのような闘士となった流彦。


「流彦、さま?」

 小さな声に振り返る。

 肩を落として座り込む沙羅は声を上げることもなく、流彦を見上げている。

 その瞳からは茫洋(ぼうよう)と涙が流れ落ちている。

 

 流彦は前に向き直り、太い指で鉄球の穴を掴むと、

「ぬんっ!」

と唸って、緋都の顔面に思い切り叩きつけた。

「ぐごぉ!?」

 メキメキと骨のきしむ音。高い鼻が歪み、緋都は鼻血を吹きながら後頭部を地面に打ち付けた。


「緋都さまっ!」

「くそ、貴様ぁ!」

 東伝家の使用人たちが銃や火炎放射器を構える。


「流彦!」

 沙羅を抱え上げた穂親が叫ぶと、流彦は小さく頷いて高く跳躍した。

 銃弾や炎が流彦たちの足元を掠める。

 流彦は瞬時に、大鷲に変身すると穂親と沙羅を乗せて、東伝家の庭から飛び出した。


 東伝の屋敷が米粒ほどに小さくなっても、流彦は無言で飛び続けていた。

 穂親も一言も発さずに沙羅の風よけに徹していた。

 沙羅は虚ろな目のまま座り込んでいた。


「るーちゃん!」

 地上を見ると、サムシンオーに乗った蹴陽が手を振っていた。

 氷龍退治の後、東伝の縄張りから追い出された彼女は、流彦たちの到着を待っていたようだった。


「沙羅ちゃん……!」

 蹴陽が呼びかけると、流彦はロボットがいる公園に降り立った。

 穂親が沙羅を抱えて地上に降りると、蹴陽は待ちかねたようにコクピットを開き、沙羅に駆け寄った。


「沙羅ちゃん」

 もう一度、優しく呼びかけると、ゆっくりと少女は顔を上げた。

「蹴陽さま……」

 弱弱しい声に蹴陽は頷くと、そっと沙羅の細い体を抱きしめた。


「おかえり」

 蹴陽のささやきに、沙羅はびくっと体を震わせた。瞳に力が戻る。そして

「う、ぐぁ……ああぁあああ!」

 顔をくしゃくしゃにして、火のついたように泣きじゃくる少女を、母の抱擁を受けて赤子のようにしがみついている少女を、流彦はじっと見守るのだった。


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