不気味な少女
名前を呼ばれた少女は「ギギギ」と軋み音が聞こえてきそうな変な挙動で、不思議そうな顔をしながらこちらを見上げた。フジショーは彼女の下の名前を発音しなかったが、レイヤは知っている、自分の名前が”玲也”で彼女の名前は”玲子”なのだ。名前の漢字が被っているので同級生の男子たちにからかわれてムカついた記憶があるのだ。そんなことを思い出し始めた刹那、シマオが「川村玲子さん?」と問いかけるように言うと、問われた彼女は「誰?」とぶっきらぼうに返してきた。「えー、おれたち同じクラスじゃん!」とフジショーが抗議すると、「あ、そう」と言って、またうつむいた。
実は川村さんのことが好きだったフジショーは絶望の面持ちで立ち尽くし、他の二人はこの後どうすべきかということで固まった。すると、おもむろに玲子が彼らに向かって問う、「あんたたち、生贄?」。この問いに3人とも顔を見合わせる。
3人とも心の中では同じことを思っていた『何を言っているんだコイツは?』と。
きょとんとした表情でこちらを見続ける少年たちに向かって、少女はもう一言いった、「ここにはね、お兄ちゃんがいるんだ、だから、あんまり来ない方がいいよ」。さらに混乱する少年たち、フジショーとレイヤは顔を見合わせる、『こいつに兄貴っていたっけ?』、するとシマオが「君のお兄ちゃんは7年前に死んでいる」と言った。自分が赤ちゃんの時のことさえ知っているとは、さすがはシマオである。それに対し「死んでない」と少女は返す。又もや『何を言っているんだコイツは?』という雰囲気になる。
それに対し、シマオがムキになって言う「いや、お母さんから聞いた、君のお兄ちゃんは7年前に川で溺れて死んだんだ、だから、子供たちだけで多嘉良川に行ってはいけないという決まりができたんだ」と、すると少女もムキになった様子で言い返す「お兄ちゃんはこの神社で生きているってお母さんが言ってたもん!」。ここで3人の間に共通認識ができる『こいつ、危ない奴だったのか』と。本当に危ないのは彼女にそんなことを教え込む彼女の母親の方なのだが。そして、案の定、フジショーは千年の恋も冷めたような情けない顔をしていた。
川村玲子は黙っていればとても美しい少女で、学年一の美少女とも噂されているほど男子たちには人気だったが、彼女の人を寄せ付けない雰囲気はミステリアスで、それが彼女の魅力をさらに引き立てていた。フジショーもそんな魅力に魅了された男子の一人だったのだが、レイヤはというと、まだまだ女の子に興味が湧かないお年頃であることと、名前いじりでからかわれた経緯から彼女に対して何か苦手意識があった。シマオに至っては、幼少期から極端な人見知り故に男女を問わず人見知りをするので、1年生のころから同級生だったクラスメートにも慣れていないほどだった。幼稚園時代からの付き合いであるこの2人が同級生でなかったなら、彼は確実に学級内で独りぼっちになっていたことだろう。
気を取り直したシマオが問う「生贄ってどういうこと?」それに対し、「毎年8月13日はお兄ちゃんの身代わりが必要になるんだよ」と返す玲子。3人には全く意味が解らなかった。「8月13日はお盆が始まる日だけど、君のお兄ちゃんが死んだのもその日だ」とシマオが言うと、玲子は神殿の方を振り向きながら「その時にお兄ちゃんはこのお社の中でしか生きられなくなったんだよ、お兄ちゃんがここから出るには7人の男の子のいけにえが必要なんだって」と、物凄く猟奇的なことをさらりと言った。
体の芯からゾッとするものを感じて怖気だって立ち尽くす3人に向かって、彼女はさらに言い放った。「15日までにいけにえを7人そろえられれば、お兄ちゃんがおうちに帰ってくるんだ!それがすっごく楽しみ!」そういうと、玲子はこの上なくうれしそうな満面の笑みを浮かべながら3人の顔を舐めるように見回した。
「ありがとね!」そういうと彼女は玲也の方側から3人の後ろを通って階段を下りて行ってしまった。フジショーは、彼女が“レイヤの方側から”行ってしまったことで、さらにショックを受けた。