第59話 広域手当
三県同時案件の翌日、冬真の社内端末に手当の支給予定通知が届いた。
《広域危険業務手当 32,000円(次回給与で支給予定)》
「三万二千」
冬真は声に出した。
由奈が隣から覗く。
「昨日、三県救った人の顔じゃないですね」
「三万二千円は三万二千円だぞ」
「そこは世界救っても変わらなそう」
「世界救ったら桁は交渉する」
新田が書類を投げてよこした。
「喜ぶのはまだ早い。実地評価の加点はあったけど、資格試験は別よ」
「昨日が実地じゃないんですか」
「事故はあなたの都合で試験問題にならないの」
午後、筆記とケース判断が行われた。
冬真は手順問題で二つ落とした。
「うそだろ」
結果表を見て固まる。
由奈が笑う。
「現場で三県閉じるのに、経費申請の締切間違えるんですね」
「重要度が違う」
「会社では同じくらい怒られます」
最終判定は翌日。
帰り道、冬真は不動産アプリを開いた。
家賃上限。
九万円。
一度入力して、まだ早いと思って八万五千へ戻す。
その画面を御厨に見られた。
「小せえな」
「主任の家賃いくらです?」
「言わねえ」
「じゃあ黙ってください」
明日落ちたら、七万五千に戻す。
それでも前より選べる部屋は増えていた。
帰宅してから冬真は濡れた靴を玄関に並べ、三万二千円の支給予定通知をもう一度見た。洗濯機は古く、脱水のたびに妙な音がする。広域事故を三県まとめて閉じても、部屋の壁は薄いままだ。
不動産アプリで見つけた九万二千円の部屋には、独立洗面台と浴室乾燥がついていた。
「浴室乾燥……」
声に出すと急に欲しくなる。
由奈からメッセージ。
《試験勉強してます?》
《物件見てる》
《落ちろ》
《ひどい》
冬真は笑ってスマホを伏せた。
能力が強くなることと、生活が少し楽になること。その二つがちゃんとつながるのが、今は嬉しかった。
結果通知を待つその夜、冬真は資格の手順書を復習するつもりで机に座り、二十分後には物件サイトを見ていた。保存した部屋が十二件。全部、今より駅が近い。
母からメッセージが来る。
《最近ちゃんと寝てる?》
《寝てる》
《嘘》
親はなぜ短文で見抜くのか。
冬真は資格の話を書きかけて、送らなかった。受かってから言いたい。少し見栄だ。
代わりに《手当がついた》と送る。
すぐ《貯金しなさい》が返ってきた。
「夢ないな」
口では言いながら、少し笑う。
能力が全国へ届くようになっても、家族から見れば寝不足の息子だ。そういう場所が残っているのは悪くなかった。




