自転車の3人
朝8時半過ぎ、アブラセミのやかましさであまりよく寝付けなかった玲也は、あくびをしながら家を出た。エレベーターホールの東側区画の駐輪場から自分の自転車を引き出そうと広場の方側に出てきたが、そこで一人の少年が目に付く。彼は時計塔の下にあるベンチの下をひとしきり覗き込んだ後、ベンチと時計塔の間の植え込みを覗き込みだしたのだ。自分の自転車を引っ張り出した後、自転車を押しながらその少年の近くまで行く。3mくらいの距離まで近づいたところで声をかける「なにしてんの?」すると、ビクリと動きを止めた少年がこちらに振り向く。
「あれ?川村じゃん、どうしたの?こんなところで」と玲也は捲し立てたが、「あんたには関係ないでしょ!」とむすっとした表情で彼女はぶっきらぼうに言うと、またぞろ物探しを再開した。「手伝おうか?」と聞いても「いい!」と彼女はこちらを振り返りもせず断る。まあいいかと玲也は踵を返す。彼女の探し物に参加したい好奇心はやまやまだが、今日は用事があるのだ。そんなところに、広場を突っ切るようにして自転車に乗ったシマオが近づいてくる。
シマオは玲也に至近距離まで近づくと「あの子…川村さんだよね?何してんの?」と聞くので「いや、俺もそれを聞こうとしたんだけどさ、「関係ないでしょ」とか言って話にならないんだよ」と答えると「ふ~ん、探し物ならレイヤの方が得意なのにね」と言い、続けて「まあ・・・レイヤは無くし物も得意だけどね」といって意味ありげにニヤつく。「うるせー」と悪態をつきつつ「なんで川村だってわかったんだ?」と言う玲也の問いに「君と彼女が話しているときに顔が見えた」とシマオは不思議そうな顔で返してきた。玲也は気付いていなかったが、玲也が川村玲子に声をかけている時、シマオは既に広場に入ってきていてその様子を見ていたのだ。
「フジショーが待ってる」とシマオは端的述べてから地面を足で蹴って自転車に助走をつけながらさっさと行こうとするので、玲也も慌てて自転車を走らせて後を追った。実際、広場の時計は8時55分程になっていた。そこから1・2分でフジショー宅がある高層住宅の共用階段前に到着したが、そこには準備万端整ったとばかりに待ち設けているフジショーがいた。「よぅ!」と玲也が声をかけ「お待たせ」とシマオが挨拶すると、フジショーも「おぅ!」と答えるいつもの3人の光景だ。
歩道だと狭いので車が通っていない車道に2人並んで走る(※ この当時でも道路交通法違反です)。ちなみに、シマオはかたくなに歩道を走っていた。「セミがうるさくて眠れねーよ」とフジショーが話し始めた。「俺も、セミうるさすぎ!」と応じる玲也。「ジージーとうるさいのはアブラゼミだね」と明後日の方向の回答をするシマオはいつも通りだ。
そんな他愛もない話をしているうちに進路右手には小学校に上がる坂道が見えてくる、その丁字路を通り過ぎた先には町役場に併設された町立図書館に続く坂が町道に接続していて、町道はそこで丁字路になる。丁字路の右手が町役場&図書館で、左手が多嘉良川方面だ。その丁字路を右に曲がって緩い坂を上った先に町役場&図書館があって、それらの正門も坂の上にある。ただし、町役場と図書館の正門の方が小学校の正門よりも少しだけ標高が低くなっているので、町役場と図書館の正門に上がっていく坂の傾斜は小学校の方よりも緩い。
町役場前の信号がない丁字路の交差点には3箇所横断歩道がある。町道を右折する際、シマオは突き当りまで行く横断歩道を渡ってからそこを横切る歩道を右方向に走り、フジショーと玲也は丁字路手前の横断歩道上を渡ることで右折し、そのまま上り坂に入っていく。その2人は立漕ぎで坂を登り始めたが、シマオの自転車は5段ギアなので低速ギアに入れて座ったまま漕いでいた。「俺も…5段変速…欲しいな」と絞り出すような声でフジショーが言うと、「俺も…」と玲也も声を絞り出したのだった。




