馴れ初め
そんなある日、美紀は、和彦がメモ帳に何かを一生懸命に書き込んでいるのを見かけて声を掛けたと言う。
「何を書いているの?」と聞きながら彼のノートを覗くと、公園のフェンス越しに見える多嘉良島山を描いていたと言う。
声を掛けたにもかかわらず全く気付いていない様子で一心不乱に描いている彼に一瞬むっとしたものの、もう一度「多嘉良島山を描いているの?」と聞くと、彼は漸く美紀の方に顔を向け、「え?あれって『たからしまやま』って言うの?」と問い返してきたので、そうだと答えると、「元から住んでいる子は流石だね!何でも知ってるんだね!」と言うので、
「何でも知っているわけじゃないけど、知ってることなら何でも教えてあげる」と応えると、和彦少年は目をキラキラと輝かせて色々と矢継ぎ早に質問してきたために、美紀はかなり面食らってしまったそうだ。
そんなこともあって、次の土曜日は一緒に多嘉良島山に行こうということになり、中央公園の宝山で待ち合わせをしたと言う。
彼女にとっては生まれて初めての、しかも、あこがれの転校生とのデートだったこともあってかなりめかしこんで出かけて行ったのだが、和彦は探検スタイルだったと言う。
彼の父親は夏季休暇になると必ず家族を連れて山にキャンプに行くと言い、その時に着ていく服なのだと言う。
一生懸命にめかしこんだ美紀の姿を見て「いつもよりもかわいいね」と言ってくれたと言いながら、美紀ははにかんだうっとりとした顔をしていた。まるで、あの時の記憶をもう一度味わっている様だった。
「はぐれるといけないから手を繋ごう」という下心満載の美紀の申し出に和彦は素直に応え、道中、二人は手をつないで歩いていたと言う。
そして、その道のりの最中に、この山が何故「島」と言われるのかと言う由来を彼に話した。
「じゃあ、洪水になったらあの島に行けば助かるんだね」と言う和彦に、「あそこにつく前に溺れちゃうよ」と美紀が答えると、「それもそうだね」と屈託なく笑う和彦のまぶしい笑顔を今も鮮明に覚えていると言う。
多嘉良島山の麓に到着すると、和彦少年は島に築かれた階段の最下段の上に佇む鳥居に驚いた。そこはただの山ではなかったからだ。
和彦は山頂が神社になっていることに驚いたと言う。
手を繋いだまだ幼い少年少女が山頂にたどり着くと、和彦少年はその古びた佇まいに圧倒されていたらしく、ただ黙って神社を見上げていたと言う。
「この神社にはちょっと怖い言い伝えがあるんだよ」と言うと、和彦少年は肩掛け鞄からメモ帳と鉛筆を取り出すと、「どんな話!?」と眼をきらめかせて聞いてくるので、その時、彼女は「たからしまのちズ」のことを話したそうだ。
地元の子供たちは祭りの度に聞いているので、彼女も歌の内容を全部覚えているそうだ。
夢中になって書き込んでいる和彦にうっとりしていると、島山の下の方が賑やかになってきた。複数の少年たちが騒がしくしゃべりながら島神社に上がってきたのだった。




