氷龍迎撃戦 2
流彦は揺れる台地の上を駆け抜けた。上空では蹴陽と緋都が湧き出してくる氷龍を相手に格闘を続け、その余波が地面を揺らし続けていた。
急に空に影が差したと思えば、軽トラックほどの大きさの氷龍の肉片が降ってきて、流彦の眼前数メートルの所に落ちた。えぐれてアスファルトが四方に飛び散る。流彦は体を穴だらけにされないように体表面を鋼鉄にした上で地面に伏せる。
「くそっ、お袋のやつ。任せろって言っておいてこれかよ」
地面にしがみついて毒づく流彦。
蹴陽とて必死に戦っているのであったが、一緒に「組んでいる」相手が悪すぎた。
いや、組んでいるなどとはお世辞にもいえない有様だった。
「ッラァ!死ね死ね死ねぇ!」
東伝緋都は大声で叫びながら、トゲ付き鉄球のついた鎖を振り回している。トゲの先端はロケットの噴射口になっていてそこから赤い炎が噴き出している。四方八方、数メートルの長さに伸びた炎が氷龍の身体に穴を開け、切り裂いていく。
「ちょっと、危ないんだけどっ!」
その威力は十分なのだが、使い手である緋都が特製ドローンに乗りながら闇雲に振り回すので、その炎に当たらないよう蹴陽も避けながら戦うしかない。
「ハァ?こちとらババアに合わせて戦う筋合いなんてねぇんだよ!」
方眉を上げて嘲る緋都。
「こっちにはあるんだけどね……」
とため息をつく蹴陽。緋都を狙う氷龍を打ち払ったりと、先ほどからさりげなくサポートしてやっているのだが、それに気づいているのかどうか。
この若造、さっきから見ていれば目の前の敵に夢中になるあまり隙だらけで、危なっかしいのだ。
こんなやつ、別段氷龍に喰われたところで少しも良心は痛まないが、やはりこの数相手に一人では厳しいし、「下」の士気にもかかわる。
「緋都!あちこち飛び回るな。銃者たちが射線を決められん」
緋都の兄、火津年が窘める。
自分たちの主人に砲撃が当たっては一大事、と下から援護するはずの銃者たちも苦労しているようだ。
「フフン、怒られちゃったね」
と蹴陽が言うと、緋都は青筋を立ててがなり立てた。
「っせんだよぉ、雑魚兄貴が!黙って屋敷だけ守ってろや!」
大声で毒づいて、上空から束になって襲ってきた氷龍めがけて炎に包まれた鉄球を投げつける緋都。べしゃっと壁に叩きつけた泥団子のような音を立てて崩れる氷龍たち。
だが、バラバラと降りかかる残骸の一つが緋都のドローンのプロペラを破壊した。
「なっ、くそっ!!」
たちまち推力が低下し、ドローンは高度を下げていく。
「緋都様!」
部下たちが声を上げるが、
「ちっきしょう!!」
緋都は氷龍たちを睨みつけながらゆっくりと降りていく。
「……墜落はなさそうだね」
悪運の強い奴め、と思いながら、残存している氷龍を振り仰ぐ蹴陽。
一時ほど大挙してやってくる感じはないが、次から次へと湧き出てきてきりがない。
蹴陽はため息をつくと、気合を入れなおす。
「ま、邪魔者はいなくなったし。こっちも思う存分暴れてやりますか!」
やっぱり、誰かをかばいながら戦うなんて性に合わない。
「蓮杖殿、援護を」
火津年の声が聞こえるが、
「いらないよ!それよりも氷龍の死体が民家に落ちないように気を付けて!」
蹴陽はそう言って唇を湿らす。
「ヒーローがみんなに迷惑かけるわけにはいかないからね!」
そのころ、流彦は東伝の敷地に足を踏み入れていた。一応、こういうときのための偽造セキュリティカードは持っているのだが、既に穴だらけの擁壁を抜けるのにその必要はなかった。
流彦と同じような背格好の黒服たちが幾人か、こちらに向かって走ってくる。恐らく、どこかに不時着した緋都を助けに行くのだろう。
「おい、どこに行く!」
すれ違いざま黒服の一人が流彦に声をかけるが、流彦は逆にその男を捕まえて
「独房はどこにある?」
と聞いた。はぁ?と怪訝そうな声を上げる男。この非常時に何を言っているのかという顔だが、流彦は襟首を掴まえている手に力を入れて
「どこかと聞いている」
と凄むと、うっと怯んだ後
「し、知らん!コントロールセンターのコンソールでもたたけば分かるんじゃねぇか?」
と吐き捨てて手を振り払い、逃げるように駆けていく。
「コントロールセンターか……」
ともかく屋敷の中に入らなければ始まらない。流彦は扉を開けて中に入った。
屋敷内は外ほどではないにせよ、絶えず地響きが伝わってくる。まるで勝手の分からないところだが、コントロールセンターなるものの見当はついている。
そういう類の設備は、なるべく被害を被らない地下につくるものと相場は決まっている。
「さてと……」
あたりに目を巡らせたとき、流彦は廊下の向こう、ちょうど曲がり角の所に蠢く影を目にした。
それは蛇だった。
体長は1メートル。太さは10センチほどか。
「いや、蛇なんかじゃない……あれは氷龍!」
くそっ、こんなところにまで。
流彦がそちらへと駆け出すと、小さな氷龍は逃げていく。
その後を追いかけて廊下を曲がり、階段を駆け下る。
だが、ある拍子にその氷龍を見失ってしまった。
「あいつ、どこへ……!」
いつの間にか、ひんやりとした空間へと入り込んでいた。
地下に来たのだろうか。
ふと、衣擦れの音がして流彦は耳をそばだてた。どこからか小さな声が聞こえた。
「うぅ……ん」
その声には聞き覚えがあった。
「紅沙原……!」




