蛮行
島神社の境内に上がってきたのは美紀の兄をリーダーとする地元の少年たちだった。田舎ではいまだに”本家”の権威が強いので誰も本家の長男には逆らえない。殆どの地元の少年たちはこの年頃で本家の子に媚びることを覚えるのだ。そして、美紀自身も兄に歯向かうとどんな目に遭うかを嫌と言うほど思い知らされている。だから、彼女は恐怖に怯えたが、そんなことを知らない和彦は彼らに対して普通に「こんにちは!」と元気よく挨拶をしたのだった。
だが、本家の長男である新一は和彦を無視して美紀をどやしつけた「てめぇ、なにヨソモン連れ込んでんだよ!!穢れるだろうがっ」と威嚇すると、ずかずかと遠慮なく美紀に歩み寄って彼女の襟ぐりを無造作に捻り上げながら「ブスのくせに妙にめかしこんでるなと思ったらオトコかよ、オマエ、もう色気づいてんのか?」と嘲りながら下卑た笑いを上げ、取り巻きの少年たちもそれにつられて下品な笑い声をあげた。
「に、、にっちゃん・・・やめてけr」と美紀が言いかけたところで新一が彼女の襟をつかんだまま彼女の顎を殴ったため、美紀の唇が切れて血が飛び散りながら流れ出た。そのとき、「止めろ、かわいそうじゃないか!」と言って和彦が新一の両腕に抱きついて彼の腕を締め上げた。そのせいで、両手で美紀を締め上げていた新一は身動きが取れなくなったことに焦り、慌てて美紀を手放した。だが、それと同時に和彦の手からエンピツとノートが落ちて、地面に頽れた美紀の目の前に落ちたのだった。
そこで新一の怒りの矛先が美紀から和彦に移った。「ヨソモンが口出すんじゃねぇ」そう言いざま新一が体を振ると和彦は取り巻きの少年たちの真ん中に放り出されてしまうのだった。それを見てニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた新一は、一足飛びに和彦に近づくと無防備な状態であおむけに倒れている和彦の腹部を、その勢いに任せて思いっきり右足で蹴り上げた。10歳と6歳ではかなりの体格差がある、和也もとっさに身構えたものの、やはり、仰向けの状態でまともに蹴りを受けるとかなりのダメージを食らう。呻きながらわき腹を抑えて地べたを転がりまわる和彦に、取り巻きの少年たちも次々と途切れなく蹴りを入れ続け、神社の脇で絞り出すような声で「止めて」と言い続ける美紀を無視しながら、新一はそれを眺めて気持ち良くなっていたのだった。
少年たちはしばらく和彦を袋叩きにしていたが、そのうちなすがままに蹴られっぱなしになってきたので取り巻きの一人が「死んだんじゃね?」と言うと、もう一人が和彦を小突くように蹴りつけて意識の有無を確認したが、和彦はピクリとも動かなかった。新一は「ヤベえな」と呟くと、突然ひらめいたように目を輝かせると悪だくみをしているような悪辣な笑顔を浮かべて「今日は異様に熱いなぁ~、水遊びしたくねぇ~か?」と言うと、取り巻き達も困惑の表情を邪悪な笑みに変えて「そうっすね!」「いや~俺も川で泳ぎたかったんすよ~」等と口にして新一にへつらった。「ヨソモンも一緒に遊んでやろうゼェ~」と新一が言うと、「流石、新一さんっす、優しいっすねぇ~」と言いながら取り巻きの少年たちはゲラゲラと笑い始めるのだった。
兄の恐ろしい計画に恐怖しつつも、「止めてけれ!そんただごとすたら死んでしまうでねっが!」と懇願しながら美紀は必死に四つ這いの状態で和彦のもとに行くとその上に覆いかぶさったが、彼女の兄は容赦なく彼女の顔やわき腹を蹴り上げ、激痛にのたうち回る美紀を「お~、クソ芋虫がのたうち回ってるぜ」と嘲笑うと、取り巻き達が「面白いっすね!」とおべっかを使うのだった。痛みで朦朧とする美紀の目の前で和彦は取り巻き達に両腕を掴みあげられて引きずられて行くのであった。
少年たちの声が聞こえなくなったころ、美紀は自分の非力さを呪いながらただ泣いていた。脇腹の痛みが少し引いてきたところで腕が動かせるようになったので、おなかを触ろうとすると、和彦のノートが手に当たった。ノートを取り上げようとすると木の棒のような音がするので、何とか起き上がると、ノートのあったところにエンピツが落ちていた。ノートと鉛筆を拾い上げた美紀は意を決して立ち上がったのだが、思うように左足が動かない。左わき腹を蹴られたことで、一時的に足がマヒしていたのだ。左足を引きずるように歩いていくと、宝田大橋に向かう少年たちの一群が見えた。『早くいかないと和彦が殺されてしまう!』その焦りが美紀の不安を掻き立ててしまい、尚更、体が思うように動かせなくなっていったのだった。
しばらくよろよろと歩いているうちに、左足も動くようになった美紀は息を切らせながら走り出した。そして、あと100m程で現場につくというときに、彼らは用水路の水門寄りの宝田橋の欄干の前に辿り着いていた。美紀の「やめて!」という叫びもむなしく、新一は和彦を欄干から投げ落としたのだった。落ちた和彦はうつぶせの状態で浮かび上がったかと思うと、用水路の分岐の下流にある淵の中へと沈んでいったのだった。「人殺し!!」と叫ぶ美紀の方に走ってきた新一は美紀が黙るまで殴る蹴るの暴行を振るったため、結局、美紀は激痛のために気絶してしまった。
美紀が気が付いたときは病院の病室のベッドに横たわっていたという。彼女の診断結果は、肋骨と腰骨と頬骨の骨折で重体だった。病院の通報で警察が駆け付け、新一とその取り巻き達は補導されたものの、新一たちは妹が自分に悪態を付いたので躾けていただけだと言い訳をし、また、取り巻き達は「ただ見ていただけだ」と言い訳したために親族内の事情なので傷害の罪には問えないとしてそれぞれ自宅に返された。また、意識を取り戻した美紀が述べた和彦が兄たちに暴行を受けた上に川に投げ込まれたという訴えは、兄たちが知らぬ存ぜぬを貫いたために”美紀の被害妄想による濡れ衣”として相手にされなかったという。しかも、それは川村和彦の両親が警察に息子の捜索願いを出した後のことだったらしい。
後日、太田市の川岸で少年の死体が上がり、身に着けていたものからその遺体が”川村和彦”のものであると判明し、太田市警の司法解剖で死因は全身打撲によるショック死と解明されたにもかかわらず、太田市警宝田分署は和彦の両親への説明として、彼が一人で川遊びをしていて誤って転落したのだろうと告げたようだった。また、入院中の美紀のもとに見舞いに来た彼女の両親から、「二度と新一が和彦を殺したという話をするな、もしそんなことをしたら勘当する」と脅迫されたという。こうして和彦の死は”夏によくある子供の水難事故死”として片づけられたのだった。




