当主の責任
少し離れたところに座っていた母は流彦たちの元に転がるように躍り出ると、
「待って、待ってよ!東伝家がどんな家かみんな分かってるの?」
そう言って皆の顔を見回す。
炉亜は笑みを顔に張り付かせたまま、自身のパートナーを見据えた。
「蹴陽さん、もう反省文は書き終えたの?それともまだ『お話』が足りなかったかしら?」
炉亜がそういって白く大きな手を掲げると、蹴陽は両手でスカート越しに自分の尻を抱えて「ぅう」と呻いた。
パーティーの後は早速、炉亜によるお仕置きが行われた。
ことの顛末を話したことで、流彦もうる香も、お小言を頂戴して軽く頭を小突かれたくらいで済んだのだが、大元凶である蹴陽はそうはいかなかった。
炉亜に首根っこを掴まれて、書斎へと入る蹴陽。そのあと、扉越しに聞こえた乾いた音は、流彦ですら背筋が凍るほどだった。
そして今は、尻の赤みの引かぬまま机の前に座らされて、一言も発することなく反省文を書かされていたのだったが、沙羅の処遇に我慢ならなくなったらしく飛び出してきたらしい。
「東伝家。まぁ、あまりいい噂は聞きませんわね」
そう言って腕を組むうる香。
「いい噂どころか……あそこのバカ息子なんて権力にまかせて部下の女性に関係強要しまくってんだよ!?」
蹴陽は激昂しながら、沙羅の元に駆け寄った。
「絶対沙羅ちゃんも狙われてるよっ、だってこんなに可愛いんだもんっ!」
そう言ってひざ元にかじりついて離すまいとする蹴陽に、
「蹴陽さま……」
沙羅は顔を赤らめ、困ったような笑みを浮かべている。
「……あっ!っていうか、もう奴らに食べられたりしてないよね?」
蹴陽は青い顔をして沙羅にすがり付く。
「自分こそセクハラ質問投げてんじゃねぇぞ、お袋!」
流彦は鋭く突っ込みを入れるが、
「あ、はい、まだ処女です!」
「……お前も答えなくていいから」
もっと恥じらいを持てよ、と眉間を押さえる流彦。
その中、炉亜は平然とした顔で
「仮に東伝家がその子に非道なことをしたとして、それがどうかしたの?」
と言った。
「!」
思わず振り返る蹴陽を見つめ返して、諭すように話す。
「ねぇ、銃者になるってそんな簡単なことかしら?たとえその身を穢されようとも泥水をすするような真似をしようともなりたいって人間はゴロゴロいるのよ。……あなただって、よもやその覚悟もなしに飛び込んでいるわけではないでしょう?」
そう言って沙羅を見ると、少女は静かに頷いた。
「はい、銃者になるためならどんなことでも甘んじて受けるつもりです」
「沙羅ちゃん!」
蹴陽は咎めるように叫ぶと、炉亜の前にひざまずき平伏した。
「何のつもり?」
「沙羅ちゃんは私が引き取る!」
母の言葉に、うる香はやれやれとため息をつく。
「何を言い出すのかと思えば……」
流彦も蹴陽を睨みつける。
「犬猫を飼うのとは訳が違うんだぞ」
例え、下っ端の小間使いとて火族には財産だ。それを急に買い取るといって相手が簡単に納得するわけがない。
「そんなこと分かってるよ!でも銃者になりたいんならウチで勉強したほうがよっぽどいいよ。ウチは他にライバルの使用人なんていないし、セクハラキモオヤジもいないし、何より火族としての優秀さはウチのほうが上なんだよ!こっちにいたほうが絶対いいよ!」
顔を赤くしてそう熱弁する蹴陽の姿に、沙羅は目を潤ませる。
「蹴陽さま……」
そこまで言ってもらえるなんて、と感動しているらしい。
「ねぇ、お願い。もうわがまま言わないから、お小遣いだって全部返上するから、だからこの子をウチに置いてやって!」
そう言って額を床にこすりつけるようにしている母。
火族は総じて、ヒト族を侮る傾向がある。
表向きはヒト族を守り慈しむ高潔な人格を演じていても、裏ではヒト族の使用人を奴隷同然に虐げ、事故などでヒト族に迷惑をかけても平然としている輩は大勢いる。
けれど、蓮杖家、特に蹴陽は火族であれヒト族であれ、分け隔てなく付き合おうとする。ヒト族が作り出したポップカルチャーに入れ込んでいるせいもあるのだろうが、人懐っこいところは蹴陽の美点と言えた。
それに、いくら普段子供じみているとはいえ、自分を生んでくれた人がこうして伏せている姿には、さすがに流彦も気が咎めてきていた。
腕を組んだままのうる香の瞳も揺れているようだ。
「……あの、アタシも、沙羅ちゃんがいてくれたらいいなって思うんですけど」
そういってコロナが恐る恐る手を挙げる。
「コロナ様……」
「いや、だってね、ウチはまともに家事をしようなんてメンツがほとんどいないし。今日のパーティーも一緒にいてくれて本当に助かったから」
照れくさそうに頬を掻いている。そう言われてしまうと手伝いなどほとんどしない流彦などは思わず黙り込んでしまう。
「だからね、お父さん。もう少しだけ一緒にいたいって思うんだけど」
わが子の視線を炉亜は静かに受け止めて、小さく息をついた。
「全く……二人ともそうやってすぐに誰とも仲良くなれて、相手の懐に入れちゃうんだから……まぁ、それがいいところでもあるんだけど」
「それじゃぁ!」
蹴陽は顔を輝かせたが、
「いえ、決定は覆さないわ」
炉亜はきっぱりと言った。
「確かに蹴陽さんの言葉通り、私たちは実力がある。けれどその分、何かと目立ちやすいし、恨みも買いやすい。これ以上、余計な火種は持つべきでないわ」
「そんな……!東伝の奴らが来ても追い払えばいいじゃん!」
「それは戦う力がある者が言えることよ。家族全員がそうではないわ」
その言葉にコロナがうつむく。コロナが持つ「薬火」は戦闘向きの能力ではない。彼女の「火」で作った料理には絶大な回復効果がある、といういわゆる治癒師なのである。
「この蓮杖家を預かる当主として、家族を危険にさらす真似は容認できません。……それでは流彦、お願いしますね」
火族の家庭において、当主の決定は絶対。もはや議論の余地はなかった。
その夜。
流彦は、裏庭に面したリビングのソファーに一人寝転がっていた。
自室が失われてしまった以上、今日は家のどこかに仮の宿をとるしかなかった。
案の定、まるで寝付けずに行く度目かのため息をつく。
「ったく、最上級のベッドで弁償してもらわなけりゃ割に合わねぇぜ」
そう呟いていると、リビングの扉が静かに開いた。
中に入ってきた人影と目があう。
照れくさそうにはにかんだのは、沙羅だった。




