↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

1.もう、そばにはいられない

 



 春、桜が咲いて、高校三年生になって、受験生になった。

 そんなことを言われても、新木奏多は、いまいち実感がなかった。


「カナ、行くぞー!」


 家の外から、聞き慣れた声がする。


「今行く」


 鞄を肩にかけて門を出て、ほんの数歩。

 隣の家の前に、比嘉直人が立っていた。



「おはよー」


「おはよ、ねみぃ。」


「知らないよ」


 奏多が呆れて言うと、直人は笑った。

 直人は朝からやたら明るい。昔からそうだった。

 直人は背が高くて、運動ができて、誰とでもすぐ仲良くなる。高校三年になった今も、それは変わらない。


 学校までの道を、並んで歩く。

 学校まで十五分。


 これも昔から変わらない。

 幼稚園の頃から、ほとんど毎日一緒だった。

 家が隣で親同士も仲がいい。


 でも、奏多と直人は性格も見た目も正反対。

 直人は、身長180cm位で、明るくスポーツが得意。勉強はそこそこ。よく犬みたいと言われる。

 奏多は身長170cm位で、穏やかな性格。頭はいいが、スポーツは苦手。よく猫みたいと言われる。

 こんな二人がいつも一緒にいることを、周りはよく不思議がった。


『直人と奏多って、なんで仲いいの?』


『全然タイプ違うじゃん』


 何度も言われた。でも、奏多にはよくわからない。


 直人といると楽だった。

 沈黙しても気まずくないし、くだらない話をしても疲れない。

 直人も同じだと言っていた。



 だから、これからもずっとこうなんだと思っていた。

 高校を卒業しても、大学に行っても。

 たぶん、その先も。


「なあ、カナ」


「ん?」


「大学さ」


 直人が前を向いたまま言った。


「俺ら、同じとこ受けるんだよな?」


「そうだけど」


「受かったらさ、一緒に住まない?」


「……ルームシェア?」


「そうそう」


 直人が笑う。

 そんなふうに、一緒にいる事が普通だった。

 くだらない、本当にくだらない話をして、二人で笑っていた。

 こんな時間が好きだった。

 直人と何も変わらない毎日を過ごす。

 奏多はそれがずっと続くと疑ってはいなかった。



 奏多はAクラス、直人はBクラスだ。

 放課後。

 奏多が教室を出たところで、直人が呼び止めた。

 いつもなら、そのまま一緒に帰る。

 けれど今日は、直人の隣に女子がいた。


「あのさ」


 直人が少し照れたように頭を掻く。


「俺、付き合うことになった」


「……え?」


 一瞬、意味がわからなかった。


「だから、彼女」


 女子が恥ずかしそうに笑う。


「今日から」


「ああ……」


 奏多は一度だけ瞬きをした。

 直人は嬉しそうだった。

 その顔を見て、奏多も嬉しくならなければいけないと思った。

 直人の幼馴染で親友なのだから、直人が幸せなら、自分も嬉しい。そう思うのが普通だ。


「じゃ、今日は彼女送ってくから」


「あ……うん」


「明日な、カナ」


「うん。明日」


 二人が歩いていく、奏多はその背中を見送った。

 いつもなら、直人の隣にいるのは自分のはずだった。

 なのに今日は、隣にいるのが自分じゃない。




 胸の奥が、変だった。


「……なんで」


 別にいいじゃないか。ナオに彼女ができたって。自分にだって、いつか彼女ができるかもしれない。

 彼女。彼女?

 そんなこと、僕は思った事ない。

 だってナオがいた。

 そして、これからも、ずっと一緒にいると思ってた。

 でも、違った。ナオは違ったんだ。

 だから、少しずつ僕たちの距離は変わっていく。

 当たり前のことだ。


 なのに、胸が、痛い。




 それから数日。

 直人の奏多に接する態度は変わらなかった。


「カナ、数学の課題やった?見せて」


「自分でやりなよ」


「頼むって」


 いつも通りの二人のくだらない会話。

 昼休みには一緒に飯を食べる。

 でも、直人は前よりスマホを見るようになった。彼女からのメッセージらしい。


「カナ、ごめん。今日ちょっと先帰ってて」


 そう言って、直人は奏多に手を振って、走っていった。奏多は一人で家に帰る。


 なんの変哲もない帰り道。

 いつもと同じ道なのに。

 今まで隣にいたナオがいない。

 ただ、隣にナオがいないだけ。

 ただ、それだけ。


 きっと、こうやって、少しずつ変化していく。

 それだけで、こんなにも。


 こんなにも、寂しい。




 そして、数日後の放課後。


 奏多は忘れ物に気づいて、教室へ戻っていた。

 廊下を歩いていると、体育館裏へ続く階段のところに人影が見えた。直人が彼女と一緒にいる。


 声をかけようとして、足が止まった。

 二人が何か話している。内容までは聞こえない。

 直人が笑って、彼女も笑って。


 それから――

 彼女が直人の制服の袖を掴んで、ゆっくり、二人の唇が重なった。


 奏多は動けなかった。


 見てはいけないものを見た。

 そう思った。


 直人が、誰かとキスをしている。

 自分の知らないナオ。

 自分には見せない顔。


 胸の奥が、ぐしゃっと潰れたように痛んだ。

 苦しくて、息ができない。

 どうして、嫌。嫌だ。


 その瞬間、奏多の中で、何かが繋がった。

 ずっと当たり前すぎて、考えたこともなかった。


 直人の隣は奏多だけのものではなかった。

 直人が奏多以外と付き合って、結婚して、奏多より大切な人ができたら。


 胸が痛い。

 初めて、はっきり思った。直人の隣を誰かに取られるのが嫌だ。

 誰にも渡したくない。


 ――好き。

 その言葉が、頭の中に浮かんだ。

 ナオが好き。たぶん、ずっと前から。


 階段の向こうでは、直人が彼女に笑いかけている。

 その笑顔は、いつも奏多が一番近くで見ていたものだった。

 なのに、もう、奏多だけのものじゃない。



 奏多は静かにその場を離れた。

 もう、今までみたいに、そばにはいられない。


 胸が痛い、苦しい。

 きっと、僕はナオの隣にはずっとはいられない。それがわかった。


 寂しいよ、ナオ。

 君が好きだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。