Ⅳ
医薬の勉強をしようかと思ったこともある。しかし自分には合っていない気がしたし、あまり得意でもなかった。
やがて王家から次の王妃の座を打診され、結局医官を目指すわけにはいかなくなった。
嫁ぎ先はたまたま王家に決まったが、王家でないにしろ、いずれ自分が他家に嫁ぐことは分かっていた。
ゆえに自分自身の力で何かを成し遂げようと心の底から思ったことがなかった。
だから、今になって自分にも何か出来るかも知れない、けれどそれがなんなのか分からないと悩む羽目になっている。
エルナの葬儀のあと、クレスツェンツはあまり出歩かずに大人しく姫君業に専念していた。
毎朝グレディ大教会堂へ行き、集合礼拝に参加したあとは真っ直ぐ屋敷に帰ってレースを編む練習をしたり王家の歴史についての本を読みあさったり。
やがて王妃になるために必要な技術と知識を頭に詰め込んだ。
それももう三日目だ。まだ三日だが、嫌になった。
やはりこうして椅子に座り、黙々と作業や勉強をしているのは自分の性に合わない。
何より退屈で苦痛だったのは、屋敷にいては話し相手が侍女くらいしかいないことだった。
兄は登城して国王に仕える身だし、父母は王都を留守にしている。ほかに兄弟はおらず、使用人たちを除けばクレスツェンツは屋敷に一人だった。
施療院へ行けば誰とでも話が出来るのに。僧侶たちに、手伝いをしにくる近所の人々、患者たち。クレスツェンツは彼らとする他愛のない会話が大好きだ。
明日こそは施療院へ行こう。
そう決意した彼女のもとにソロンが封書を持ってやって来た。
「先日おっしゃっていた、王立大学院の入学者について調べて参りました」
「ああ、そういえばそんなことを頼んでいたな」
ちょっとばかり嫌な記憶だ。
クレスツェンツが屋敷にこもっているのは、少年や兄に言われた言葉の棘が胸に刺さっていたからでもある。
勉強を切り上げお茶を用意させることにして、クレスツェンツは机から離れる。
そうしてテーブルに置かれた封書を開けると、中から出てきた二枚の紙を立ったまま眺めた。
あの日、冷たい言葉を投げかけて去る少年を呆然と見送ったあと、頭にきたクレスツェンツはオーラフに詰め寄った。
昨日現れた少年の一団がなんだったのか。そして、その中に混じっていたあの少年のことを何か知らないか、と。
詰問すれば、若い僧侶は苦笑しながら答えてくれた。
曰く、あの少年たちは今年の夏から王立大学院の薬学科に入学する予定なのだという。
いわば医官の候補生だ。
この国で医療を行う者は三つに大別することが出来た。
官制の医師と民間の医師、そして医道を修めた僧侶である。そのうち、一カ所にまとまって組織的な治療を行っているのは施療院の僧医だけで、教義とともに培われた医薬や看護の知識は彼ら独自のものだった。
一方、王家が資金を出して設立し、シヴィロ王国最高の学問を司る大学院も、長い歴史の中で様々な薬の研究を行っている。
近年、両者には知識の交換を図る動きが見られるようになった。これから大学院で学んでいく彼らが施療院へやってきたのはその交流の一環だそうだ。
交流というよりは腹の探り合いというほうが正しいような控えめな動きではあるが。
オーラフは更に付け加えて教えてくれた。まだ紹介はされていないが、葬儀に顔を見せてくれたあの少年は我が同胞らしい、と。
オーラフの同胞。つまり教会の大門閥、グラウン家の縁者のことである。
教会の上層部を占める導主たちは、ほとんどがその家名を名乗っていた。
彼らは自らの繋がりを『一族』と称しているが、裾野はあまりに広い。王国全土の教会堂にグラウンを名乗る僧侶がいる。そこまで広い血縁を血縁とはいわないだろう。
グラウン家は、血族というより組織網である。
あの少年はグラウン家の伝手を利用し、貴族の子弟のみが入学を許される王立大学院へ入るらしいということだった。
そしてソロンが持ってきた書類には、彼――アヒムの詳細な情報が書かれていた。
ビーレ領邦、ブレイ村の出身。
年齢は十六歳。クレスツェンツのひとつ下だ。もう少し幼く見えたのだが、案外歳は近かったらしい。
連ねて書かれた後見人の名前はなかなかすごかった。
三人はビーレ領邦の都・ペシラの教会堂に所属する導主たちの名前だったが、その次にはビーレ領邦太守・エメルト伯爵、そして王家の主治医を務めてきた家系のイシュテン伯爵の名があった。
田舎者のくせにどこにこんな伝手があったのだ。クレスツェンツは目を丸くするしかない。
どうやら彼の後ろ盾は充分なようだ。もし機会があっても、なんの地位も持たないクレスツェンツが仕返しするのは難しそうな相手だった。
ちぇっ、と舌打ちしながら、クレスツェンツは書類を放り投げた。




