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第42話 最初の一人

水無月ホテルの記録を時系列で洗い直した。

冬真が最初の避難者。

その二分後から、他の宿泊客が次々と外へ出ている。

本人たちは「救助隊員に案内された」「ホテル従業員について行った」「家族の声を聞いた」と証言。

姿は違う。

共通しているのは、冬真が外へ出た後ということだけ。

「じゃあ俺を助けたのはレスキュー・ゼロじゃない」

冬真は言った。

「少なくとも、この仮説なら」

御厨が答える。

「誰だった?」

冬真は思い出そうとする。

耳の奥に残る非常ベル。

非常扉。

背中を押す手。

顔は見えない。

でも一つだけ覚えている。

右手首に、黒い時計。

「時計」

「何?」

「救助した人、黒い腕時計してた」

当時の救助隊記録を確認する。

該当する隊員はいない。

ホテル従業員にもいない。

監視カメラ映像は、異常発生中の四十七分だけ欠落。

唯一残っていたのは、冬真が外へ出る瞬間の静止画。

自動ドア。

冬真。

その背後。

黒い腕時計だけが、空中に浮くように写っていた。

由奈が息を止める。

「人、消えてる?」

冬真は画面を見た。

レスキュー・ゼロとは別の何か。

自分だけを最初に外へ出した存在。

八年越しに、謎が一つ増えた。

水無月ホテルで自分が最初に出ていたと分かった日、冬真は帰宅せず、会社の休憩室に残った。

家へ一人で持ち帰るには、少し重かった。

由奈がコンビニのおにぎりを二つ置く。

「食べてください」

「母親?」

「低血糖で判断壊されたら困るので」

冬真は一つ開けた。

鮭。

「俺が最初だった」

「はい」

「じゃあ俺を出した奴だけ、ゼロとは別」

「たぶん」

由奈はそれ以上慰めなかった。

一緒に資料を見た。

静止画を拡大し、時刻を確認し、救助隊の装備一覧と照合する。

感情を話すより、今はその方が助かった。

由奈が静止画の時刻をメモし、冬真の手元へ滑らせた。

「次、装備一覧いきます」

「もう一個おにぎり食べてから」

「さっき母親扱いした人が?」

「撤回する」

「遅いです」

八年前の夜が、画面と紙と鮭おにぎりの間へ少しずつ分解されていく。

冬真はその方が呼吸しやすかった。

◇ 追わない

以前の冬真なら、すぐ黒い腕時計を追った。

今は違った。

「保留します」

真壁が驚く。

「いいのか?」

「現時点で被害が出てない。調べる価値はあるけど、優先度は下げます」

御厨が笑った。

「大人になったな」

「二十四です」

「そういう意味じゃない」

冬真は次の資料へ移る。

レスキュー・ゼロは、事故から人を出す。

それ自体を止める必要はない。

危険なのは、人間側がその現象を当てにし始めること。

「現場マニュアルに入れたい」

「何を?」

「救助者番号0が出ても、通常救助を継続。ゼロの誘導先を安全確認なしで追わない。救助結果は必ず人間側で再記録」

真壁が頷く。

「制度にする?」

「現象を制度に閉じ込めるんじゃなく、依存しないための制度です」

水無月ホテルの時、自分は原因なしの結果として外へ出た。

八年後、御厨に救助してもらい、記録をつなぎ直した。

それと同じことを、最初からやればいい。

怪異が助けても、人間が確認する。

誰を助けるかは、人間が決める。

真壁が最後の一文に赤線を引いた。

「これなら現場へ出せる」

冬真は頷いた。

画面の〈救助者番号0〉という文字は消えない。だが、その横に人間側の手順が一つ増えた。

今は、それでいい。

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