第25話:怪異の標的(前編)
「おい、これ……マジで入ってんの?」
深夜一時の大学サークル部室。パイプ椅子に深々と腰掛けた佐々木は、スマートフォンの画面を指で叩きながら不機嫌そうに吐き捨てた。
向かいの長机でノートパソコンを開いていた同期の川原が、疲れた顔を上げる。
「何がだよ」
「いや、うちのサークルの共有クラウド。いつの間にか変なファイルがアップロードされててさ。削除しようとしてもエラーが出るんだよ」
佐々木が見せてきたスマホの画面には、フォルダーの一覧が表示されていた。
無数の動画素材やレジュメのファイル群の中に、ひとつだけ奇妙なデータが混ざっている。
ファイル名欄は、完全に空白。
拡張子もサイズも「0 KB」とだけ表示され、更新日時は「1970/01/01」となっていた。
「バグだろ。ほっとけよ。古くなったサーバーだと稀によくある」
「……でもさ、アイコンのサムネイルが変なんだよ」
佐々木がその空白のファイルをタップしてプロパティを開く。
プレビュー表示の小さな四角の中に映っていたのは、真っ白な冊子のような画像だった。表紙にも背表紙にもタイトルらしき文字はなく、ただ無機質な白い紙の質感だけが浮き出ている。
「白本……?」
川原は無意識にそう呟いていた。
「は? なんだよそれ」
「いや、なんか最近ネットのオカルト掲示板で話題になってる都市伝説だよ。見たら終わり、みたいなやつ。誰かが悪ふざけで紛れ込ませたんじゃないのか」
「なんだよそれ、くだらねえ」
佐々木は鼻で笑い、スマホをポケットに放り込んだ。
だが、その日の帰り道から、異変は静かに始まっていた。
大学からの帰り道、街灯が途切れる住宅街の暗がりを一人で歩いていた佐々木は、背後に「カサ……」と紙が擦れるような音を聞いた。
振り返っても、誰もいない。アスファルトの上に落ち葉が一枚転がっているだけだ。
気のせいかと思い、再び歩き出す。
――カサ。カサカサ。
音がついてくる。足音ではない。薄い紙と紙が重なり合い、めくられていくような、乾いた微かな音。
「……誰だ?」
佐々木が立ち止まると、音も止まる。
不気味さに背筋が寒くなり、足早にアパートへ向かった。
部屋に入り、鍵を厳重に閉めて明かりをつける。
一人暮らしの六畳一間。見慣れた自分の部屋のはずだった。
しかし、デスクの上に置いていた大学の講義ノートを見た瞬間、佐々木の息が止まった。
昨日まで黒いキャンパスノートだったはずのそれが、表紙から裏表紙まで、完全に「真っ白」に変色していた。ロゴも、タイトルも、自分が書いた名前すら綺麗に消え去っている。
恐怖に駆られ、ノートのページを捲る。
一ページ目、二ページ目、三ページ目――すべて、白紙。
「な、なんだよこれ……」
震える手でノートを閉じようとしたその時。
白紙のページの真ん中に、じわりと水が染み出すように、黒い文字が浮かび上がってきた。
『つ ぎ は』
手書きの、歪んだ幼い文字。
佐々木が悲鳴を上げてノートを突き飛ばした瞬間、カタカタカタ……と部屋の窓ガラスが激しく震え始めた。




