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たからしまのちズ  作者: まろやかポン酢風味
7年前の事件
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深夜の多嘉良川

※ 樋門とは:(Google検索より)

樋門ひもんとは、堤防内(ていないち)(もう)けられた水路(すいろ)で、ゲート((とびら))を持ち、堤内地からの雨水(うすい)生活排水(せいかつはいすい)本川(ほんかわ)へ流れ出るのを助け、同時に洪水時(こうずいじ)に本川の水が堤内地へ逆流(ぎゃくりゅう)するのを(ふせ)施設(しせつ)です。通常、断面(だんめん)が大きく箱型(はこがた)などの構造(こうぞう)樋門(ひもん)比較的(ひかくてき)小さく丸い管状(かんじょう)のものを樋管ひかんと呼び、機能(きのう)は同じで規模(きぼ)で区別されます。堤防(ていぼう)分断(ぶんだん)して開水路(かいすいろ)で設けるものは水門すいもんと呼ばれ、樋門とは区別されます。


この物語(ものがたり)では、団地側(だんちがわ)にあるのは親水(しんすい)用水路(ようすいろ)につながる水門とその上を人が通れるようにした水門橋(すいもんきょう)。その反対側にあるのは堤防を貫通(かんつう)して上宝田(かみたからだ)方面(ほうめん)の用水路とつながっている樋門です。

その日の(ばん)玲也(レイヤ)はいつにもまして(ねむ)れなかった。もんもんと考えてしまう。なぜ4人も死んだのか、彼らはなぜ(おぼ)れ死ぬことになったのか、彼らは(だれ)なのか、川村さんのお母さんと関わりがあるのだろうか。日中(にっちゅう)に話し合った内容(ないよう)が頭の中で浜辺(はまべ)(なみ)のように()せては()き、引いては寄せてくる。それがずっともやもやしていて、夕飯(ゆうはん)のときも(うわ)(そら)で母親に心配(しんぱい)されもした。物心(ものごころ)がついた(ころ)からこんな調子(ちょうし)なので、こればかりはどうしようもないのだ。眠れないからと言って(とこ)から出る気にもなれないし、特に尿意(にょうい)(もよお)したわけでもない。今夜(こんや)はいつにもまして寝苦(ねぐる)しいというのもあるが、扇風機(せんぷうき)がタイマーで停止してしまったので一気に汗が出てきて、その汗がベトベトして寝苦しいということもある。


居ても立ってもいられなくなってきた玲也はやおら起き出すと、半開(はんびら)きの(ふすま)全開(ぜんかい)にして廊下(ろうか)に出る。廊下を(はさ)んで向かい側にある両親の寝室の半開きの襖の隙間(すきま)からは、父親がいびきをかいて寝ており、母親が父親の胸の上に自分の腕を載せているのが少し見えた。玲也の母親は寝相(ねぞう)がものすごく悪いのだ、きっと、見えていない部分では足で自分の夫のことを蹴飛(けと)ばしているに(ちが)いない。そんな予想(よそう)が頭の中をよぎったが、それを確かめる気はしなかった。冷たい麦茶(むぎちゃ)でも飲んでさっぱりしようかとダイニングキッチンまで行き、そこにある冷蔵庫(れいぞうこ)から麦茶を出す。だが、麦茶はコップ半分(はんぶん)にもならない量しかなかった。流しにはボウルの中の水に()けられているヤカンがある。母親が麦茶を()いたヤカンを冷ましておいたものだ。コップ半分未満(みまん)では物足(ものた)りないので、ヤカンに入っている麦茶を飲もうと思ったものの、薄暗(うすくら)がりの中で()み台を引っ張り出してくるのも億劫(おっくう)なので(あきら)める。食器棚(しょっきだな)から取り出したコップに洗面台(せんめんだい)蛇口(じゃぐち)から水を注ぎ、生ぬるい水道水(すいどうすい)を飲み()すと少しホッとする。コップを流しに置きに行こうとダイニングキッチンに(もど)った時、そこで初めて、(まど)の向こう(がわ)に赤い光が点滅(てんめつ)していることに気がつく。


レースのカーテンを()けると、多嘉良(たから)川の土手道(どてどう)県道上(けんどうじょう)をパトカーがゆっくりと走っているのが(ほの)かに見えた。この辺りの県道では、宝田大橋(たからだおおはし)交差点(こうさてん)以外(いがい)には常夜灯(じょうやとう)がついていないので夜になるとものすごく暗いのだ。その上、ガードレールが無ないので、時々(ときどき)自動車(じどうしゃ)やバイクが土手下(どてした)転落(てんらく)していることがあり、たまに夜中(よなか)にトイレに行こうと起き出すと、ベランダ()しに川の土手の周囲(しゅうい)が明るくなっているのを見ることがある。今回(こんかい)回転灯(かいてんとう)()けたパトカーがかなりゆっくりと走行(そうこう)していた。玲也はなぜだろう?と不思議(ふしぎ)に思いながらその様子を(なが)めていた。麻生(あさぶ)()の窓からは、町の南に明治時代(めいじじだい)からある(せま)い橋で、普通乗用車(ふつうじょうようしゃ)1台がぎりぎり通れる(はば)しかない多嘉良橋(たからばし)一部(いちぶ)から、北は宝田大橋の上流(じょうりゅう)の一部までが見える。10号棟(ごうとう)さえなければ、宝田大橋のみならず、北の山腹(さんぷく)よりも少し下にある農家2(けん)さえも見えるはずなのだ。


しばらく見ていると、パトカーは宝田大橋の手前の樋門(ひもん)(そば)()いた。そこまでくると、パトカーはハザードランプを点灯(てんとう)させて停車(ていしゃ)し、2人の警官(けいかん)()りてきた。彼らは懐中電灯(かいちゅうでんとう)橋脚(きょうやく)や橋の土台(どだい)(まわ)りや用水路(ようすいろ)水門(すいもん)付近(ふきん)()らしてはいたものの、土手から()りて見に行くことはしなかった。20~30(びょう)ほど懐中電灯で視察(しさつ)した後、懐中電灯を消してパトカーに乗り込んだ。その後、パトカーはゆっくりと宝田大橋を(わた)ると、下宝田(しもたからだ)集落(しゅうらく)方面(ほうめん)右折(うせつ)して行った。パトカーのテールランプが見えなくなると、玲也はトイレに行くのだった。


トイレから出てきて居間(いま)の前を通る時にふとベランダの方を見ると、ライトが1つだけ宝田大橋を渡って県道に向かって行くのが見えた。「バイクかな?」と思いつつ、もう少しよく見ようと網戸(あみど)を開けてベランダに出て観察(かんさつ)する。バイクは赤信号(あかしんごう)無視(むし)して宝田大橋交差点を右折(うせつ)して県道に入る、おそらく太田(おおた)まで行くのだろう。その時、パトカーのサイレンが()(はじ)めた。そこで初めて、玲也は下宝田集落方面からパトカーがそこそこのスピードで宝田大橋方面にに移動(いどう)していることに気付いた。


だが、宝田大橋交差点から少し南下(なんか)し始めたバイクは、樋門を過ぎたあたりの地点で、突然(とつぜん)、土手の向こう側に落ちて行った。ほんの一瞬(いっしゅん)だったが、バイクの前に小さな(かげ)があったように見えた。土手の手前に落ちるとそのまま多嘉良川に転落する可能性もあるが、土手の向こう側には用水路と田んぼしかないので、よほどのことがない(かぎ)り溺死することはないはずだ。


突然の急展開(きゅうてんかい)に、玲也はドキドキしながら固唾(かたず)を飲んで見守(みまも)っていると、サイレンを鳴らしながらやってきたパトカーがバイクが落ちた辺りまで来て停車し、パトカーのサイレンを止めた警察官(けいさつかん)たちがパトカーから慌ただしく降りてきたのだった。彼らは土手の向こう側の(ふち)に立って懐中電灯で照らしながら土手の下を見ていたが、1人が無線(むせん)で話し始めると同時に、もう一人は土手から降りて行った。15分くらいすると消防(しょうぼう)のレスキュー(しゃ)救急車(きゅうきゅうしゃ)がサイレンを鳴らしながら走ってきた。この緊急車両(きんきゅうしゃりょう)騒音(そうおん)で玲也の母親が起きてきたので、玲也はそのまま母と2人で見物(けんぶつ)を続けたのだった。

今回は頭の中で錯綜していた情景をもう少しきちんと整理整頓しました。

まず、団地側に水路の水門と、水門を橋として使う水門橋。

その反対側には土手を貫通した形の小型の水路用の水門である樋門ひもんとしました。

この辺は私の勉強不足もありまして、深くお詫び申し上げます。

付け焼刃の知識を知ったかぶり全開で書かせていただいております。

後の方でこの辺のトリックが明かされます。

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