表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/87

行き違い

身支度(みじたく)をすると、と言っても、体操着(たいそうぎ)から余所行(よそい)きの服に着替(きが)えただけだったのだが、滅多(めった)に着ない薄青色(うすあおいろ)半袖(はんそで)シャツとデニム地の(たん)パンを着て通学帽(つうがくぼう)(かぶ)り「いってきます!」と両親(りょうしん)に声をかけるものの、父親は()だるげに少しだけ振り向いて「おう」と応じ、母親はつけっぱなしのTVの前で舟を()いでいるのだった。エレベーターホールに行くと、エレベーターは丁度(ちょうど)目の前を通り過ぎて降りて行ったころだった。この建物唯一(ゆいいつ)のエレベーターなので、今からエレベーターが上がってくるのを待つのがもどかしかった玲也(レイヤ)は9階まで階段で行くことにした。8階あたりで息が上がってきたものの根性で9階まで上がりきる。そして、エレベーターホールから西に向かって右手に出て行く、するとほどなく最初の玄関ドアの前につき、ドアの斜め上には【906号室】の表示の下に【川村】と書かれた簡易(かんい)表札(ひょうさつ)が見えた。呼び鈴のボタンを押そうと手を伸ばすと、突然(とつぜん)鼓動(こどう)が早まってきた。初めて訪問(ほうもん)する他所(よそ)の家の呼び鈴を押すのがこんなにも緊張(きんちょう)することなのかということを生まれて初めて知る玲也だった。


呼び鈴を押してからしばらく待ったが、返事(へんじ)も中で誰かが動く気配(けはい)も感じられなかった。日曜だからまだ寝てるのかな?と思うものの、流石(さすが)に9時前ともなれば大抵(たいてい)の人は起きているのでは?と気を取り直し、もう1回呼び鈴を鳴らしてみる。だが、最初と同様(どうよう)、全く何の音沙汰(おとさた)もなかった。『俺の勇気とドキドキを返せよ!』と誰にともなくあたり散らしたい気持ちに(おそ)われながら、玲也は失意(しつい)のうちに自宅(じたく)に戻ることにした。自宅に戻って「ただいま」と告げるものの、母親はソファーに寝そべった状態で眠っており、父親の姿はなかった。


自室に戻った玲也は、なんとなく窓の網戸(あみど)を開けて外を(なが)める。階下(かいか)の駐車場は、いつもならたくさん車が停まっているのだが、今日は(ぼん)休みの日曜日と言うこともあってか車が半数(はんすう)以下(いか)しかないように見えた。そんな中、町役場(まちやくば)方面(ほうめん)からタクシーが1台やってきた。昨日、玲也が玲子(れいこ)を追いかけて行った多嘉良(たから)(ばし)は|乗用車《じょうようしゃ1台ならばぎりぎり通れる広さなので、そこから来たのだろう。タクシーは団地内(だんちない)駐車場(ちゅうしゃじょう)に入ってくると、団地のエレベーターホール付近(ふきん)停車(ていしゃ)した。すると、建物(たてもの)(かげ)から家族連(かぞくづれ)れらしき3人が姿を(あらわ)した。女性が先に乗り、男の子が次に乗り、最後に男性が乗り込んだ。男の子がタクシーに乗り込む直前(ちょくぜん)にこっちを見上げた、彼、いや、彼女と目が合ってしまった。男の子の格好(かっこう)をしているが、あれは、間違いなく玲子だ。遠目ではっきりと見えていたわけではないが、玲也は直感的(ちょっかんてき)にあれは川村玲子で間違いないと思ったのだった。親子が乗り込んでから少しするとタクシーは走り出した。


彼女たちの行方が気になった玲也はタクシーを目で追う。タクシーは団地内駐車場出口(でぐち)から右手(みぎて)に向かって曲がって行った。来たときとは反対(はんたい)方向(ほうこう)へだ。タクシーが9号棟の陰で見えなくなると、玲也は(あわ)ててベランダに向かった。TVドラマは番組(ばんぐみ)の時間が終わりに近づいていた。玲也は母親が寝入(ねい)っているのを尻目(しりめ)にベランダに出て、手すり越しに宝田(たからだ)大橋(おおはし)の方を見る。ほどなくしてタクシーが10号棟の陰から現れると、宝田大橋交差点(こうさてん)手前(てまえ)停車(ていしゃ)する、どうやら、信号(しんごう)()ちのようだ。そのまま見続けていると、信号が青になるのを待ちかねたかのようにタクシーは直進(ちょくしん)しはじめ、上宝田(かみたからだ)集落(しゅうらく)方面(ほうめん)に進んでいく。山裾(やますそ)までくると道は丁字路(ていじろ)になっていて、タクシーが進んでいる道は突き当りになる。丁字路と言っても、平坦(へいたん)な丁字路ではなく、山裾から5mほど上にある町道(ちょうどう)本線(ほんせん)まで上がる坂になっている。タクシーはそこを左折して上がって行き、道なりに進んだ山奥の方側に行ったところにある2件目の農家の前で停車した。そこは屋号”すえよし”こと”末吉(まつきち)”の子孫(しそん)の家なのだが、それは玲也の知るところではなかった。


ベランダから居間に戻ると、母親はさっきと違う寝姿(ねすがた)で寝ていた。そこにツッコミを入れたくなったものの、そんなことをしている場合ではない。両親の寝室(しんしつ)をちらっと(のぞ)くが、父親の姿は見えず、トイレにいる気配(けはい)もない。自分の出先(でさき)を伝えるべき相手は寝ている母親しかいないが、彼女を昼寝(ひるね)から起こすと厄介(やっかい)なことになるし、今は玲也にとっての緊急(きんきゅう)事態(じたい)なのだ。電話台の引き出しから自分用の自宅の合鍵(あいかぎ)と自分の自転車の(かぎ)を取り出すと、自宅に施錠(せじょう)をしてから出発(しゅっぱつ)したのだった。エレベーターホールでホールボタンを押すと10階で待機(たいき)していたエレベーターはすぐに降りてきた。1回に到着(とうちゃく)するとすぐに、エレベーターホールの(となり)区画(くかく)にある自転車(じてんしゃ)置き場から自分の自転車を見つけ出して乗り、中央(ちゅうおう)広場(ひろば)を突っ切って宝田大橋に向かう。団地内から町役場に通ずる町道に出る。そこから宝田大橋交差点に行こうとした時、道路の反対側に花束(はなたば)を持った黒いワンピースの少女を見かけた。まるで、誰かのお葬式(そうしき)、いや、墓参(はかまい)りでもしようとするかのようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ