家族会議
一日、間隔があいてしまいました。すみません。
とはいえ。
炉亜の提案で、まずは「お帰りなさいパーティー」を優先することになった。
既に集まってもらっているご近所さんの手前、始まりを遅らせるわけにもいかなかったし、何より父が
「叱るにも叱られるにも体力がいるわ。ちゃんとご飯を食べてからにしましょう」
と言ったからだ。
そういうわけで、定刻通り始まったパーティーは(少なくとも表向きは)楽しく時間が過ぎていった。
野菜に被害が出たことでべそをかいていたコロナも、給仕に忙しく立ち回る中で気持ちを取り直したらしく、楽しそうにテーブルと厨房とを行き来していた。
対照的に青い顔をしていたのは蹴陽だ。食後のお仕置きを恐れてか、あまり食事が喉を通らないようだった。それでもサラダボウルほどもある食器に何倍もシチューをおかわりしていたのは流石というべきか何というべきか。
沙羅も宴席の中に加わっていた。
一度は、さすがに部外者だからと断っていたが炉亜が、せっかくだから食べてらっしゃいな、と進めると相好を崩して
「えへへ、それでは遠慮なく~」
そそくさと席に座る様子を見て、
(参加する気まんまんじゃねぇか……)
と流彦は心の中で突っ込みを入れた。
その後、沙羅はコロナと一緒にお客の飲み物を取りに行ったり、はたまた蹴陽とアニメの話で盛り上がったりとすっかり馴染んでいた。
「なんだか、楽しそうですわねぇ、あの子」
いつの間に傍に来ていたのか、うる香がワイングラスを片手に隣にたたずんでいた。盃の中身は勿論ぶどうジュースだ。
「火族オタクらしいからな、アイツ」
そう言って流彦はコーヒーをすする。元々少食だが、テーブルのそこかしこに山盛りの食事があると(大半は炉亜と蹴陽の腹に入る)それだけで胸やけしてしまうのだ。
「何者ですの?」
「紋戴児」
流彦が短く答えると、うる香はルビーの瞳を見開き、そしてすっと細めた。
「へぇ、それで連れてきたんですの?」
からかうような口調に、流彦は眉間にしわを寄せた。
「ざけんな。てめぇらのバカに付き合う羽目になってなきゃちゃんと火廷に引き渡してる」
「ホホ、そうでしたわね、ごめんなさい。でも――」
そういって妹は、どこか寂しそうな目をして、テーブルの向こうの少女を見やった。
そう聞くと、なんだか、懐かしい気がしますわね」
「……!」
そこではじめて流彦は気づいた。
今、沙羅は蹴陽の隣に座らされている。
お袋の隣はいつも、ほたるのポジションだった。
そこにほたると同じ紋戴児が座っている。
(それがどうしたってんだ……!)
と自嘲する。
隣に座るくらいよくあることじゃねぇか。
だが、急に沸き上がってきた心のざわめきはなかなか収まらなかかった。
流彦は席から立ちあがった。
「あら、どちらに?」
「……トイレだ」
そう言って手近な扉から外に出る。
誰もいない廊下で一人、胸元を掴み荒い呼吸を繰り返した。
「くそ!」
理由もない苛立ちに流彦は拳を握った。
いや、理由はある。分かっている。
急に心の中の深い領域に踏み込まれたような不快感。
「それも違う」
一瞬でも、姉の姿を誰かに重ねようとした自分の弱さ。
誰かに死んだ人間の面影を見てしまいそうになった自分の弱さ。
流彦は、拳で自分の左胸をずんと叩いて自分を罰した。
「なるほど、流彦が女の子を連れ込むなんて珍しいと思ったらそういうことだったのね」
炉亜は、ティーカップを皿に戻すと微笑みを浮かべた。
ここは、炉亜の書斎。
アンティークの椅子に座りながら、父は長く美しい脚を組み替える。
「女の子どころか、お兄様のお友達なんてめったにお目にかかったことがありませんものね」
そういって茶化すうる香は炉亜の隣に座っている。
「しょうがねぇだろ。こちとらヒト族の学校に通ってるんだ。俺が火族ってことすら学校の連中は知らねぇからな」
流彦は対面のソファーに座りながらそう言った。
パーティーが2時間ほどでお開きになった後。
今、流彦は見知らぬ少女を自分の家に上げることになった経緯を父に説明していたのだった。
同じソファーには沙羅が緊張した面持ちで座っている。
膝に手を置いたまま固まっている少女に、
「あ!紅茶、冷めないうちにどうぞ」
流彦たちから見て左手の椅子にかけたコロナがそう声をかけると、
「……は、はい!」
沙羅は目の前のテーブルから、そっと白いカップを取り上げて口を付けた。細い喉がわずかにコクンと鳴る。
「……おいしい」
温かな香りに、沙羅はようやくほっとした表情を見せる。
「フフッ、良かった。さっきも片づけ手伝ってくれたし、喉乾いてたでしょう?」
とコロナも微笑む。
「……それで、聞かせてもらえるかしら。沙羅さん。あなたは銃者になりたいそうだけれど、その理由は何?」
和やかな雰囲気になったところで、炉亜は本題に入った。
流彦もじっと耳を傾ける。
カップをそっと戻すと、沙羅は瞳を炉亜に向けた。
「先ほど、流彦様からお話があったように、私は……紋戴児です。生まれてすぐに親に捨てられてヒト族の家で育ちました。自分自身が火族であると知ったのも八歳の頃でした」
それは縛火紋を持つ者にはありふれた境遇だ。
生まれてすぐに紋様は現れる。
そうなればもはや赤ん坊はその火族の家にいないものとされる。
今でこそ禁止されているが、昔は紋戴児は間引きの対象だった。
縛火紋は決して消えることなく、無能力者は一生無能力。
氷龍を倒せぬ穀潰しと蔑まれるだけでなく、家に災いをもたらす忌子だとして早々に捨てられるのが常であった。
「家の前に捨てられていた私を、“両親”は実の子同然に愛情深く育ててくれました。私はその恩に報いたいのです」
「それで“銃者”か……」
と流彦が呟く。
火族に仕える使用人は、安定・高収入の人気職業No.1。その中でも一握りしかなれない“銃者”ともなればその待遇は破格。一代で財を成すことも夢ではないのだ。
「ご両親はなんと?」
炉亜が尋ねると、沙羅は苦笑した。
「最初は猛反対でした。金が欲しくてお前を育てたわけじゃない、とこっぴどく怒られまして」
「まぁそうでしょうね」
「それでもなんとか説得して、中学卒業後に、まず火族に派遣をしている家政婦の幹旋所に登録することにしたんです。しばらくして、私を欲しいと言ってくださる火族の方がいらっしゃって……」
そこで少女は一旦言葉を切り、窓外に少し目をやった。
「勿論、そこでは必死に働きました。忙しいけれど皆さんに助けていただきながら充実した生活を送っていました。けれど同じように銃者になりたい人は大勢いて……だから私もっと強くならなくちゃって思って。今日は休暇をいただけたので、ちょっとだけ習った武術の練習をあの公園でしていたんです。そしたら、突然変な音が聞こえてきて……」
「変な音?」
首を傾げるコロナに、沙羅は頷いた。
「はい、なんだか蚊が飛んでいるような高い音でした」
流彦は慄然とした。あの公園の光景が脳裏に甦る。
「氷龍が勝手に崩れたときも、そんな音がしてたぞ」
と言うと、うる香は口元に手を当てて考え込む。
「氷龍と何か関係があるということかしら?」
「……その音を聞いてどうなったの?」
脇道にそれかかった話を炉亜が引き戻す。
「なんだか急に眠気が襲ってきて。気が付いたら流彦様が傍に……あの、本当にありがとうございました」
そう言って再度頭を下げる沙羅。
「別に。仕事だからな」
とそっけなく返す。
それこそ流彦も感謝されたくてやっているわけではない。
「あなたの主は?」
炉亜の問いに、
「東伝家です」
と沙羅は答える。
東伝はこのあたりでは1、2を争う有力火族だ。個々の能力は蓮杖家に遠く及ばないが、家格でいえば蓮杖のはるかに上の存在で、雇っている使用人も恐らく百人以上にのぼる。
「そう……。今日はもう遅いわ。今晩はここに泊まってらっしゃい」
そして流彦に目を移して
「流彦。明日一番に火廷に連絡してちょうだい」
と言った。
沙羅の引き渡しの準備をしろ、ということだ。
蓮杖家が直接東伝家とコンタクトをとる、というのは少し具合が悪い。
基本的に、火族同士というのは仲が良くない。
独立独歩、といえば聞こえは良いが、ようはお互いになめられたくない、隙を見せたくないということだ。
他家の使用人を保護していた、となれば(理由はどうあれ)いろいろ勘繰られるもの。
無理やり連れて行ったのではないか、などと疑われ、痛くもない腹を探られるのは御免だった。
流彦は小さく頷いた。
「あぁ、影待課長に伝える。それでいいだろう」
「そうね。穂親くんなら上手くまとめてくれるでしょう」
炉亜は静かに微笑んだが、
「ダメーーーっ!」
そう叫んだのは、それまで黙っていた蹴陽だった。




