終戦
(あいつ!)
流彦は目を見張った。引っ込んでろって言ったのに、何やってんだ……
うる香は空中に浮遊する獏の上で腕組みをしながら
「誰ですの?」
と、少女を誰何する。
沙羅は片膝をつくと、
「ご無礼をお許しください、うる香様。私、紅沙原沙羅と申します。流彦様に命を助けていただいたものでございます。それはそれとしまして、蹴陽さま」
沙羅は再び蹴陽の方に向くと、
「わたくしも『サムシンガー』ファンの端くれとしまして、蹴陽様に一言申し上げたいことがございます」
と言った。蹴陽は、え、と声を漏らす。思わぬ所で同好の士を見つけてうれしいらしい。
「まずはこちらをご覧ください。……サンティアさん!」
声を掛けられたサンティアは「おまかせください」と言うと、胸に掲げた透明なパネルを光らせた。パネルから四角い光が伸びて、空中に映像を映し出した。
それはまさしく『サムシンガー』のアニメ本編のようで、蹴陽も「あ!」と声が出た。
「これって、先々週の――」
「はい、直近で神回と言われた第20話です。このお話では、精神を操られた『冥声姫』が搭乗する『無弦』に対して、頼豪は『サムシンオー』を降りて生身で説得しようとします。例え数々の悪行を重ねてきた敵であっても、頼豪は冥声姫の本質を見抜き、相手を許し、鎧を脱いで向き合おうとしたのです。これをご覧になってどう思われますか?」
「……ん!……」
蹴陽(が乗ったサムシンオー)は、主人公が傷つきながらも必死に敵機に取りつこうとする姿に目をやり、うつむいた。
日ごろからサムシンガーをはじめ、ヒーロー・特撮モノを好んで視聴しては喜び、自分の乗る愛機までアニメに似せて作っている(もちろん版元は了承済)母。
「ヒーロー番組から学ぶことは多い!」といつも豪語している母。
そんな彼女だからこそ、娘相手に大人げなく武器を持ち出して喧嘩に及んでいる自分の姿と、画面の中のヒーローとを引き比べさせるやり方は有効といえた。
「……でも、だからってテレビ燃やすことはないじゃん」
と頬を膨らませ(ているらしい)蹴陽。
「そうだな。それはやりすぎだったよな」
流彦はそう言った。
思わぬ形だったが場に水を差されたことで、流彦も頭を冷やすことができた。ベッドのことは置いといて、喧嘩を止める本来の役割を思い出す。沙羅が蹴陽を窘めるなら、自分は肩を持つ立場に回った方がいいだろう、と判断した。
けれど、うる香は目を吊り上げて怒った。
「何言ってますの!あれはお母さまがヘラクレスをテレビを見る枕代わりにしようとしたから、あの子が怒ったんじゃありませんの!当然の報いですわ」
あれ、そうなのか。じゃあもうお袋が全面的に悪いんじゃ……
「う、うるさいな!あそこにヘラクレスがいるなんて分からなかったんだよ!ペットの監督責任は飼い主にあるんだぞ!うるちゃんだって悪いよ!」
再び涙声になってくる蹴陽。ダメだ、あんまり追い詰めるとまた暴発しかねねぇ。
「まぁアクシデントとはいえ、うる香も獏に注意は配っておくべきだったかもな」
とバランスを保とうとする流彦だったが、
「なんですのもう!監督責任がどうこうおっしゃるなら、お兄様が私たちを放り出していったのがそもそもの原因じゃありませんの!?」
再びなじられて、流彦は言葉を失った。
「なっ!」
結局俺かよ……!
怒りのベクトルがまた堂々巡りになっていることにため息をつきそうになる。
けれど。
このあたりで折れたほうがいいかもしれない。
蹴陽もうる香も、何かと言えば不満を垂れ、いがみ合う子どもみたいな奴ら(一人は実際子ども)だ。そこに一緒になって子供じみた真似をしても状況を悪化させるばかり。ここは大人になって場を納めるべきだろう。
それに二人とも火族としての実力は一級品だ。これ以上暴れられて、蓮杖家どころか近所にまで被害を出されてはたまらない。
直接的に非がないことを謝るなんて不本意極まりないが。
流彦が、悪かった、といいかけたとき、
「いえ、流彦様は何もお悪くありません!流彦様は氷龍の発生予報に気づかれて、それでお二人の元を離れられたのだとお聞きました。そして、実際に私を氷龍の手から救ってくださったのです。だいぶ流彦様のお手を患わせてしまったみたいで、ですから、責められるべきは私なのです!」
そういって沙羅は深々と蹴陽たちに頭を下げた。
彼女の紅の髪をそっと涼風が撫でて、光の粒がきらめき落ちるのを、流彦は呆然と見つめた。
うる香も突然の光景にぼぅっとしていたらしいが、ハッと我に返ると、
「何を言ってますの。どこの馬の骨とも分からない者が頭を下げたとて――」
「ごめん、私が悪かった!」
うる香の声を遮って、謝罪の言葉を発したのは蹴陽だった。
いつの間にかコクピットは開かれていた。ピシッとお辞儀をする蹴陽の姿が銀色の光の中に浮き上がっている。
「蹴陽様……」
と呟く沙羅に、“炎卓の騎士”は少し恥ずかしそうにはにかみながら
「まぁやりすぎだったよね。ヒーローたるもの、お酒のせいなんかにできないし」
と頭を掻いた。
まさか、今日一番のへそ曲がりから先に謝るなんて。
驚きと同時にホッと安らぎが胸の内に広がるのを感じながら、流彦も口を開いた。
「俺も気を付けるよ。お前らには、もう少しちゃんと話とくべきだったな」
そう言いながら、妹のほうを見やる。
うる香は、恥ずかしさからか頬を赤くして桃色の髪を両手でなでつけながら、
「わたくしも、その、ヘラクレスをほうりっぱなしにしていたのは謝りますわ。そ、それでよろしいでしょう?」
そう言って口ごもる妹を、うんうん、と頷きながら見守る蹴陽は、いつもの英雄然とした包容力に満ちた笑みを浮かべている。
「うん、ありがと。うるちゃん。お詫びに頭をなでてあげよう~」
「も、もうそれはよしてくださいましっ!」
反射的に頭を抱えたうる香を見て、蹴陽はアハハと笑う。それは沙羅や流彦、そしてうる香にも伝染して、皆で静かに笑いあった。
「ふふっ、なんとか仲直りできたみたいねぇ」
秋風のように涼しく優しい声が聞こえて、流彦たちはハッとした。
ヒールを鳴らして演習場の光の中に現れたのは、
「お父様!」
うる香の声に、蓮杖炉亜は真紅のルージュに彩られた唇を綻ばせた。
その両腕には、コロナをお姫様抱っこしている。
コロナは一本の大根を握りしめ、唇をぎゅっと噛み締めたまま震えていた。
「コロナ、大丈夫か」
流彦が声をかけると、妹は肩を震わせて声を張り上げた。
「大丈夫じゃないっ!アタシの、アタシのコたちがっ……」
そう言って大根を震える右手に掲げる。収穫には少し早いものの、白い根っこは十分に肥えてまぶしく輝いている。ただ、その上の部分、青い葉はところどころ黒く焦げているのがはっきりと分かった。
「あ……」
どうやら、喧嘩の余波は結局、菜園にも及んでしまっていたようだ。
「まぁ、見たところ他にも、いろいろとお話しないといけないみたいね」
屋敷のほうに目を凝らしながら、炉亜は呟く。
そのやけに穏やかな声に、流彦たちは血の気の引くのを感じた。
「……覚悟はできているわね、あなたたち」
父の厳しい目に射すくめられて、その場にいたものは皆、
(あ、自分ら死んだな)
と思った。




