7.変わってしまったもの
奏多の家で三人で話をする、その少し前のこと。
授業中、奏多が突然倒れた。
今、奏多は保健室のベッドで静かに眠っている。顔色はまだ悪い。けれど、先ほどまで浮かんでいた苦しそうな表情は、少しだけ和らいでいた。
奏多が眠るベッドを覆うカーテンの向こう。
直人と冴は、並んで椅子に座っていた。
奏多が眠っているあいだに、二人で話しておきたいことがあった。けれど、いざ向き合ってみると、どちらもすぐには言葉を出せなかった。
保健室には、時計の針が進む音だけが静かに響いている。
しばらくのあいだ、直人と冴は何も言わなかった。
「俺たちのせいだよな。俺たちが、追い詰めた」
先に口を開いたのは、直人だった。
奏多を苦しませたいわけじゃない。こんなふうに倒れるまで、追い詰めたかったわけじゃない。
それでも。
「……俺、諦められない」
冴が静かに言った。
奏多から直人へ告白の返事はない。しかし、倒れるまで悩んでくれたという事実が奏多からの答えだと直人は思った。だから、直人も。
「俺も。引くつもりはない」
二人の目が合う。そこにあるものは、同じだった。罪悪感、後悔。そして、互いへの嫉妬。そして、奏多を譲れないという気持ち。
「奏多を苦しませたくない。でも、だからって、奏多を手放すなんてムリ」
二人の間に、沈黙が落ちた。
直人も冴も、コイツさえいなければ、と思っている。できることなら、自分一人が奏多の隣にいたい。奏多の全部を、自分だけのものにしたい。
冴が、ゆっくり口を開く。
「奏多は、俺たち二人どちらかを選べないんだろ。だったら、選ばせるんじゃなくて……俺たちが受け入れるしかない」
そう言って冴は一度、息を吐いた。
「奏多が望むなら」
直人は頷いた。
「……じゃあ、奏多の思いを聞こう」
奏多が目を覚ましたら、三人で話そう。
奏多が何を望んでいるのか。
答えや、正解なんてない。奏多に選ばせるのではなく、奏多の気持ちを聞く。
それだけは、二人で決めた。
そして。
奏多が倒れた日、学校から早退し、奏多の部屋で、三人で話をした。
奏多は、二人とも大切で、どちらも失いたくない。一緒にいてほしい。
そう言った。
直人は、奏多の手を取った。
冴も、奏多の手を握った。
それが、今の三人の答えになった。
でも、本当は。
奏多が冴に笑いかけるたび、直人の胸には、黒いものが湧く。
奏多が直人の名前を呼ぶたび、冴の胸にも、同じものが湧く。
自分じゃない、自分だけじゃない。
その事実が、どうしても苦しい。
できることなら、消えてほしいと思う。
奏多の隣からいなくなってほしい。
奏多の手を離してほしい。
奏多を、自分だけのものにしたい。
直人と冴。2人はわかっている。
いつか、この嫉妬に耐えられなくなる日が来る。
いつか、どちらかが限界を迎える。
そんなことは、二人とも分かっていた。
それでも。
直人には、一つ、消えない後悔があった。
もし、彼女が出来る前に奏多への気持ちに気づいていたら?
もう、時間は戻らない。だから今は、奏多の隣にいることしかできない。
それだけでいい、そう思うしかなかった。
奏多は思う。
いつまでも変わらないものなんてない。
だから、この関係の先に何が待っているのかなんて分からない。
きっと、この関係もいつか変わってしまう。
それでも、今は二人が僕のそばにいる。だからそれでいい。
希望なんて、未来なんて知らない。
だって、今この瞬間、僕は寂しくない。
直人と冴。二人の想いを見ないふりをして。
嫉妬も、憎しみも、僕は全部知らないふり。
自分の汚い部分を受け入れてしまえば楽だ。
みんながみんな綺麗に生きているわけじゃない。
綺麗なままでは、変われないのかもしれない。
じゃあ、変わってしまったのは。
この関係なのか、それとも、僕自身なのか?
それに、変わってしまったものも、
いずれまた変わっていく。
――それなら、いつか、僕は……




