6.迫られる選択
ずっと考え続けている。直人のこと。冴のこと。二人のことを考えれば考えるほど、奏多は胸が苦しくなった。
あれから、ちゃんと眠れない。食事も、ほとんど喉を通らない。何かを食べようと思っても、胸の奥が詰まったようになって、箸を持つ気力すらなくなる。
それでも受験も控えており、学校には行かなければいけない。
その日は、奏多は朝から体調が最悪だった。
登校中、直人にも顔色の悪さを気づかれ、心配されてしまった。
大丈夫だと答えたけれど、奏多は本当は自分でも大丈夫ではないことは分かっていた。
昼休み前の授業中。
ついに奏多は、黒板の文字がぼやけて見え、身体にも力が入らなくなってきた。
「……奏多?」
冴の声に顔を向けようとした、その瞬間。
視界が大きく揺れ、力が抜ける。
「奏多!」
誰かの叫び声が聞こえた。
身体が傾く。そのまま、意識が途切れた。
遠くで、声がする。
「奏多、聞こえる?」
ゆっくりと目を開ける。ぼんやりとした視界に、見慣れた顔が二つ浮かんだ。冴と、その隣にいる直人。
まだ頭がぼんやりしており、身体も重い。
そんな奏多を見て、直人が声をかける。
「大丈夫か?今、保健室だからな」
奏多は小さく頷いた。
冴が静かに問いかけた。
「奏多、最近ちゃんと食べてる? 寝てる?」
奏多は答えられなかった。その沈黙だけで、答えは十分だった。冴が小さく息を吐く。
「……送ってく」
「俺も行く。先生には帰るって言ってあるから。親にも連絡しとくって」
直人がそう言い、奏多の荷物を持つ。奏多は何も言えず、二人の後をついていった。
そのまま三人で学校を出た。
帰り道では、三人の間に、ほとんど会話はなかった。奏多は俯いたまま歩いた。
心と比例するように、身体も重い。足を前に出すことさえ、今は億劫だった。
奏多の家に着く少し手前で、冴が足を止めた。
「……奏多。少し、話したい」
奏多が顔を上げる。
直人も足を止めた。
奏多の親は仕事で、今は家にいない。
母親には一応、大丈夫だと連絡を入れておいた。
三人は、奏多の部屋で話すことになった。
部屋に入ると、奏多をベッドに座らせ、奏多を挟むようにして2人が座った。
冴が先に口を開いた。
「俺、奏多のことが好き。俺の気持ちは、絶対に変わらない」
冴は奏多をまっすぐ見つめた。
そして、直人も静かに口を開いた。
「俺も、奏多が好きだ。俺も、気持ちは変わらない」
直人の声は穏やかだった。
奏多は何も言えない。二人の言葉が、胸の中に重く落ちていく。
「だから、奏多の気持ちを聞きたい。できるだけ、奏多の気持ちを尊重したい。だから、正直に奏多が思ってることを話してほしい」
冴が静かに言った。直人も頷く。
二人は、奏多が話すのを待っている。今の奏多には、それが苦しかった。
追い詰められ、逃げ道がなくなる。怖くて仕方がない。
ちゃんと答えなければいけない。でも、本当の気持ちを言ったら。
二人とも、いなくなってしまうかもしれない。
それが怖かった。奏多の心が、重く沈んでいく。
「……僕」
声が震える。
二人が黙って待っている。
奏多は俯いた。どうしたらいいのか分からない。正直に言うしかない?
二人に、自分が今どう思っているのかを全部?
でも、もう、全部話して楽になりたい。
奏多は俯いたまま、震える声で言った。
「自分が嫌い……。僕は……汚い」
喉が震える。涙が一粒、落ちた。
「二人とも大切で……どっちも失いたくない……」
次から次へと涙が溢れる。
「だから、選べない……。こんなの、ずるいだろ……。そんなの、わがままだ……僕は……汚い……」
声が震え、奏多は顔を覆った。
その言葉に、冴が静かに尋ねた。
「奏多は、汚いの?」
奏多は顔を上げられない。
「奏多が汚いなら……俺も一緒に汚れてあげる。だから、俺にしなよ。」
冴の声は優しかった。けれど、その言葉には強い想いが込められていた。奏多の心が、大きく揺れる。
その時、ずっと黙っていた直人が、ゆっくり口を開いた。
「……カナ」
奏多が顔を上げる。
「カナは、優しいんだよ。誰かを傷つけるのが嫌なんだろ。わがまま言ってみろよ。俺に、一緒にいてほしいって」
奏多の唇が震えた。
直人は、まっすぐ奏多を見つめる。
「俺は一緒にいる。どんな奏多でも。答えを出せなくても。カナのこと、好きだから」
直人は少しだけ笑う。
奏多の目から、また涙が溢れた。直人は、真っ直ぐ奏多を見つめていた。
「だから、無理に答えを出さなくていい」
冴も静かに頷く。
直人が小さく笑った。
「今は、それでいい」
奏多は二人を見る。
こんな自分を二人とも、まだ見捨てない。
申し訳なくて、また涙が落ちる。
そして、奏多は、自分の想いを初めて素直に言葉にした。
「お願い……一緒にいて……俺のそばにいてほしい。二人とも……いなくならないで……」
二人が黙って奏多を見る。奏多は涙を拭うこともできない。
直人が、奏多の手を取った。
「いなくならないよ」
その反対の手を、冴が握る。
「どんな奏多でも、俺は、奏多を好きでいる」
奏多は二人の言葉を聞きながら、声を押し殺して泣いた。
まだ、答えは出せない。
どちらか一人を選ぶこともできない。それでも、二人のそばにいたかった。それが、どれだけわがままで、どれだけずるいことなのか、分かっている。
それでも。今は、この温もりを手放したくなかった。
直人も、冴も。
何も言わず、ただ奏多のそばにいた。




