第18話:遺品整理(後編)
だが、その楽観的な思考は、その日の昼すぎに砕け散った。
午前中の案件先――郊外の一軒家で庭木の伐採作業を終え、汗を拭いながら軽トラの運転席に乗り込んだ時だ。
助手席のシートの上に、あの『白いノート』が置かれていた。
「な……なんで……」
昨日の夜は自宅の玄関、今朝は会社の回収ボックス……どこへ置いてきても、結局こうして俺の目の前に戻ってきている。
パニックになりかけた俺は、ノートを掴むと軽トラの窓から道路脇の草むらへ思い切り投げ捨てた。そのままアクセルを踏み込み、現場を離れた。
次の現場は、駅から離れたコンビニの駐車場での待ち合わせだった。
車を止め、喉の渇きを癒そうとダッシュボードを開けた瞬間――狭い収納スペースの中に、ギチギチに押し込まれた『白いノート』が目に飛び込んできた。
「ひっ……!」
捨てても、離れても、どこへ行っても付いてくる。
コンビニのゴミ箱に捨てても、トイレに入れば棚の上にあり、別の作業現場に行けば工具箱の中に収まっている。
時間も場所も関係なく、俺がふと視線を外した一瞬の隙を突いて、必ず目の前に現れるのだ。
逃げ場がない。どこに行っても、このノートから逃げられない。
極限の恐怖で胃が壊れそうになり、俺は逃げるように自宅へ帰ってきた。
鍵を二重に閉め、部屋の電気を全開にする。
そして、リビングのテーブルに向かった俺は、絶句した。
部屋の真ん中、テーブルの上に、あの『白いノート』がどっしりと鎮座していた。
ガタガタと膝が震え、その場に崩れ落ちる。
その時、誰も触れていないはずのノートの表紙が、パラリ……と勝手にめくれた。
「やめろ……頼むからやめてくれ……!」
俺の悲鳴を無視して、ページがパラパラと速度を上げてめくられていく。
そして、あるページでピタリと止まった。
そこには、黒々とした緻密な手書きの文字が、びっしりと浮き上がり始めていた。
『――半年前に姿を消した駅員の男。
深夜の終電作業中、無人のホームのベンチで白い本を拾った。
本に記された自分の事故死の未来。線路に落ちる足音。黒い影。
男はホームから落ち、跡形もなく姿を消した。
事件性すら疑われず、事件事故の痕跡すら残さず、ただ存在そのものが世界から削ぎ落とされた。
ただ最初からいなかったかのように。
そして――その部屋を整理しにきた40代の男。』
「ヒッ……これ、あの一〇二号室の奴のことか……!?」
文字は止まらない。俺が今置かれている状況、そしてこの瞬間の恐怖までがリアルタイムで刻まれていく。
『……男は本を持ち帰り、捨てても逃げても戻ってくる異常さに気づいた。
今、自室のテーブルの前で崩れ落ち、自分が前の持ち主と同じ運命を辿ることを理解して震えている。』
ページが最後までめくられ、バタンと大きな音を立てて閉じた。
「嫌だ……助けてくれ! 誰か!!」
叫んで立ち上がろうとした瞬間、足元から感覚が消えた。
部屋の明かりが明滅し、視界の端から黒いモヤのような影がじわじわと部屋全体を覆い尽くしていく。
便利屋として無数の部屋を片付けてきた俺自身が、今度はこの部屋の『残置物』として消し去られようとしていた。




