第20話:図書室の忘れ物、噂(後編)
翌朝、私はお母さんにしがみつくようにして学校へ向かった。
寝不足で頭が重く、足元もおぼつかない。それでも「学校にいけば大勢人がいるから大丈夫なはずだ」と自分に言い聞かせ、教室のドアを開けた。
そして――私はその場で硬直した。
自分の机の上に、あの『白いノート』が置かれていた。
それだけではない。ノートのすぐ隣には、一輪の花が刺さった小さな白い花瓶がポツンと添えられていた。
そこに咲いていたのは、一輪の白菊だった。
「な……なんで……!? 誰かのイタズラ!? なんで菊の花なんかが置いてあるのよ!!」
耐えきれなくなった私の叫び声が教室中に響き渡った。
周りのクラスメートたちが一斉に驚いた顔で私を振り返る。だが、誰も何の言葉も発しない。ただ不気味なものを見るような目で私を見つめているだけだった。
「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!!」
半狂乱になった私は、机の上のノートと花瓶を力任せに手で払い除けた。
ガシャーンと花瓶が床に叩きつけられ、水と菊の花が飛び散る。
私は教室を飛び出し、とにかくこの場所から逃げ出そうと廊下を全力で走った。
階段の踊り場へ差し掛かった、その時――。
視界の端、階段の途中にあの『白いノート』が落ちているのが見えた。
「ひっ――」
足を止めようとしたが、勢いがつきすぎていた。
ノートを踏みつけた瞬間、まるで氷の上を滑ったかのように足元が大きく崩れた。
視界が天地無用に回転する。
激しい衝撃と骨が折れる鈍い音が頭の中で響き、私は階段を転げ落ちていった。
◇
「どういうことですか!! 娘はいじめられていたんじゃないんですか!?」
数日後。校長室には、黒い服を着て目を真っ赤に腫らしたお母さんの怒鳴り声が響いていた。
「お母様、お気持ちは察しますが……本当にいじめなどはありませんでした」
「じゃあ何なんですか! あんな机の上に白いノートや菊の花瓶なんか置いて……そんなの嫌がらせに決まってるじゃないですか!!」
「それが……」
学級担任は気まずそうに目を泳がせ、絞り出すような声で言った。
「クラスの生徒全員に確認しましたが、誰もそんなものは置いていないと言っています。そもそも、あの子が急に悲鳴を上げて自分の机の上の空欄を激しく払い除け、誰も追っていないのに勝手に飛び出していったと……」
「そんなはずないでしょう!? 娘はノートが、花瓶があるって叫んでたんですから!!」
廊下の陰で、掃除用具を持った二人の生徒がそのやり取りを息を殺して聞いていた。
「ねえ……やっぱり本当だったんだ」
「マジかよ……あいつ、誰もいない空間に向かって急に発狂して階段から落ちたってこと?」
「ううん、違うよ。図書室の返却ボックスに入ってた『白いノート』のせいだよ」
「……何それ?」
「誰の持ち物でもない白いノートを見つけるとね、自分にしか見えない呪いがかかるんだって。最後に自分の机の上に菊の花が飾られたら、もう絶対に逃げられないらしいよ……」
その噂は、まるで毒胞子が芽吹くように、SNSや他校の掲示板を通じた「学校の都市伝説」として爆発的に広まっていった。
何も書かれていないはずのノートに、新たな恐怖の1ページが刻まれたことすら、誰も知らずに――。




