深夜の多嘉良川
※ 樋門とは:(Google検索より)
樋門とは、堤防内に設けられた水路で、ゲート(扉)を持ち、堤内地からの雨水や生活排水が本川へ流れ出るのを助け、同時に洪水時に本川の水が堤内地へ逆流するのを防ぐ施設です。通常、断面が大きく箱型などの構造を樋門、比較的小さく丸い管状のものを樋管と呼び、機能は同じで規模で区別されます。堤防を分断して開水路で設けるものは水門と呼ばれ、樋門とは区別されます。
この物語では、団地側にあるのは親水用水路につながる水門とその上を人が通れるようにした水門橋。その反対側にあるのは堤防を貫通して上宝田方面の用水路とつながっている樋門です。
その日の晩、玲也はいつにもまして眠れなかった。もんもんと考えてしまう。なぜ4人も死んだのか、彼らはなぜ溺れ死ぬことになったのか、彼らは誰なのか、川村さんのお母さんと関わりがあるのだろうか。日中に話し合った内容が頭の中で浜辺の波のように寄せては引き、引いては寄せてくる。それがずっともやもやしていて、夕飯のときも上の空で母親に心配されもした。物心がついた頃からこんな調子なので、こればかりはどうしようもないのだ。眠れないからと言って床から出る気にもなれないし、特に尿意を催したわけでもない。今夜はいつにもまして寝苦しいというのもあるが、扇風機がタイマーで停止してしまったので一気に汗が出てきて、その汗がベトベトして寝苦しいということもある。
居ても立ってもいられなくなってきた玲也はやおら起き出すと、半開きの襖を全開にして廊下に出る。廊下を挟んで向かい側にある両親の寝室の半開きの襖の隙間からは、父親がいびきをかいて寝ており、母親が父親の胸の上に自分の腕を載せているのが少し見えた。玲也の母親は寝相がものすごく悪いのだ、きっと、見えていない部分では足で自分の夫のことを蹴飛ばしているに違いない。そんな予想が頭の中をよぎったが、それを確かめる気はしなかった。冷たい麦茶でも飲んでさっぱりしようかとダイニングキッチンまで行き、そこにある冷蔵庫から麦茶を出す。だが、麦茶はコップ半分にもならない量しかなかった。流しにはボウルの中の水に漬けられているヤカンがある。母親が麦茶を炊いたヤカンを冷ましておいたものだ。コップ半分未満では物足りないので、ヤカンに入っている麦茶を飲もうと思ったものの、薄暗がりの中で踏み台を引っ張り出してくるのも億劫なので諦める。食器棚から取り出したコップに洗面台の蛇口から水を注ぎ、生ぬるい水道水を飲み干すと少しホッとする。コップを流しに置きに行こうとダイニングキッチンに戻った時、そこで初めて、窓の向こう側に赤い光が点滅していることに気がつく。
レースのカーテンを開けると、多嘉良川の土手道の県道上をパトカーがゆっくりと走っているのが仄かに見えた。この辺りの県道では、宝田大橋交差点以外には常夜灯がついていないので夜になるとものすごく暗いのだ。その上、ガードレールが無ないので、時々、自動車やバイクが土手下に転落していることがあり、たまに夜中にトイレに行こうと起き出すと、ベランダ越しに川の土手の周囲が明るくなっているのを見ることがある。今回は回転灯を点けたパトカーがかなりゆっくりと走行していた。玲也はなぜだろう?と不思議に思いながらその様子を眺めていた。麻生家の窓からは、町の南に明治時代からある狭い橋で、普通乗用車1台がぎりぎり通れる幅しかない多嘉良橋の一部から、北は宝田大橋の上流の一部までが見える。10号棟さえなければ、宝田大橋のみならず、北の山腹よりも少し下にある農家2軒さえも見えるはずなのだ。
しばらく見ていると、パトカーは宝田大橋の手前の樋門の側に着いた。そこまでくると、パトカーはハザードランプを点灯させて停車し、2人の警官が下りてきた。彼らは懐中電灯で橋脚や橋の土台の周りや用水路の水門付近を照らしてはいたものの、土手から降りて見に行くことはしなかった。20~30秒ほど懐中電灯で視察した後、懐中電灯を消してパトカーに乗り込んだ。その後、パトカーはゆっくりと宝田大橋を渡ると、下宝田集落方面に右折して行った。パトカーのテールランプが見えなくなると、玲也はトイレに行くのだった。
トイレから出てきて居間の前を通る時にふとベランダの方を見ると、ライトが1つだけ宝田大橋を渡って県道に向かって行くのが見えた。「バイクかな?」と思いつつ、もう少しよく見ようと網戸を開けてベランダに出て観察する。バイクは赤信号を無視して宝田大橋交差点を右折して県道に入る、おそらく太田市まで行くのだろう。その時、パトカーのサイレンが鳴り始めた。そこで初めて、玲也は下宝田集落方面からパトカーがそこそこのスピードで宝田大橋方面にに移動していることに気付いた。
だが、宝田大橋交差点から少し南下し始めたバイクは、樋門を過ぎたあたりの地点で、突然、土手の向こう側に落ちて行った。ほんの一瞬だったが、バイクの前に小さな影があったように見えた。土手の手前に落ちるとそのまま多嘉良川に転落する可能性もあるが、土手の向こう側には用水路と田んぼしかないので、よほどのことがない限り溺死することはないはずだ。
突然の急展開に、玲也はドキドキしながら固唾を飲んで見守っていると、サイレンを鳴らしながらやってきたパトカーがバイクが落ちた辺りまで来て停車し、パトカーのサイレンを止めた警察官たちがパトカーから慌ただしく降りてきたのだった。彼らは土手の向こう側の縁に立って懐中電灯で照らしながら土手の下を見ていたが、1人が無線で話し始めると同時に、もう一人は土手から降りて行った。15分くらいすると消防のレスキュー車と救急車がサイレンを鳴らしながら走ってきた。この緊急車両の騒音で玲也の母親が起きてきたので、玲也はそのまま母と2人で見物を続けたのだった。
今回は頭の中で錯綜していた情景をもう少しきちんと整理整頓しました。
まず、団地側に水路の水門と、水門を橋として使う水門橋。
その反対側には土手を貫通した形の小型の水路用の水門である樋門としました。
この辺は私の勉強不足もありまして、深くお詫び申し上げます。
付け焼刃の知識を知ったかぶり全開で書かせていただいております。
後の方でこの辺のトリックが明かされます。




