4.心が裏切る
直人は、あることに気づいていた。
荒波と新木。
そう呼び合っていた二人が、いつの間にか「奏多」「冴」とそんなふうに、お互いを名前で呼ぶようになった。
以前より、明らかに二人の距離が近い。奏多が冴の隣にいて、冴が奏多に話しかける。奏多も、自然に笑っている。
奏多と冴の間には、いつの間にか、自分の知らない関係ができた。
直人はそれがたまらなく嫌だった。
数日後の休日。
直人は奏多に連絡をした。
少し、話したいことがある、と。
2人の家は隣同士だ。直人はどちらかの部屋で、と思っていたが何となく外へ誘った。
奏多と2人並んで歩く。それだけで直人は少し気持ちが落ち着いた。向かう先は、近所の小さな公園。昔から、二人でよく遊んだ場所だった。
直人は、なかなか口を開かなかったが、やがて、公園に入ったところで足を止める。
「……カナ」
呼ばれて、奏多も立ち止まった。公園は珍しく、誰も遊んでいない。
そこにいるのは、二人だけだった。
「俺、考えたんだ」
奏多は、不思議そうに直人を見る。直人は一度、ゆっくり息を吐いてから、奏多の方を向いた。
「俺さ。カナと、ずっと一緒にいたい。高校を卒業しても。大人になっても。カナがいない未来が、想像できないんだ。」
直人は、まっすぐ奏多を見つめた。
「だから……彼女とは別れた」
奏多の胸の奥で、心音が大きく響いた。
僕は今、直人から何を言われている?
混乱する奏多を置いて、直人は続けた。
「俺、カナが好きだ」
その瞬間に、奏多の頭が、真っ白になった。
直人のことが好きだと気づいてから、ずっと奏多が欲しかった言葉だった。
直人が、自分を好きだと言ってくれた。
夢にまで見た言葉だった。
「ずっとカナが隣にいるのが当たり前だったから、気づかなかった。でも、荒波と一緒にいるのを見ると、嫌なんだ。二人が名前で呼び合ってるのも……すげえ嫌だ」
直人は奏多の目を見つめる。視線が痛い。
「カナ。俺を選んで」
奏多の瞳が、大きく開く。
「荒波と付き合えるなら……俺でもいいだろ。俺のほうが、カナのこと、ずっと知ってる」
直人は苦しそうに笑った。
奏多の顔を見て、直人の表情がさらに曇る。
直人の告白を聞いた瞬間、奏多の脳裏に浮かんだのは、冴の顔だった。
「返事は、今じゃなくていい。考えて。俺を選んでくれたら、それでいい」
奏多は直人を見れず、一度、目を伏せる。
「……ごめん。先に帰る」
そう言って、直人は踵を返した。奏多は呼び止めることができなかった。直人が帰ったあとも、奏多はしばらく公園に立ち尽くしていた。
しばらくすると小さな子どもたちが遊び始めた。奏多はようやく我に返り、家へ帰ることにした。
玄関を開け、直人の部屋をみあげる。扉をくぐり、そのまま自分の部屋へ向かった。
自室のドアを閉める。直人の部屋のカーテンは閉じている。
奏多は膝から力が抜けるように、ベッドへ座り込んだ。さっきの直人の言葉が、頭の中に蘇る。
カナが好きだ。俺を選んで。
奏多は顔を伏せた。
苦しいや嬉しい、なぜ?と。様々な気持ちが混ざり合い、何も考えられない。
直人は、奏多が直人を好きだなんて知らないはずだ。それなのに、想いを伝えてくれた。昔から真っ直ぐな性格。
奏多はそんな直人が好きだ。まだ、好きだ。だから、告白されて嬉しくないはずがない。
なのに、直人から「好きだ」と言われた瞬間、浮かんだのは冴の顔だった。直人の気持ちを嬉しいとそう思った瞬間、奏多は自分が冴を裏切ったような気がした。
そして、自分の中にある、もう一つの不安に気づいた。
もし、直人と付き合ったら、今度こそずっと一緒にいられる?それとも、いずれまた直人は別の女の子を好きになって、また、自分を置いていく?
一度、手を取った直人が、また離れていく。
そんなの、奏多に耐えられるわけがない。
考えるだけで、胸が苦しくなる。
直人のことは、今も好きだ。
それは、もう認めるしかない。
でも、直人の手を取るのが、怖い。
そして、冴。
冴が隣にいると、安心する。どうしてなのか、自分でもよくわからない。冴がいないと不安になる。学校で姿が見えないだけで気になる。隣に冴がいないと、寂しい。奏多は冴を手放せない。
そんな自分の気持ちに気づいて、自己嫌悪する。
冴を裏切りたくない。そう思うのに。自分の心は、直人を諦めてくれない。
どちらかを選べば、もう一人を傷つける。
そして、どちらを選んでも、自分の中にはきっと、選ばなかったほうへの気持ちが残ってしまう。
奏多は、答えが出せなかった。
翌朝、奏多は、直人と登校した。直人は昨日の事には触れなかった。
奏多はほとんど眠れないまま学校へ来た。
そのため、教科書を開いても、文字が頭に入ってこない。
「……奏多?」
後ろから呼ばれ、奏多が振り返る。冴はいつものように笑った。
「……どうした? なんか変。ちゃんと寝た?」
冴は奏多の顔を覗き込む。
「……寝たよ」
「奏多、嘘つくの下手」
奏多は、目を逸らした。冴はしばらく奏多を見つめる。そして、ふと静かに尋ねた。
「……比嘉となんかあった?」
奏多の肩が、ぴくりと揺れた。
ほんの一瞬。けれど、冴はその反応を見逃さなかった。
「……比嘉、彼女と別れたらしいね」
奏多は答えられない。
「何か言われた?」
冴の声は、責めるようなものではなかった。ただ静かだった。奏多が黙ったままでいると、冴はそれ以上、聞こうとはせず、少しだけ困った様に笑う。
その冴の優しさが、好きだ。だからこそ、言えない。こんなずるい自分を冴に知られたくない。冴に嫌われたくない。
そう思うのに。
自分の心の中には、まだ直人への想いが残っている。
そして。冴だけを選びたいと思っているのに。それが、できない。
自分の心が、自分の思うようにならない。
どうしていいか、わからなかった。
心が苦しい。
本心では、冴はかなり苛立っていた。
直人が彼女と別れたこと。奏多の様子もおかしい。
直人が奏多に何か言ったと、冴は気づいた。
奏多は多分迷っている。
自分か比嘉、どちらを選ぶか。
だが。今更、奏多を直人に渡すつもりは冴にはなかった。




