第19話:図書室の忘れ物(前編)
放課後の図書室は、独特の静寂に包まれていた。
私は高校二年生で、図書委員をやっている。
閉館前の作業として、入り口近くにある返却ボックスの中身を確認するのが私の日課だった。
「あれ……?」
さっき確認した時は完全に空だったはずの木箱の中に、ぽつんと一冊の本が入っていた。
手にとってみると、それは表紙も背表紙も真っ白な無地のノートだった。
中をパラパラとめくってみるが、全ページがまっさらで何も書かれていない。
いつの間に誰かが返却していったんだろう。
疑問に思いつつも、他の生徒か先生が返したのだろうと考え、カウンター奥の「忘れ物置き場」の棚へ置いておくことにした。
念のため、放課後巡回に来た顧問の先生にも聞いてみた。
「先生、この白いノートって誰か探してませんでしたか?」
「ん? いや、聞いてないな。まあ、一週間くらい置いて誰も取りに来なかったら処分しようか」
◇
それから数日が過ぎた。
忘れ物置き場の棚を見るたび、あの『白いノート』が気になって仕方がなかった。誰も取りに来る気配がない。
ある日の放課後、私は気になって先生に尋ねてみた。
「先生、あの忘れ物置き場の白いノート、まだ誰も取りに来ないんですか?」
すると、先生は不思議そうな顔で棚をチラリと見やり、首を傾げた。
「……ん? 白いノート? そんなのあったか?」
「えっ……あの棚の端っこに置いてあったやつです」
「いやいや、棚には何も置いてないよ。君、見間違いじゃないか?」
ゾクッと背筋に冷たいものが走った。
確かに私はそこに置いたし、数日間ずっとそこにあったはずなのだ。
急に気味が悪くなり、私は当番の作業を早めに切り上げて、逃げるように学校を後にした。
◇
「ただいまー……」
家に帰り、自分の部屋のドアを開けた瞬間、私は足を踏み鳴らして固まった。
ベッドの掛布団の上に、ポツンと『白いノート』が置かれていた。
朝、登校する時には絶対に無かった。
それに何より――このノートは、さっきまで学校の図書室にあったはずのものだ。
「お母さん! お母さん来て!!」
パニックになりかけた私は、階下で夕飯の支度をしていたお母さんを部屋へ呼びつけた。
「どうしたの急に大声出して」
「これ! このノート! 学校にあったやつなのに、なんで私のベッドの上にあるの!?」
私がベッドを指差すと、お母さんは怪解そうな顔で私の顔とベッドを見交互に見つめた。
「ちょっと……何言ってるの? ベッドの上には何もないじゃない。疲れてるんじゃないの?」
「え……? ここにあるじゃん! 白いノート!!」
「冗談はやめなさい。ほら、変なこと言ってないで早く夕飯食べて寝なさい」
お母さんには、見えていない。
私にしか見えていないのだと悟った瞬間、全身の毛穴が開くような恐怖が襲ってきた。
その夜は怖くてたまらず、夕飯を早々に済ませて部屋に戻った。
電気を消すのが怖くて、蛍光灯をつけたまま布団に潜り込む。
必死に目を閉じ、恐怖を紛らわせようとしていた――その時だった。
バツンッ!
部屋の電気が、唐突に消えた。
真っ暗闇になった室内。息を呑んだ次の瞬間、パッと電気が再点灯した。
明かりが戻った私の目の前――息がかかるほどの距離の空中に、あの『白いノート』がゆらりと浮いていた。
「ひ……っ……!?」
悲鳴すら声にならなかった。
私は転げるようにベッドから這い出し、部屋を飛び出すと、一目散にお母さんの寝室へ駆け込んだ。
「お願いお母さん! 一緒に寝させて! お願いだから!!」
娘のあまりの怯えように、お母さんも呆れながら布団を譲ってくれた。
お母さんの温もりにしがみつきながら、私は震えが止まらないまま、朝が来るのをただひたすら祈っていた。




