↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

2.新しい関係

 


 翌朝、いつもなら。


「カナ、行くぞー」


 と、直人の声を聞いてから、奏多は家を出る。

 それが、十年以上続いた朝の習慣だった。


 けれど、今日は先に行くと直人に連絡を入れ、奏多は一人で学校へ向かった。

 隣の家を見ないようにして。

 昨日のことを思い出さないようにして。


 ――直人には彼女がいる。

 何度も、頭の中で繰り返す。

 直人の隣は、もう自分だけのものではない、と。



「新木」


 教室に入ってすぐ、後ろから声をかけられた。


「ん?」


 振り返る。

 そこにいたのは、荒波冴だった。


 高三になって、初めて同じクラスになった。

 席が奏多の一つ後ろだったこともあって、四月に入ってから自然と話すようになった。


 見た目は、かなり軽い。身長は直人と同じくらい。

 髪は少し長めで、髪の色は明るく、制服の着こなしもどこかラフ。

 でも、顔立ちは驚くほど整っている。すっと通った鼻筋に、切れ長の目。

 笑うと、少しだけ口元が崩れる。

 綺麗というより、綺麗な男前。


「今日、比嘉と一緒じゃないの? 珍しいね。なんかあった?」


 冴が奏多の顔を覗き込む。


「別に、何もない」


「嘘。新木って、嘘つくの下手だよね」


 冴は人懐こく笑った。


「昨日も一人で帰ってたし」


「見てたの?」


 冴は、それ以上聞かなかった。


「まあ、話したくなったら言えば」


 ただそう言って、机にうつ伏せ寝始めた。

 その距離感が、妙に心地よかった。

 荒波は、人たらしだ。




 昼休み。

 最近は昼ご飯も直人とは別だ。

 奏多が一人でお弁当を食べていると、後ろの席から、とんとんと背中を叩かれた。

 冴だ。


「新木、比嘉のこと好き?」


 箸が止まった。


「……え?」


「好きなんでしょ」


 奏多は答えられなかった。

 冴は、少しだけ目を細めた。


「……なんでそう思うの」


「新木が、ずっと比嘉を見てるから」


「僕が?」


「でも、比嘉は彼女いるよね」


「……うん」


「じゃあ」


 冴が少し身を乗り出した。


「俺と遊ぼ? デートでもいいし。飯食いに行くでもいい」


「なんで僕?」


「好みだから」


 あっさり言われて、奏多は困った。

 冴はいつものように笑っていて、冗談なのか、本気なのか判断できない。


「俺、ゲイなんだよね。だから、新木みたいなタイプ、結構好き。こう見えて一途だよ」


 奏多は目を伏せた。

 どう反応していいのかわからない。

 少し、考えた。冴は返事をせかさず待ってくれた。


 奏多は直人が好きだ。

 でも、自分がいつまでも直人のことを考えているのは意味がない。

 もう、直人のことを考えたくない。

 それに。寒い。

 隣にあった温もりが、今はない。

 自分でも、この寂しさをどうしていいのかわからず、持て余している。


 誰か、隣にいてほしい。

 寂しい。


「荒波……今日、一緒に帰る?」


 奏多の言葉に、冴が少し驚いた顔をして。

 それから笑った。


「いいよ」



 放課後。

 昇降口で靴を履き替えていると、スマホが震えた。

 直人からだった。


『先帰ってて。今日も彼女と帰る』


 短いメッセージ。

 奏多はメッセージを開かず、画面を見つめた。

 胸が痛い。


「新木」


 だけど今は、顔を上げると冴が立っている。


「行こ」


 奏多はスマホをポケットにしまう。

 もういい。

 直人のことを考えない。


 冴と二人で歩き出す。

 いつもなら、直人と歩いていた道を。

 今日は、冴と歩いた。たぶん、明日からも。



 そんな日々が過ぎた。

 季節は夏を迎える。


「新木の部屋、見たい」


「……僕の?」


「うん。もうちょっと一緒にいたいから。駄目?」


 冴は笑った。

 奏多は少し考えて。


「……いいよ」


 そう答えた。




 直人は彼女と直人の家に向かって歩きながら、スマホを眺めていた。


「ねえ、直人。さっきからスマホばっかり見てない?」


「……見てない」


「見てるじゃん」


 彼女の話が、頭に入ってこない。


 さっき奏多に送ったメッセージ。

 返事がない。

 いつもなら、すぐに返ってくるし、既読くらいはつく。

 しかも、近頃奏多に避けられている。

 夏期講習の話もしたいのに。

 何かあったのか、そう思っていた時だった。


 奏多の家の前に、奏多と荒波がいた。

 二人は何かを話している。

 そして、そのまま奏多の家へ入っていくのが見えた。


 直人の足が止まる。

 カナと、荒波?二人は、仲がいいのか?


 なぜか気になった。

 近頃、二人でいるところをよく見かけていた。

 ただ、同じクラスだし、席が近いせいだと思っていた。


 でも、奏多の家に入っていく二人の雰囲気に、どこか違和感があった。

 直人は彼女を家に入れ、「少し待ってて」と言って、自分の部屋へ向かった。


 部屋を片付けながら、ふと窓の外を見る。

 隣の家の奏多の部屋と直人の部屋は窓が向き合っている。

 奏多の部屋のカーテンが、少しだけ開いていた。


 何気なく視線を向けた瞬間、直人は見てしまった。


 荒波が奏多の顔に手を触れた。

 そして、二人の唇が重なる。深く。


 その時、窓越しに、冴と直人の目が合った。

 冴は直人に気づくと、奏多を強く抱きしめた。


 そして、視線を逸らさないまま、冴の唇が奏多の白い首筋に触れた。


 次の瞬間、カーテンが閉まった。


 直人への、激しい嫉妬と奏多への執着。

 冴の瞳は仄暗いものだった。



 直人の頭が、真っ白になる。


「……は?」


 直人は、しばらく動けなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。