第7話:彷徨(前編)
深夜のトラックの荷台は、独特の静けさと冷気が漂っている。
僕はネット通販の荷物を運ぶ配送ドライバーだ。
日付が変わる直前、最後の配達先で大きな段ボールを降ろし終え、パタンと観音開きの後部ドアを閉めた。
「よし……これで今日の分の配達は終わりか」
汗を拭い、配送完了のステータスを端末で送信する。
最後に荷台の中を軽く確認して施錠しようと、もう一度ドアを開けた。
「……あれ?」
街灯の明かりが差し込む、がらんとした荷台の奥。
荷物をすべて降ろしたはずの床の真ん中に、ぽつんと『一冊の本』が落ちていた。
表紙にも背表紙にもタイトルはない。文庫本サイズの真っ白な本だ。
誤配送の荷物か、あるいは伝票の挟み込みだろうか。
僕はそれを拾い上げ、助手席に放り込んで営業所へとトラックを走らせた。
◇
深夜の営業所に戻り、荷物の整理をしていた事務員にその本を見せた。
「これ、荷台に落ちてたんですけど。伝票とか挟まってなかったんで、確認してもらえますか?」
事務員はパソコンの手を止め、怪訝そうな顔で僕を見た。
「え? 何がですか?」
「いや、このノート……本ですけど」
デスクの上に置いた白い本を指さす。しかし事務員は、僕の指先と誰もいないデスクの表面を交互に見つめ、苦笑いを浮かべた。
「またまた、冗談やめてくださいよ。疲れすぎて幻覚でも見えてるんじゃないですか?」
「……え?」
見えていない。事務員には、この本が存在していないのだ。
寒気がした。
関わらない方がいい。僕は気味が悪くなり、その白い本を営業所のデスクの端に置いたまま、逃げるように帰宅した。
◇
だが、恐怖はそこで終わらなかった。
次の日。すべての荷物を降ろし終えたトラックの荷台を確認すると、がらんとした床の上に、昨日営業所に置いてきたはずの『白い本』がポツンと落ちていた。
そしてその次の日も。
最後の荷物を降ろし、空になったはずの荷台を開けると、必ず同じ場所にあの白い本が鎮座しているのだ。
「なんで……なんで毎回荷台にあるんだよ……!」
気味が悪いなんてレベルじゃない。
何かに憑りつかれている。そう確信した僕は、ちょうど翌日が休日だったこともあり、地元で昔から有名な古いお寺へこの本を持ち込むことにした。
翌朝、車を走らせて山合いにあるお寺へ向かう。
境内に入り、本堂の階段を上ろうとしたその時だった。
「ひっ……!?」
奥から走ってきた住職が、僕の顔――いや、僕の手にある『白い本』を見た瞬間、顔面を蒼白にして立ち止まった。
「あ、あの……住職さん! これ、お祓いをしてほしくて――」
「帰れ!! 今すぐここから去れ!!」
住職は怒鳴るような声で叫んだ。
「えっ……? そこをなんとかお願いし――」
「うちの手に負えるような代物ではない! ここに置いておくことすら許されんのだ! 頼むから関わらせないでくれ!」
普段は穏やかで有名な住職が、ガタガタと全身を震わせ、まるで化け物でも見るような目で僕を拒絶する。
住職はポケットから震える手でメモ用紙とペンを取り出すと、何かを殴り書くように書きつけ、僕に向かって投げつけるように寄越した。
「この者のところへ行け! これでダメなら……もう諦めるしかない……!」
それだけ言い捨てると、住職は僕に背を向け、鍵をかけるように本堂の重い扉を閉めて閉じこもってしまった。




